第二十七話 自分軸
あ~、飯がうめぇ~!
松山からの「三食しっかり食べる罰ゲーム」を続けているわけだが、ここ数日身体の調子が良い。
朝ご飯を食べてなかった頃は、起きて仕事に行っても夢の中の延長線のような「ここに居るのに現実味がない」感覚だった。
しかし、朝ご飯を食べ始めてから毎朝身体が温まって目が覚めるし、お通じも良い。
休むべき時に元気が出てると、今すぐにでも出勤した方が良いような気もしてくる。
こういう時に無理をして立ち上がった結果、治りかけた"傷口"が開き、再び機能不全・・・ということを今まで何度も繰り返してきたのだが。
世の中、「うつは甘え」だと思っている人がまだまだたくさんいる。
そう言う人がいると、私も今のこの状況は甘えなんじゃないかという気持ちになって来る。
「ただのセクハラ未遂だっただけ」「未遂なら無かったも同然」なんて言う人もいるだろうな。
外野は陥れられた側の苦痛なんて分からないから、言いたいことが言えて良いよね~。
お前も一度そういう目に遭ってみろってんだよ。
性根が腐ったようなことを考えていると、LINEの通知音がした。
こんな朝早くから誰だよ。
私のLINE友だちは公式アカウント、松山と歩ネキぐらいしかないから、多分後者のどちらかだろう。
スマホを開くと松山だった。
「やけどなう」
「なうって若い子でも使うんだね。それより、やけど?」
「かおりさん、おはようございます。実は昨日、仕事中に左頬を火傷しました!俺としたことが・・・!あまりにも激痛過ぎて、今日からしばらくお休みをいただくことにしました。」
「おはよう、大丈夫?"俺としたことが・・・!"って言ってるけど、君ならやりかねないと私は思っていたよ。なにせ、君はポンコツ王子だからな!」
「かおりさん、ひどいっ!俺はこんなに頑張ってるのにっ!」
「どこかの誰かさんの物真似すんな(笑)」
ふざける余裕は一応あるようだ。
「それよりかおりさん、調子はどうですか?」
松山は自分も火傷で辛いだろうに、一応私のことも気にかけてくれる。
私は今の考えをそのままに返信してみる。
「良くもなければ悪くもないかな。今は外界のストレスから逃げてるから気分は悪くないけど、かと言って外出する気も無いというか、そもそも休職し始めたのに外出して良いのかな?って感じ。万が一職場の誰かに見つかったら"サボり"とか"良いご身分で"とか言われそうだし・・・。」
「実はそれ、俺も同じ状況です。俺は昨日顔面を火傷して今日からしばらく休むわけですが、医師から顔に包帯を巻くように言われてるんです。どうしてもコンビニスイーツが食べたくなった場合、どうすれば良いんでしょうか!?買いに行くところを誰かに発見されたら、包帯姿を見た人たちに"ボトックス帰り"とか"中二病みたいな包帯すんな"とか言われそうで・・・!」
ボトックスは包帯しないと思うけど・・・。
私から見るとふざけた煽り文章にしか思えないが、松山はマジレスしてるのだろう。
「そうか、それは辛いな。松山はワンチャンお父さんかお母さんにお願いすれば、コンビニスイーツを買って来てもらえそうだから救いはあるけど、私はどうしたら良いと思う?一人暮らしで買い物代行が居ないんだよな。社会的に兵糧攻めに遭ってるというか。被害妄想かもしれないけど・・・。」
「兵糧攻め!?それは大変です!食べ物を入手する手立てが無いなんて死活問題ですよ!一食抜くだけでも、俺なら死ねる!・・・そうだ、そういえば昨日歩さんがサンセットに買い物に来てましたよ!思い切って歩さんに相談してみますか?」
「え?歩ネキが?」
松山の話によると、歩ネキは買い物ついでに当時の確執を"清算"するため、杉田に真っ向から頭を下げに行ったらしい。
「最近の杉田」は素直で丸くなったためすんなりと受け入れ、和解したそうだ。
とても信じ難い話だが、松山が話を誇張するとも思えないため、おそらく本当なのだろう。
歩ネキか・・・相談してみるか?
