第二十八話 敵の敵も敵
プルルルッ♪
だだっ広いマイホームの中で、固定電話が鳴る。
もぉ~、こんな朝早くから誰よぉ~。
女性向けのネット掲示板でアンチコメントを書いていたら、誰かから電話がかかって来た。
ディスプレイを見ると「サンセット」と表示される。
えぇ~?なんでぇ~?
私は今日休みなのに、どうして職場から電話がかかって来るのぉ~?
せっかくのモーニングタイムを邪魔されるのは癪だが、もしかしたらフロア担当のイケメン・桜井君からの電話かもしれないと思い、私はメロンパンとカフェラテを後目に受話器を取る。
「はぁ~い、白石ですぅ~!」
あいつとは離婚したため、私は旧姓「平田」に戻ったが、つい癖であいつの苗字を名乗ってしまう。
でも、今更訂正するのも面倒くさいし、職場ではこのままでいっか。
「良かった、出た~!サンセットの早川で~す!おはようございま~す!」
「あぁ、おはようございまぁす。」
なぁ~んだ、桜井君じゃないんだ。
よりによって暑苦しい店長か。
桜井君からの電話を期待して出たのになぁ~、残念。
「白石さん、お休みのところ悪いね!実は昨日、松山君が仕事中に顔面を火傷したらしくて、今朝痛くて出勤できないって電話がかかってきたんだ~!でね、本当に申し訳ないんだけど、今から出勤できないかな~?」
「えぇ~?そんなぁ~!私は今から、カフェでモーニングを取ろうと思って準備してたんですよぉ~?」
せっかくカフェのイケメン店員さんと仲良くなれるチャンスかもしれないのにっ!
どいつもこいつも、また私の邪魔をするっ!
「ごめんねぇ~!でもフルタイムトリオが居ないから、シフト的にどうしようもないんだよ!俺がフライヤーに入って~、桜井君も惣菜に入ってもらおうかな~どうしよっかな~、ぶつぶつ・・・」(イケメン桜井君の名前を出せば釣れないかな?)
「え!?・・・んもぉ~仕方ないなぁ~。分かりましたぁ~、準備して行きますぅ~!」(え!?桜井君も惣菜にヘルプで入れようとしてる!?これは行くっきゃないでしょ!)
「本当~!ありがとありがと~!じゃ、ゆっくりでも良いから待ってるよ~!」(予想的中!この人本当にイケメンには目が無いよな。俺みたいな男には不愛想なのに。まあ、別に良いけど。だって俺にはブルースター様がいるんだもんっ!)
本当は行きたくないけど、桜井君と肩を並べて仕事できるなら楽しそうだし、ワンチャン連絡先を交換できるかもしれないから、まあ行ってあげても良いかな。
私は重い腰を上げて身支度を開始する。
今日だけはちゃんとお化粧しなくちゃ!
よし、釣れた釣れた!
本当は桜井君を惣菜の作業場に入れるつもりは無いけど、先週日曜日の様子からするに、白石さんは彼の名前を出せば、出勤してくれるだろうという予想だった。
根はくっそ面倒くさい人なのに、案外チョロいんだよな~。
白石さんに打刻さえしてもらえば、あとはこっちのものだ。
今までいろんな店舗に異動してきた俺なら分かる。
あとは「やっぱりフロアも人が足りなかった」とか「計画を練ったがこのメンバーでやれると思ってやっぱりやめといた」とか言えばまかり通るだろう。
そして惣菜部門の全員が出勤した後、デザートコーナーのシュークリームを人数分差し入れしてあげれば、報酬好きの惣菜メンバーはそれでチャラにしてくれるのだ。
何だかんだ言って、女性は甘いものに目が無いからね~!
俺がフライヤーと味見担当、杉田さんがお寿司担当、前野さんがお弁当担当で作業を始めていたら、ようやく白石さんが到着した。
「白石さん、おっはよ~!今日は休みだったのにごめんね~!」
「おはようございまぁ~す!・・・あれ?店長ぉ~、桜井君は?」
はい、来ました~、絶対に聞いてくると思ってました~。
俺は計画通り、事前に考えたテンプレートに沿って白石さんに説明し、シュークリームを差し出した。
イケメン桜井君と一緒に仕事ができないことにむすくれつつも、シュークリームを見るや否ややる気を出し始めた。
チョロいチョロい♪
* * *
早川店長ったら全然揚げ物が進まないじゃない!
「以前の私」だった時は気づかなかったけど、店長ってこんなに仕事が遅かったのね。
それに、なんでこの人はマスクをしないのよ!
フロアの仕事と惣菜の仕事は違うんだから、衛生面を考えなさいよ!
お客様から作業場が見えないからって、油断してばい菌でも混入させたらどうするつもりなのかしら!?
白石さんも何なのよ、その化粧は。
つけまつげがムカデの足みたいで、見てるとだんだん痒くなってくるわ!
いつもは素顔同然なのに、今日はどうしたのかしら?
それにあの話し方が癪に触って仕方ないわ!
でもぉ~とか、だってぇ~とか、今までそんな話し方をしたこと無かったじゃない!
