謎の青年は暇をつぶしたい
モンスターに追われていたらしい野兎が、ノエルの足元に擦り寄り、見上げる。ノエルは屈んで野兎を優しく撫でると、青年の方に向き直った。
「話の途中で失礼しました。まともとは言えないギルドですが、依頼の受注に問題はありません」
二度も「まともじゃない」と言うな、とエリオットの声が聴こえてきそうだが、ノエルはしごく真面目な声でそう言うと、足元に倒れた魔物を見下ろした。
「へー、魔法も使わず大したもんだ。しかし、あんたは特に金に困っていそうにも見えないのに、どうしてギルドの依頼を受けているんだ?」
「あなたに関係ありません」
ノエルは簡潔に答えると、青年に背を向けて歩き出した。無知ゆえに森に迷い込んだ青年なら、一応ギルド所属の冒険者として保護の義務があるかと思ったが、よく考えれば寝起きの魔法でグリズリーを葬れる人間だ。放っておいても死にはしないだろうと判断して、ノエルは自分の依頼を優先させることにした。
しかし、なぜか黒髪の青年はノエルについて歩き出す。
「……まだ、何か用ですか」
「別に。暇つぶしの昼寝が中断されたから、暇つぶしの人間観察に予定を変更しようと思って」
しれっとそう言う青年の声色は、たしかにノエルに興味をもっているというよりは、暇つぶしの雑談に興じているくらいのトーンだ。妙な奴に出会ったなと、内心ため息をつきながらノエルは歩を進めた。
「観察するほどの人間ではありません。さしておもしろみもないと思います」
「いやいや……。自己認識どうなってんのか知らないけど、あんた観察対象としてどエスランクだからね。どこからツッコんでいいかわからないくらいのツッコミどころ満載人間だからね」
「私にとっては、魔の森で昼寝をする人間の方がツッコミどころがあります。興味はありませんが」
森の奥へと進みながら、ノエルと謎の青年は要領の得ない会話を交わす。すると、不意に先ほど倒したものの倍ほどもあるグリズリーが、数体現れふたりを囲んだ。
「あらら、これはテディベアにしては可愛げがなさそうだ」
そう呟きながら、青年が掌をかざそうとするが、魔法の発動よりも早く、ノエルの手が青年の肩を掴んだ。
「失礼。肩をお借りします」
そう言うが早いか、ノエルは青年の身体を足がかりに宙に跳び上がり、レイピアを構えると目にも止まらぬ速さでグリズリー目掛けて振り下ろした。標的が倒れ込む反動を利用し、一体、また一体と、着実に仕留めていく。
それは、皮肉にも先ほど青年が揶揄した「ダンスパーティーの練習」とも呼べそうな軽やかな動きであった。




