第二十四話 キャラ崩壊
なかなか眠れない。
今日の事件のせいだろう。
赤山は普段から変な人だとは思っていたけど、まさかあんなに気持ち悪い行動に出るとは思ってもみなかった。
イカれた目でこちらに迫りくるあの顔・・・気持ち悪過ぎて頭から離れない。
どうしてこんな目に遭ったのだろう。
「カメレオン」をやめたことがいけなかったのか?
女性らしさを微塵も感じさせない本性を、なぜ赤山に好かれてしまったのか?
かつて母親が言ったように、私はやはり不幸になる運命だったのか?
私は生まれるべきではなかったのか?
私は生きる必要があるのか?
考えれば考えるほど「過去」に囚われ、後悔ばかりしてしまう。
でも、眠れない日はつい「過去」について考えてしまう。
そしてだんだん悲観的になり、生きること自体が嫌になって来る。
眠りに落ちたら、もういっそ目覚めなければ良いのに・・・。
眠り・・・。
私は数年前に睡眠障害に陥り、心療内科で睡眠導入剤をもらっていた。
その睡眠導入剤を飲み切らずに引き出しの中に保管してたんだっけ?
あれを一気に飲んでしまえば・・・。
翌朝。
俺は7時に出勤することにした。
昨日赤山は逮捕され、シフトにも支障が出たからだ。
仮に本部が別の社員を異動させるにしても、あまりにも急なことだから対応は遅れるはずだ。
また、早川店長がヘルプで入るにしても、フロアの仕事もあるので毎日は無理だろう。
そして、被害者の釘本さんはしばらく出勤できないだろう。
というより、もう彼女は二度と出勤しないかもしれない。
あんなことがニュースで大々的に報道されたとなると、噂好きのサンセット従業員たちは好奇の目で彼女を見つめ、触れられたくないことまで明け透けに質問するに違いない。
人から注目されることを極度に嫌がっていた彼女の性質と、察知能力の高い彼女ならそのことも予想できるはずだ。
釘本さん・・・家に一人で大丈夫だろうか。
昨日はLINEを送ったものの、今朝まで既読さえつかなかった。
もしかしたら、サンセット従業員という因果関係を持った俺すら拒否し、ブロックされた可能性もある。
しかし、心配だからと執拗にメッセージを送ったり電話したり家を訪ねたりしては、逆に追い詰めてしまいかねないし、ストーカー同然だ。
今日の仕事が終わったら、一度だけアパートを訪れてみよう。
それで拒否されるなら、今後は俺からコンタクトを取ることは一切やめることにしよう。
* * *
「松山君!おはよう!!」
杉田さんが30分早く出勤して来た。
おそらくニュースを観て、状況を察したのだろう。
「杉田さん、おはようございます。今日からしばらく、俺が揚げ物をやります。赤山と手順が違うかもしれませんが、ご容赦願います。」
「え、ええ。それは良いけど・・・昨日のニュースは観たわよね!?赤山さん、捕まったの!?釘本さんは大丈夫なの!?ニュースで言ってた、忘れ物を取りに来た同僚の男性ってあなたよね!?」
「杉田さん、無礼ですよ。逮捕者と被害者が同じ職場から出たというのに。礼儀を重んじるあなたがそんな質問をするなんて。俺、杉田さんを見損ないそうです。」
「ご、ごめんなさい!本当よね!失礼しました!仕事に取りかかるわ!まだ誰も来てないし、私はお寿司でも始めるわ!」(今日の松山君、なんだか目が恐ろしい!そうよね、刑事事件だもの、聞いちゃいけなかったわ!それにしても松山君って、今まで自分のことを僕って呼んでなかった?それにこんな話し方だったかしら?まあいいわ、恐ろしいからこれ以上詮索してはいけないわ!)
俺がじっと見つめると、杉田さんは案外素直に引き下がってくれた。
次に、前野と白石が作業場に入って来る。
「松山君、おはよー!え?松山君が揚げ物してるのー?なんでなんでー!?何かあったのー!?」
「え~びっくりぃ~。松山君が揚げ物なんて出来るわけないと思ってたのにぃ~。それより今日のシフトはどうなるんですかぁ~?私はまだ今月はフルタイムじゃないのでぇ~、あれもこれもやれと言われても無理なんですよぉ~。」
「前野さん、聞かなくても分かるでしょう。噂好きのあなたなら、昨日のニュースを観て事情は分かるでしょう。わざわざ知らないふりをして聞いてくるなんて姑息ですね。あなたのような人が母親や姑じゃなかったことが救いです。それと白石さん、俺は別にあなたに仕事を頼むつもりはありませんよ。あなたに頼んだところで駄々をこねて何もしないし、できないでしょう。自分でやった方が早いですから。お二人とも、早く持ち場についてください。今日は前野さんが弁当、白石さんがパックをお願いします。」
「・・・。」
「・・・。」
俺がじっと見つめると、前野と白石はお互い目を合わせ、黙りこくった。
これで静かに仕事に入れるかと思ったら、今度は早川店長がやって来た。
「皆さん、おはよう~!いや~昨日は大変だったな~!・・・あれ?松山君が揚げ物やってるの!?パンコーナーは別のフロアの人に頼んで、今日は俺が揚げ物やろうかと思ったんだけどな~!」
「早川店長、おはようございます。店長が揚げ物に入ったら、あれもこれもつまみ食いしてパックの個数がおかしなことになるんですよ。この前の日曜日、店長がたこ焼きをつまみ食いしたせいで、1パックだけ7個入りになってラベル変更の手間を増やしたでしょう?それに仕事中、ブルースターがどうのこうの言って腑抜けてたでしょう?考え事をするのは構いませんが、仕事に支障が出るほどボーっとされると迷惑でしかないですよ。」
「ちょっ!?」(待って、あの日松山君は休みだったでしょ!?なんで知ってんの!?怖っ!!)
