貴族令嬢は速やかに依頼を遂行したい
ふわり、と街を通り過ぎる風に髪を揺らし、ノエルは森に向かった。なんだか面倒な手続きになったが、どうせエリオットがどうにかするだろう。物騒な男だが、流れものも含めていろいろな冒険者が集まるこの国の第1ギルドがおおむね平穏を保っているのは、エリオットの功績が大きい。まぁ、あくまで「おおむね」であって、たまに自ら平和を乱しているが。
そんなことを考えながら、魔力の森を進んでいく。すぐに、地を這うような唸り声が響き、グリズリーの巨体が現れた。
ノエルが素早くレイピアに手を伸ばしたとき、背後から魔力の弾丸のようなものが放たれる。咄嗟に身を躱すと、弾丸はノエルの頬を掠めるようにして通り過ぎ、目の前のグリズリーの巨体を一撃で撃ち抜いた。
「あー、悪い。あんたの獲物だったか」
グリズリーが地面に倒れる地響きに被せて、緊張感のない間延びした声が響く。ノエルがレイピアを構えたまま振り返ると、長身の青年が立っていた。
無造作な黒髪に、蒼い瞳。細身のロングコートを着て、黒いロングブーツを履いている。腰には剣を挿しているが、それを使った様子はなく、魔法の出力をたしかめるように手首をゆらゆらと揺らしていた。
「何か、ご用ですか?」
ノエルは表情も変えずにそう尋ねる。青年はノエルの容姿と、服装と、構えをひとしきり観察した。
「特に用はない。そこの樹の上で昼寝をしてたんだが、そこのテディベアが騒ぎ立てるもんだから、大人しくしてもらおうかと思っただけだ」
しれっとそう言って欠伸を噛み殺す青年に、ノエルは呆れた。ここは、一般市民が気軽に立ち寄るハイキングコースじゃない。森の魔物は、王家による警護と結界の力で街に出てくることはないが、人間の方から森に立ち入れば、屈強な冒険者でも問答無用で襲われる。
だからこの森に立ち入れるのは、王家の承認を得た騎士や魔導士と、ギルドで一定以上のランクを持つ冒険者だけだ。
そんな場所で、ひとりでお昼寝タイムとは、呑気を通り越して大馬鹿者の所業である。
「旅の方ですか。ここは昼寝には向きません。街に戻るのなら、途中まで付き添います」
ノエルはそう言うと、構えをといてレイピアを鞘に納めた。森の中は薄暗く、陽光が微かに樹々の隙間から零れる程度だ。青年の顔をはっきりと判別できたわけではないが、ノエルの知る限り、冒険者ギルドに出入りしている馴染みの冒険者ではないようだった。それにそもそも、あのギルドに出入りしている冒険者なら、わざわざノエルの獲物を横取りするような酔狂な真似はしない。
青年は相変わらずかったるそうな声色で、「ん-」と聞いているのかいないのか、判別の付きにくい返事もどきを返すと、もう一度ノエルを眺めた。
「それを言うなら、あんたも相当場違いだけどね。ダンスパーティーの練習でもしに来たんですか、お嬢さん?」
「ギルドの依頼です」
「依頼? あんたが? ずいぶん酔狂なギルドがあったもんだな」
「まぁ、まともとは言い難いギルドですが……ちょっと、失礼します」
ノエルは青年の言葉に答えながら、一瞬言葉を切り視線を泳がせる。青年が瞬きする間に、おもちゃのようなレイピアで、背後から跳び出してきた数体のモンスターを斬り捨てた。