ついでに松山も仲間に加えて、グループLINEでも作るか?
* * *
(釘本かおりが剛優、AYMをグループに招待しました。招待中の友だちが参加するまでしばらくお待ちください。)
(剛優がグループに参加しました。)
(AYMがグループに参加しました。)
私が招待するなり、二人は即グループに参加してくれた。
そしてすぐにトークを返してくれた。
「うーっす!かおりさん!このグループは何をするんだ?」
「俺も参加しま~す!歩さん、いつの間にアカウントネーム変えたんですか?JYPみたいですね!」
「今コンビニで深夜働いてるんだけどよ、ここと同じように会社のグループLINEに参加してんだ。そんで"歩"だとどいつもこいつも"あゆみって読むんですか?それともあゆむですか?"ってうるせぇんだ!あたしが"あゆみ"だと名乗ると、あいつらは口を揃えて"男勝りだからあゆむの方が合ってる"なんて言いやがる!お父さんとお母さんが考えてくれた名前を勝手にアレンジすんじゃねぇっての!でもいちいち言い直すのも面倒くせぇから"AYM"にしてやったわ!あいつらには"山口かエーワイエムとでも呼んでろ!"って言ってやったわ!」
「歩さん、AYMだとATMみたいで金づるだと思われますよ!」
「うわ!確かにそうだな!でもあたしがご飯を奢るのは、気に入ってる奴か詫びたい奴限定だからただの金づるじゃねぇし!」
言葉遣いの荒々しい歩ネキが、ご両親のことは丁寧に「お父さん」「お母さん」と呼ぶのはちょっと可愛い。
でも、グループ作成者の私を差し置いて、二人で盛り上がってやがる。
これじゃあ何のためにこのグループ作ったか分かんねぇ!
「ちょっと!私が作ったグループを二人で乗っ取るな!」
「ああ!かおりさん、居たんですね!気づきませんでした!」
「かおりさん、わりぃわりぃ!松山に絡まれるとついこうなっちまうんだよ!で、今日はどうしたんだ?」
やっとのことで隙を突き、私のターンになった。
数日前に歩ネキには赤山の件は伝えてあるので、今回は割愛する。
「私は今休職中なんだけど、たかが買い物でも外出して良いのか分からないんだよな。もし職場の人に買い物してるところを見られたら、サボりとか優遇(笑)とか言われそうで、外に出て良いのか分からん。」
「歩さん、俺も同じような状況です。昨日歩さんが出て行った後、フライヤーの油が弾け飛んで顔に火傷を負っちゃって、しばらくお休みをいただくことになりました。顔面を包帯で覆っています。俺もある意味休職なので、もしコンビニスイーツを食べたくなった時に買い物してるところをサンセットの人に見られたら、ボトックス帰りとか中二病ぶってるとか揶揄されそうで、怖くて出られません!」
「お前らバカか?」
「え?」「え?」
「細けぇ事は考えるな!とりあえず、メシを食う元気はあるんだろ!?今日の夜、焼き肉食べ放題に行こうぜ!話はそれからだ!今日はあたしもコンビニのシフト休みだからな!」
「はぁ?」「それって歩さんの驕りですか!?歩さんの財布でメシウマできるんですか!?AYMだけに・・・ATM。ププッ」
「お前ぶっ飛ばすぞ!!ATM呼ばわりすんじゃねぇ!でも言われたからには二人の分も奢ってやるよ!お前らのことは気に入ってるから奢るわ!がはは!」
またこの二人は話をすり替えやがった!
マウンティング女子とはまた違う厄介さ!
