第二十六話 戦闘不能
ガラッ。
「杉田さん!!その節は申し訳ねぇ!!」
「は?・・・山口さん!?なんであなたがここにいるのよ!?」
突如現れ、いきなり首を垂れる山口に、杉田はたじろぐ。
「今日は買い物に来たんす!かおりさんが気持ちわりぃ目に遭ったって聞いて、職場の様子が気になったんすよ!・・・今それはどうでもいい!杉田さん!!その節は申し訳ねぇ!!」
「あなた、その言葉遣いはどうにかならないの!?まるで怒ってるみたいじゃない!」
「怒ってねぇっす!これがあたしっすから!杉田さんだっていつも怒ってるじゃねぇっすか!」
「怒ってないわよ!!私の商売魂が怒ってるように聞こえるだけよ!」
「そうなんすか!?ずっと怒ってると思ってあたしも負けじと大声出してましたわぁ!」
「何なのよ!そうだったのね!私もあなたが怒ってると思ってちょっと強く当たってたじゃない!」
「そうなんすねぇー!じゃあ、あたしたちって似た者同士だったってことっすねぇ!がはは!」
「そうみたいね!あなたもなかなか商人向きの性じゃない!元気があることは良いことよ!私も勘違いして悪かったわね!ははは!」
当時は衝突ばかりしていた二人の確執は、なぜかあっという間に解けてしまった。
俺は、今まで一体何がしたかったんだろう?
"剛の弟"と認識されることが嫌で、"特別な存在"になりたくて、"普通ではない"行動をしてきた。
しかし、さっきの歩さんの姿を見て、"特別"と"普通"の違いが分からなくなってしまった。
俺の存在意義って、本当に何なのだろう?
釘本さんは、俺のことを必要としてくれているのだろうか?
俺は釘本さんのために、ここで倒れるわけにはいかない。
大きなショックを受けながら、俺は作業室に戻る。
杉田さんと歩さんは無事に和解したようで、楽しげに談笑していた。
「松山君!聞いてちょうだい!私は今まで、山口さんが若者のくせに横柄に怒ってると勘違いしてたみたい!でも、実際はただ威勢の良い女の子だったってだけみたい!私たちの今までの喧嘩って何だったのかしらね!ははは!」
「だからさっきから謝ってるじゃねぇっすかぁ!勘弁してくださいよー!あたしも杉田さんがいつも高圧的に食って掛かるのが意味分からなくて、ちょっと強気に応戦してたんすよぉ!でも杉田さんもただ声がデカいだけで、別にあたしは憎まれてるんじゃなかったんすねぇ!あたしらアホ過ぎでしょ!がはは!」
「はぁ・・・。」
「こんなことしてる場合じゃないわ!松山君!私も今から休憩に行って来るから!休憩から戻って来たら、残り時間で何をしたら良いか指示してちょうだいね!じゃ、行って来るわ!」
杉田さんはご満悦な様子で休憩に出て行った。
「おい、松山。おめぇどうしたんだ?元気ねぇじゃねぇか!飯食い過ぎて腹いてぇのか?」
「いえ。俺のことはお気になさらず。」
「はぁ?」
「良いですから。それより、いくら元従業員でもここに居続けるのは不法侵入と同じですよ。早く出て行った方が賢明です。」
「おぉ!?そうだったな!あたしはもうサンセットの名簿から消されたんだったな!わりぃわりぃ!じゃあ、またな!今度焼肉に行こうぜ!」
「はい。また連絡してください。」
「俺のことはお気になさらず」と言えば必要以上に根掘り葉掘り聞いて来ない歩さんの性格は有難い。
俺は表の少なくなった商品の補充、タイムサービスの準備を始めることにした。
* * *
なんだこれ。
杉田さんがタイムサービス用の天ぷらの液を作ってくれたわけだが、以前赤山が作ったものよりもさらに粘り気が強い。
これだと天ぷらではなくホットドッグになりそうだ。
しかし、俺が杉田さんの作った天ぷら液に水を足して手直しをすれば、それは「主婦としてのプライド」を踏みにじることになりかねない。
仕方なく、俺はそれをそのまま使用することにした。
エビに衣をつけ、静かにフライヤーに入れる。
エビの天ぷらを作る際、すぐに指から離さず、少し油の表面で八の字に泳がせるようにしてからゆっくり入水(?)させると良いらしい。
その方がフライヤーの底の網にへばり付きにくく、エビも曲がりにくいと、この前父さんが言っていた。
エビを入れようとしていると、天ぷら液の底に溜まっていたのか、小麦粉の塊まで付いて来た。
その時。
パァーン!