「今日のシフトは、俺が揚げ物、杉田さんが寿司、前野さんが弁当、白石さんがパックで行きます。しばらくはこの配置で固定します。店長は今手が空いてる状態なので、フロアの仕事に戻らず、明日以降の惣菜部門のシフトを急ぎで組み直してください。誰かが休みの日に、そこに店長がヘルプで入ることにしましょう。異論はありませんね?」
「は、は~い!分かった!シフト作り直して来ま~す!」(今日の松山君、目が冷ややかで頭の回転が速くてキレッキレで、なんか怖い!それに自分のこと俺なんて呼んでたっけ?いつものポンコツキャラはどこに行ったの?ポンコツキャラが崩壊してて、なんかつまんな~い!)
店長は事務所に戻り、明日以降の惣菜部門のシフトを作り直してくれることになった。
* * *
12時。
前野と白石は逃げるように早々と退出した。
杉田さんは二人と同じタイミングでロッカールームに戻るのが嫌なのか、少し作業場でうろうろしている。
「松山君、今日から午後は一人だけど、大丈夫なの?私も今日は残ろうかしら?」
「いえ、大丈夫ですよ、杉田さん。今日は木曜日であまり忙しくないし、大雨だからお客さんも少ないですから。それに今日のタイムサービスは揚げ物じゃなくてポテトサラダなので、追加の揚げ物を少し揚げて取りかかればすぐに終わると思います。発注は、野生の勘で何となくやってみます。」
「そう・・・。そういえば明日のシフト、さっき店長が作り直してコピーを持って来てくれたけど、私たちは全員出勤で店長だけ休みですってね。土日が忙しいから、店長はあえて明日休むことにしたのかしら?あなたもあまり無理をしてはいけないわよ!困った時は私に言ってちょうだい!じゃあ、帰ります!お疲れさま!」
「ありがとうございます。お疲れさまでした!」
気を遣ってくれた杉田さんの背中を、俺は見送る。
俺は何となくの感覚で、定番商品は切らさないよう発注をしてみることにした。
棚卸が近いため、あまり在庫を持ち過ぎるのは良くないが、足りないよりはマシだ。
今まで発注ができていた二人が居ないのだから仕方ない。
前回の「包材事件」を教訓に、食材の発注は間違えないようにしよう。
あれはポンコツのふりをしたんじゃない、本気で間違えた。
なかなか恥ずかしかった。
* * *
やったことのないワンオペをどう乗り切ろうか手探りだが、案外なんとかなるものだ。
「自分にはできない」とロックをかける前に、まずは失敗してでもやってみることが大事だ。
「できないと思うから、そもそもやらない」より「やってみた上で、改めてできないと分かった」と"気づくこと"が"成長"になるのだ。
逆にもし「できないと思ってたのに案外できた」なら、それは世紀の大発見だと言わんばかりに自分を褒めて良いと、俺は思う。
「お前にはできるわけない」「ほら!やっぱりできなかったじゃん!」とか「そんなこと経験して何になるの?」「何を目指してるの?」とか言う輩もいるが、そんな奴らなんかに耳を貸してはいけない。
奴らは自分のことを「安全に着実に生きてる」と思い込んでるだけで、実は「そもそも挑戦する技能すら持ち合わせていない」裏返しだったりする。
チャレンジした時点で、我々の勝ちだ。
俺が今こうしてワンオペができるのは、今まで釘本さんの背中を見て真似をさせてもらい、必要以上に口出しされずに仕事を覚えさせてもらえたからだろう。
世間の教える側はよく「この新人は使えない」だの「期待してたのにがっかり」だの文句を言うが、「メンター」がハズレだと下も育たない可能性が高い。
つまり、教える側にも教え方の責任が少なからずあるということだ。
教える側も教わる側も、両者が責任を持ってやらないと、企業は崩壊する。
なんて偉そうなことを考えながら、俺は16時に仕事を終わらせることができた。
今日は7時出勤だったので、16時の時点で8時間働いたことになる。
俺は急いで退勤し、少し買い物して、釘本さんのアパートまで走った。
何事もなければいいが・・・。
* * *
ピンポ~ン♪
昔ながらの木造アパートのチャイムを鳴らす。
釘本さんは居留守を使っているのか返答がなく、物音も聞こえなかった。
やはり、事件を目撃した俺とも顔を合わせたくないのだろう。
俺は潔く諦め、彼女からアクションがない限りこちらから様子を伺うのをやめることにした。
・・・スーッ。
その場を立ち去ろうとすると、なにやら床の上を布が這うような音が聞こえた気がする。
釘本さん?今起きたのだろうか?それとも別の部屋?