でも、奢ってくれるなら良いか。
それに歩ネキが一緒にいる時って、何となく強くなったような気になるんだよな。
虎の威を借る狐ではないけど、「後ろは任せた!」みたいな信頼感がある。
こうしてまたしばらくトークを乗っ取られ、松山のツッコミが入ったタイミングで私はOKの返事をした。
* * *
18時。
私はできるだけ「サンセットの釘本」には見えないよう、眼鏡をかけて帽子を深く被り、いつもよりアイライン濃いめに武装し、松山邸の玄関アプローチで待たせてもらう。
歩ネキが車で送迎してくれることになり、その集合場所が、車の停車が容易な松山邸に選ばれたのだ。
こんなに敷地面積の広い豪邸のお坊ちゃまなのだから、松山は奢ってもらう必要はないんじゃなかろうか?などと二人で談笑しているうちに、歩ネキがミニクーパーに乗ってやって来た。
「二人とも待たせたな!行くぞ!」
「歩さんの車、可愛いですね!」
「ああ!可愛いだろ!お父さんが買ってくれたんだ!本当は中古のアルトを自分で買うつもりだったんだが、"娘の社会人デビュー祝いに!"ってお父さんが全額払ってくれてよぉ!これからたくさん恩返ししてやらなきゃな!」
あら、そうですか。
あなたもお嬢様だったのですね。
言葉遣いとヤンキー歩きは目に余るが、物の取り扱い方にそこはかとなく育ちの良さを感じると思っていたけど、やはりそうでしたか。
言って私も、実家に住んでいた頃は金銭的に困ったことは無かったが、精神的に満たされたことも無かった。
うちの両親は「金さえ与えておけばちゃんと子育てしてることになる」というスタンスだったからな。
松山のお坊ちゃまと山口のお嬢様は、真っ当にご両親に愛されているようで何よりです。
恩返しがしたいと思える親御さんをお持ちで、心底羨ましいです。
* * *
焼き肉チェーン店に到着した。
日中に歩ネキ名義でネット予約をしていてくれたようで、すぐに案内してもらえた。
アニキ口調でヤンキー歩きの歩ネキ、顔面包帯男の松山を見て、案内待ちのお客さんたちはギョッとする。
この二人のおかげで、私のマリリン・マンソン風失敗アイラインを注目されずに済んだ。
「よっしゃー!肉だ肉ー!メシはやっぱり映えよりも量だよなー!」
「ですよね~!でも俺、今日はたくさん食べられるかなぁ?火傷で咀嚼が痛そう・・・いや、でも焼き肉の誘惑の方が勝ってるかも。行けるかな?行けるはず!」
「がはは!相変わらず食い意地が張ってんなー!まあ、メシを食うことは良いことだからな!がはは!」
「はい!ご飯はたくさん食べてなんぼです!ついでに写真でも撮ってSNSに投稿しよっかな!」
またしても会話の置いてきぼりの私は、二人が話している間に注文を始めた。
私がある程度の品目数の注文を終えると、さっきまで盛り上がってた二人も「食べ放題モード」に切り替わり、肉に食らいつくことに神経を集中させ始めた。
その眼差しは、肉食獣そのものだった。
「ああーうめぇーー!!」
「お!かおりさんもついに雄叫びを上げるようになったんだな!」
「え!?あ、いやぁ~ついつい・・・。」
「旨い、旨い、もぐもぐ・・・」
やべー、恥ずかしー!
心の中で叫んでたつもりが、脳が歩ネキに感化されたのか、つい声に漏らしてしまったようだ。
私たちのやり取りを気に留める様子もなく、松山はひたすら肉を食べていた。
めっちゃ食ってる。
どこが痛くて咀嚼できないだよ!!
「テスト勉強してない」と言いながら高得点を取る奴、「マラソン大会、最後まで一緒に走ろうね」と言いながら一人で突っ走っていく奴並みに悪質だぜ!