急に幼児帰りしたみたいで、その迫力に気圧されそうだわ!
そういえば、私が前野さんと口を利かなくなってからどれくらい経つかしら?
そんなことは別にどうでも良いんだけど、白石さんとぺちゃくちゃ喋りながら仕事されると気が散るわ!
陰では私の悪口で盛り上がって、今日は釘本さんの噂話と松山君の悪口を言いたい放題だわ!
松山君は赤山さんのせいで一人で頑張ってたのに、あの子のことを悪く言うなんて許せない!
「最近の私」は情緒が落ち着いてた気がしたけど、もう限界だわ!!
「あんたたち!!黙って仕事しなさい!!いい加減仕事に集中しなさいよ!!私は年寄りで脳が衰えてるの!一つのことなら集中できるけど、あなたたちの大声のせいで気が散るの!気が散ると集中力を回復させる能力が無いのよ!年寄りでも一応使えるうちに使われるように頑張ってるんだから、邪魔しないでちょうだい!」
前野さんと白石さんは心底軽蔑したように、お互い目を合わせてクスクスと笑いながら私を見つめ返す。
「杉田さーん、だからどうしたんですかー?使えるうちに使われるように頑張ってるー?何を言ってるんですかー?元はと言えば、あなたのせいで"後ろ"が詰まってるんですよー!最年長が早く引退してくれないと、若い子が芽を生やせないんですー。どういう意味か分かってますー?」
「な、何よ?」
「単刀直入に言いますけど、早く辞めたらどうですかー?今や世の中は"老害"って言葉が使われてるんですよー。つまり杉田さんのように過去の栄光に浸っていつまでものさばってる"老害"のせいで、社会が糞詰まり状態なんですー。潔く立ち退いた方が良いと思いますよー!そうだよねー白石さんー?」
「本当ぉ、そう思いまぁ~す!私だってこんなに頑張ってるのにぃ、杉田さんはずっと私のことをバカにしてたじゃないですかぁ~!パワハラですよぉ、パワハラぁ~!店~長~、何とかしてくださぁ~い!」
「んぇっ?」
「以前の私」と前野さんが最近まで白石さんのことを吊るし上げていたように、今度は前野さんと白石さんが私のことを"処刑"しようとしている。
そして店長は、悪びれた様子もなく揚げ物を食い荒らしている。
でも、これは自業自得よね。
人を貶める者にはいつか天罰が下るのよ。
泥船に穴を開けたのは、間違いなく私。
そして、泥船の穴を広げたのはこの人たち。
自分から船に穴を開けといて、穴を広げといて、沈みかけた泥船から逃げるなんて、そんな卑怯なことはやってはいけない。
この人たちもまとめて、一緒に沈んでやろうじゃない!
「早川!!つまみ食いしてんじゃないわよ!!あんたは味見してるつもりかもしれないけどね、ここまでやってるとそれは味見じゃなくて職権乱用よ!もしくは横領だわ!シュークリームなんかで私の目をごまかせると思ったら大間違いよ!そのシュークリームだって、きちんとお金は出したの!?それとも勝手に店内から持ってきたの!?私たちまで横領に巻き込むなら、そんなもの要らないわ!店長だからって許されるものじゃないわよ!だってあんたは経営者じゃなくて雇われ店長だからね!社長に言いつけてやろうかしら!?これ以上やったらあんたも赤山さんと同じ檻に入ることになりそうね!」
「え!?ち、違うもんっ!お客様に生焼けの商品を出しちゃ、食中毒になるかもしれないじゃんっ!俺は安全のためにやってるんだよっ!そ、それを言うなら白石さんもだよっ!」
「え!?!?」
私が店長に詰め寄っていると、突如店長が矛先を白石さんに向け始めた。
「白石さんだって、これからフルタイムになりたいって言いながら、何一つフルタイムの人がやってる仕事を覚えようとしてないじゃんっ!揚げ物は午後からも必須の仕事なのに、お肌が傷つくとか匂いが身体に付くとか、ワガママばっかじゃんっ!それなのにパックかお寿司しかやりたがらなくて、今までの釘本さんと同じ待遇を受けようとして、卑怯だよっ!給料泥棒だよっ!」
「そ、そんなぁ!?決してそんなつもりはっ!!」
店長は白石さんの今までの言動が気になっていたようで、自分が助かるために彼女の足を引っ張り始めたようだ。
「杉田さん、俺の言ってることは間違ってないよね!?でもどうせ白石さんは"店長はひどいっ!"とか"皆が私のことをいじめるっ!"とか言うんでしょっ!?それも卑怯だよっ!卑怯者ーーーっ!!」
「だ、だって・・・!!」
引きずり降ろされた白石さんはいつもの「悲劇」を怪演するのかと思ったけど、店長が先手を打ったことにより言葉に詰まったようだ。
「だってぇ・・・ま、前野さんは私の味方ですよねっ!?私が離婚するって言った時、私の話を聞いてくれましたよねっ!?前野さぁ~ん、助けてくださぁ~い!!」
「私は白石さんのことを仲間だと思ったことは無いけどー。」
「!?!?」
店長に巻き込まれた白石さんは前野さんを巻き込もうと足にすがりつくも、即座に蹴り飛ばされる。
「私がいつ白石さんの味方だと言ったのー?この際だから正直に言うけど、私が白石さんにすり寄ったのは、単に面白かったから。だって、離婚して養育費で"丁寧な暮らし"とか悠々自適な生活とか、できるわけないじゃーん!固定資産税や生活費をどうやって賄うつもりだったのー?マイホームが手に入ったからってウキウキになって、白石さんって本当にバカだよねー!面白ぉーい♪」
「!?!?」
白石さんは常套句以外のボキャブラリーを持ち合わせていないのか、さっきから驚いた顔しかしない。
「もうみーんなに言いふらしちゃったよ♪白石さん、この職場の主婦たちから心底軽蔑されてるんじゃない?さすがにもうネタ切れだから、あなたと表面上仲良くするのももう終わりかなーって思ってたから、ちょうど良かったー!」
「そ、そんなぁっ・・・!」
「でも仕事は仕事だから、これからも頑張らないとダメだよー?だってあなたは、これから一人で生活費を稼がなきゃいけないからねー!」
「!?!?」
前野さんったら、私よりも陰険で嫌な奴!!