小麦粉の塊が、油を吸い込んで俺の顔面にはじけ飛んだ。
一時間後。
顔に火傷を負った俺を、杉田さんは強引に帰らせた。
俺は急いで店内の製氷機から氷をもらい、冷やしながら仕事を進めていたので別に支障は無い。
しかし杉田さんは「火傷の度合いによっては細胞回復が難しくなるから、顔に傷が残ったら大変!婿入り前なんだから綺麗な顔を大事にしなさい!」と引き下がらなかった。
杉田さんが病院へ向かうようしつこく懇願するので、仕方なく早退する羽目になった。
本来14時半に帰る予定だった杉田さんに残りの仕事を預けるのは不安しかないけど、主婦だから大丈夫だろう。
* * *
「じゃあ、抗炎症剤を出しておきますね。」
「はい。ありがとうございます。」
俺はさっきの「天ぷら爆発事件」で左頬を火傷した。
杉田さんが休憩から戻って来るまで我慢してたけど、彼女が大慌てで病院に行くよう促して来たので、半ば強引に早退することになった。
このぐらいの火傷なんて、心の傷に比べたらただのかすり傷なんだけどなぁ。
医師から仰々しく顔全体に包帯を巻かれることになり、めちゃくちゃ恥ずかしい姿で会計を待つ。
これではまるでフェイスリフト施術後のダウンタイムだ。
徒歩で来院したことを後悔する。
コンビニに寄って、昨日釘本さんに食べられてしまったエクレアをリベンジ買いしようと思ったが、この姿では恥ずかしくて買いに行けない。
会計を済ませ、家まで歩いていると、公園に絵美ちゃんと和也さんがいた。
「あ!ヒーローのお兄ちゃんがケガしてる!」
「わぁっ!優さん、こんにちは・・・どうしたんですか!?」
「絵美ちゃん、和也さん、こんにちは。大丈夫ですよ!仕事中に油が弾け飛んで、左頬を火傷しただけですから!軽症なのに、皮膚科の先生が大袈裟に手当てしてくれて・・・。」
「そうなんですか!びっくりした、美容医療かと思った・・・と言ったら失礼ですよね。火傷が大事には至らなくて良かったです!」
「ご心配ありがとうございます。それより、お二人はお住まい決まりましたか?」
サンセットの白石さんと離婚した和也さんは、彼女にマイホームを贈与したため、しばらくはうちの離れで生活をしている。
「実はパパ友の木村さんのご厚意により、空いたばかりの比較的安価のマンションを貸していただくことになりました!本来は清掃業者が入り次第の内覧開始だったらしいのですが・・・。退居した利用者が潔癖症だったみたいで、荷物を運び出した数日後に木村さんが部屋の最終確認をしに行ったら、まるで清掃完了後並みにピカピカだったそうです!それで事が順調に運び、来週には入居できます!」
「おお!それは良かったです!おめでとうございます!絵美ちゃん、良かったね!これから新たにヒーロー生活のスタートだね!」
「やったー!お兄ちゃん、ありがとー!」
俺は二人に挨拶をし、その場を離れる。
二人のことは好きだが、今日はこれ以上誰とも顔を合わせたくなかった。
* * *
「ただいま。」
「優、おかえり・・・どうしたの!?」
「優!?どうしたんだ、その包帯は!?」
「実は仕事中に火傷しちゃってさ。大したことないのに先輩には早退して病院に行けって言われるし、発注作業でFAXを送信するつもりが間違って120部コピーしちゃうし・・・なんか散々な一日だったよ。」
