貴族令嬢は王太子のネタ話を聞きたい
すべてのグリズリーを仕留め終わると、ノエルは呆気にとられた青年を見向きもせずに、獲物を確認し、ギルドから貸し出される携帯の空間圧縮マジックバッグに詰め込みだした。
「……依頼は完了か?」
そう問われ、ノエルは存在を思い出したように青年の方を振り返る。
「もう1件、人食い冬虫夏草から薬草を採取する依頼があります」
「…………もう一度聞くが、何か事情があるのか? 金に困っているとか」
青年の質問に、ノエルはしばらく考えて、それから小さく首を振った。
「いいえ。私の依頼報酬は金ではありません」
青年はノエルの言葉にさらに困惑した。ギルド所属の冒険者は、皆依頼を受けて生計を立てている。ギルドの依頼は様々だが、命の危険を伴うものも多く、そういった依頼の成功報酬はそれなりに大きい。このレベルのグリズリー退治は、まさにその「命の危険を伴う高報酬の依頼」のひとつだろう。
逆に言えば、高額な報酬なしにこんな依頼を請け負う冒険者などいない、はずだ。知らぬ間に国の通貨概念が根本から覆りでもしたのかと訝しみながら、青年は首を傾げた。
「じゃあ、あんたは何のためにこんな依頼をこなしているんだ?」
「素材と、情報のためです」
「情報……? 国家の機密情報とか? そんなもの、一介のギルドで取引されるはずが」
「きみつじょうほう……? 私が求めているのは、王太子殿下の『ネタ』だけです」
ノエルが平然と答えた言葉に、青年はしばし固まり、眉根を寄せる。
「…………は?」
「この国の、得体の知れない王太子殿下。王宮から流れてくる噂話は、『そんな馬鹿な』と言いたくなるようなものばかりです。私は、それを聞くのが楽しみなのです」
「おまえ、一国の王子をそんな未知の珍獣みたいに……。っていうか、そんなことのために、こんな危険な依頼を受けているのか……?」
ノエルは青年が零した「そんなこと」という単語に眉を顰め、ドレスについた草を払うと鋭い瞳で見返した。
その、美しさと謎の迫力に、青年は思わず息を呑む。
「お言葉ですが、私にとってなによりも危険なのは『退屈』です。他に用がないのなら、失礼します」
ノエルはそう告げると、背筋を伸ばしてさらに森の奥へと進んでいった。その、迷いの欠片もない足音を聞きながら、青年は呆れたように立ちすくむ。
「……いや、どう考えても、得体が知れないのはおまえの方だろ」
青年のつぶやきは、静まり返る魔の森に、儚く響いた。