* * *
箸が進まなくなって来た頃、不意に歩ネキが口を開いた。
「かおりさんって、なんで"普通"を目指してんの?」
「え?」
「かおりさんは何を"軸"に生きてんの?」
「軸?」
お腹いっぱいの幸福感の中でそんなことを聞かれても、頭が働かないでござる。
"軸"の意味が分からず押し黙っていると、お腹いっぱいで天を仰いでいた松山が突如現実に戻って来た。
「歩さん。歩さんの考える"普通"って何ですか?」
「あ?」
「"特別"とか"普通"って、何だと思いますか?」
「普通って何かって?そんなもん知ったこっちゃねぇ!人生は自分次第だ!」
「え?」
「自分が"普通"だと思ってることは人から見たらマジキチ案件かもしれないし、自分が異常だと感じることだって世間の常識かもしれねぇだろ?その"普通"って奴は"世間と比べた天秤"でしかねぇんだよ!そんなことにいちいち振り回されて楽しいか?他人の評価で自分を決めるのが楽しいか?」
歩ネキが何時になく真剣な表情でそう答える。
「結局人生は自分次第なんだよ!自分の人生は"自分軸"で生きるものなのに、お前らはなんで"他人軸"で生きてんだ!?お前らはいつも"他人軸"で物事を考えてて、ちっとも幸せそうじゃねぇじゃん!お前らは他人のために生きてんのか?お前らはSNSでいいねをもらうために、使命的に日常の行動を決めて使命的に写真を撮って使命的に投稿するのか?お前らは他人の操り人形なのか?あたしからすると、"自分の思い出のために写真を撮ってる"って言うより"他人の価値観に支配されて他人の顔色を伺って他人に認めてもらうために写真を撮ってる"ようにしか見えねぇんだよ!それって空しくならねぇか?つまりアレだ、もっと"自分軸"で生きな!自信を持ちな!肌で感じたように生きな!ってことだ!嫌われてもキモがられても良いじゃねぇか!エガちゃんだって"99人が馬鹿にしても1人が応援してくれればそれでいいじゃねえか"って言ってただろ!?一度、他人のことは気にせずに自分の感じたように生きてみな!もちろん、必要最低限の社会的秩序は守りながら、他人を蔑むことも無くだな!自分のために生きれば、少しは世界が広がるぞ!そういうのを受け入れない奴らには嫌われるけどな!がはは!」
歩ネキ、かっけぇ・・・。
普段は顔に感情の起伏を感じさせない松山も、今回は何時になく心を動かされたようだ。
まるで"松山の中に閉じ込められた本当の松山"が解放されたような、煌々とした瞳だ。
いつもはどこか淀みを感じさせる松山の瞳が、今初めて光を取り入れたような不思議な瞳になっている。
「やべぇ!!ガラでもなく語ってたらタイムロスしちまったじゃねぇか!!お前ら、残り時間は10分だ!食いたいだけしっかり食っとけ!肉は鉄分とマグネシウムとビタミンと亜鉛が摂れる!身体中に栄養が循環すれば脳も活性化するぞ!雨降って地固まる、肉食って知高まる、だ!」
歩ネキは最後に意味不明な韻を踏み、残り時間ギリギリまで肉に食らいついた。
栄養ね・・・確かに必要かもしれないな。
お菓子ばかり食べる私は、脳を動かすためにもご飯をメインに食べるよう切り替えた方が良いなと思った。
「ごちそうさん!旨かったっす!また来ます!」
「ありがとうございましたー!またお越しください!」
歩ネキを先頭に、私と松山も店員さんに挨拶をして店を出た。
「あー食った食った!やっぱり赤身肉って良いな-!明日筋トレすれば良い筋肉が付きそうだ!」
「もぅ・・・おなかいっぱぃ・・・ウプッ。」
歩ネキも凄いけど、松山も凄かった。
とても火傷の激痛ハンデがあるとは思えないほど、松山の口に肉が吸い込まれて行った。
私もたくさん食べたつもりだが、二人から見たら全然食べてない部類らしい。
タプタプになったお腹を両手で支えながら、私たちは歩ネキの車に乗り込んだ。
「二人とも、元気出たか?」
「元気いっぱぃ、お腹もいっぱぃ・・・ゲプッ!」
「汚っ!松山、ゲップすんじゃねぇよ!」
「ごめんなさぃ、かおりさん・・・。」
普段はどこか壁を感じる松山が、何となく等身大になったような気がする。
今までは「ずっと相手の言葉の弱点を逃さないように様子を窺ってる感じ」がしてたけど、今はそのバリアを感じない。
ただ単にお腹がはち切れそうで情けなくなってるだけかもしれないけど。
"他人軸"ではなく"自分軸"で生きる・・・か。
いざやるとなると難しいだろうが、少しわがままになるぐらいが私にはちょうど良いのかもしれない。
いっそ私のことを誰も知らない土地にでも行って、自分を解放するか?
社会的に縛られていない今だからこそ、試してみる価値はありそうだ。