「火傷!?大丈夫なの!?痛かったでしょう!?」
「母さん、大丈夫だよ。少しヒリヒリするけど、皮膚科の先生が大袈裟に包帯を巻いただけだから大丈夫、軽症だよ。」
「そうか!人生そんな日もあるさ!嫌な出来事のフラグはそこら中に落ちてる。そのフラグを今日はタイミング悪くたくさん回収してしまっただけさ!寝て明日になれば"別の自分"がやって来るから大丈夫だ!今日のうちにたくさん落ち込んでおきなさい!明日は楽しく過ごすために!」
「うん。よく分からないけど、少し元気が出たかも。父さん、ありがとう。」
父さんのポジティブ理論で、俺は少しだけ元気を取り戻した。
母さんもそれを聞いて落ち着きを取り戻した。
まだ15時なので、しばらく部屋でゆっくり休むことにした。
いててて・・・。
しばらくベッドで寝ていたら、左頬がだんだん痛みを生じ始めた。
薬の効果が切れ始めたのだろうか?
夕飯の時間になったので、リビングに向かうことにした。
夕飯を咀嚼する際、頬を動かさねばならないせいか、傷口がめちゃくちゃ痛い。
この後風呂に入って、今日はもう寝よう。
揚げ物の仕事をしたため、髪も顔もベトベトする。
本来なら傷口を洗わない方が良いのかもしれないけど、油の臭いを残したくない。
痛みを堪えながら、俺はソフトタッチで左頬を洗顔した。
* * *
翌朝。
いってぇー!!
傷口がじんじんヒリヒリと痛み、俺は早朝に目を覚ました。
昨日は風呂上がりに抗炎症剤を塗り、新しいガーゼで覆ったのだが、痛くて堪らない。
傷の様子が気になったので、ガーゼを外すことにした。
ほんの少しの振動が加わっただけで激痛が生じる。
部屋を移動するだけで泣きそうだ。
「うわ、なんだこれ・・・。」
傷口が赤く腫れ、大きな水膨れになっていた。
軽傷だと思っていたけど、風呂に入ったせいか悪化したようだ。
おれは やけどの ダメージを うけた!
家の中を少し移動しただけで激痛なら、とても仕事ができそうにない。
他の人には申し訳ないが、痛みが和らぐまで休みをいただくことにした。
俺はサンセットの事務所に電話をかけた。
「はい!サンセット大場店の早川です!」
「おはようございます、惣菜部門の松山です。今お時間大丈夫ですか?」
「おや?松山君、どうしたの~?」
「実は昨日、仕事中に顔を火傷しまして、今朝傷が悪化して激痛で、しばらく出勤できそうにありません。今日からお休みをいただきたいのですが。」
「え!?大丈夫?」
昨日、店長は休みだったため事情を知らない。
俺は火傷した経緯を店長に説明した。
「そっか~。今日は白石さんが休みの予定だったけど、松山君を休みにして白石さん出て来てもらうか~。今日は休んで良いよ~!でも明日以降がな~。またシフト作り直さないとな~。せっかく俺が時間を費やして作ったシフトなのにな~。ぶつぶつ・・・」
「ご迷惑をおかけします。では、失礼します。」
「あ、は~い。お大事に~。」
店長が独り言のような嫌味のような呟きを続けるので、俺は強制的に電話を切ることにした。
はぁ~・・・。
赤山は勾留、釘本さんは休職、俺は火傷で戦闘不能。
サンセットは一体どうなってしまうんだろう。
これも全て「偽りの自分」を演じた俺の自業自得なのだろうか。
なんだか急に自分が嫌になってきた。