なんだか一人勝ちしたみたいな雰囲気で勝ち誇った顔をしているけど、あんたも許さないわ!
あんたも一緒に沈むのよ!
「前野さん。今あなたは白石さんに"この職場の主婦たちから心底軽蔑されてる"って言ったわよね。でもそれって・・・あなたも同じよ?」
「は?」
「あなたはいつもロッカールームで噂話を提供してるみたいだけど、この前私は聞いちゃったのよ。青果の渡辺さんたちと鮮魚の宮地さんたちが"前野さんはいつも誰かの悪口を言ってて付き合いがしんどい"って。"前野さんにはあまり関わりたくない"って。"前野さんみたいな人はこの職場のガン"だって!」
「う、嘘よそんなことー!」
「嘘じゃないわよ!あんた、自分が"裸の王様"だって気づかなかったの?あんたもなかなかのバカじゃない!」
以前、ロッカールームに入ろうと扉を少し開けた時に聞こえてしまったのだ。
青果や鮮魚の人たちにまで惣菜の悪口を言っていたなんて、許せない!
人を間接的に陥れる前野さんを、私も間接的に仕返ししてあげたわ!
「・・・もー!!なんで私本人にそんなことバラすのよ!?知らなければずっと幸せだったのにー!杉田さんのせいで、私は今からロッカールームでどんな顔をすれば良いか分からなくなったじゃーん!いじわる婆さん、早く辞めろ!!」
「あんたに言われなくても、もう本当に辞めるつもりだったわよ!!老いを自覚した時からね!でも、辞めるふりを長いことしてたら本当に辞めるタイミングを逃したのよ!つまり私も救いようのないバカなの!ここにいる皆、バカなの!バカの肥溜めよ!この沈みかかった泥船は連帯責任です!誰一人助かっちゃいけません!皆でお陀仏しましょう!!」
「嫌だぁー!!助けて、ブルースター様ぁっ!!」
「なぁんでぇ~!?私は、被害者なのよぉ~!?」
「私のトップの座を返してー!!」
「あんたはそもそもトップじゃないでしょ!私たちはもうおしまいなのよ!でも仕事は回さなくちゃいけない!根が腐って毒が回ったまま、私たちは本社の馬車馬として働かなくちゃいけないのよ!嘆いてる暇があったら手を回しなさい!仕事は仕事だから、これからも頑張らなくちゃダメなのよ!」
松山君、釘本さん、悪いわね!
あなたたちが居ない間に、この職場は終わりました!!
歩ネキの運転で焼肉食べ放題から帰って来た私は、勢いがあるうちに旅行プランを立てることにした。
私は普段から、考えるだけ考え込んで憂鬱になって結局実行しない節があるので、勢いが大事だ。
"自分軸で生きる"という重要なワードを教えてくれた歩ネキ。
自分軸で生きるために、自分のことを一切知らない人たちの土地に行って、自分の言いたいことを気兼ねなく言う練習をする。
これが私の思いついた、今できる最適解だ。
実際、精神的に沈んでいる時は非現実的な場所に行ってリフレッシュするのが効果的だと、何かの記事で読んだことがあるからだ。
正直に言うと、私には「郷土愛」や「地元愛」というものが無い。
地元は「毒親の根城」というイメージしかないし、友達もいなければ知り合いも皆無。
もっと言えば、住む土地には別にこだわりが無く、引っ越したって良いとも思っている。
でも、今の私には歩ネキと松山がいる。
この人たちとの縁だけは無下にしてはいけないと、直感的に思う。
だから、この土地から逃げるのではなく、ちょっとした小旅行で自分をさらけ出してみることにしたのだ。
私は隣県にはよく行くため、もっと隣の土地への旅行プランを立てたい。
私は「旅行_長期_手軽」というキーワードでインターネット検索することにした。