・・・スーッ。
やはり何か音がする。
音の出どころがどこなのか、耳を澄ます。
俺は何気なく横の擦りガラスを見た。
目をかっぴらいた白い女性が、両手と顔をガラスに張り付けてこちらを見ていた。
「ばあっ!!」
「うわっ!!」
俺は驚きのあまり、声を上げた。
そして、その主は釘本さんだと分かった。
釘本さんってこんな人だったっけ?
「釘本さん、そんなところで何してるんですか?」
「防犯対策だよ。」
「防犯対策?」
「さっき悪夢を見てね・・・。赤山が逆恨みで家に押しかけて来るって言う気持ちの悪い悪夢・・・。もしそうなら、幽霊のふりをすれば退散するかなと思って。」
釘本さんは悪夢を見たことにより、赤山が再び襲いかかってくる気がしてならないのだそうだ。
「あいつは勾留されてますから大丈夫ですよ。その白装束、もしかしてシーツを身体に纏ってるんですか?なかなか良いコーディネートですね。というか釘本さん、なんだかキャラ変わりましたね。」
「こうでもしてないと、昨日の気持ち悪い情景がよみがえって、今にも発狂しそうなんだよ!自我を保つためにふざけてないとやってられんのよ!あえてやってんのよ!」
「分かります!ホラー映画を観た後とか、恐怖心を消すために俺もよく高速ヲタ芸で悪霊を振り払いますから!・・・でも、思ってたより元気そうで少し安心しました。こっちのキャラもなかなか良いと思いますよ。それより、俺はどうしたら良いですか?帰った方が良いならそのまま帰りますし、スイーツでも買って来いっていうなら、ちょうど仕事帰りに買ったエクレアを今持ってるんですけど。」
ガチャッ。
エクレアの「ア」の時点で、玄関の鍵とチェーンが外される音がし、俺が言い終わる瞬間に扉が開いた。
* * *
まだ一日しか経っていないのに、釘本さんはやつれていた。
もしかしたら、昨夜から何も食べていないのかもしれない。
俺の両親とともにこの家に彼女を連れて帰ってきた後、レンチン用ごはんやレトルトカレー、サバ缶、魚肉ソーセージなど、簡単に栄養が摂れそうな食品を居間のテーブルに置いて帰ったものの、釘本さんは手を付けなかったようだ。
「松山、ありがとう。今日はどうしたの?」
釘本さんはあっという間にエクレアを平らげ、俺も一緒に食べるはずだったもう一つのエクレアにまで手を伸ばし、開封し始めていた。
姉がいる弟というものは、自分のスイーツも姉に献上するのがルールなのだろうか?
「なんか、嫌な予感がしたんです。変に捉えないで欲しいんですけど、以前釘本さんが話した"睡眠障害で睡眠導入剤を飲んでいた"って話を思い出したから、まさかとは思いますが、オーバードーズを起こしてないか、急に心配になったので。」
「オーバードーズ?」
「曲名ではありませんよ、薬学的な意味です。釘本さんはもしかしたら、薬を一度に多量摂取してそのまま・・・みたいな良からぬことを考えてないか、心配になったんです。」
「あ~、バレてたんだ。」
「え。」
「今朝、そうしようかと考え込んだんだけど・・・。引き出しを開けたら薬が無くてさ。そういえば実家を出てからもう必要がないと思って、捨てたことを思い出したんだよね。それにもし薬があったとしても、万が一気を失わずに苦痛に悶え苦むことを考えたら、そっちの方が怖いと思って、結局飲んでなかったかも・・・。」
「・・・。」
俺の予感は、半分的中していた。
やはり釘本さんは、薬でオーバードーズを起こそうと一度は考えたようだ。
運良く(?)薬を過去に処分していたことで、事なきを得た。
「釘本さん、今日は家でゆっくり過ごして良いので、近々一緒に病院に行きましょう。」
「え」
「"一週間三食食べる罰ゲーム"を破ったペナルティーです。釘本さん、OUT~!」
「え」
「俺が研修医時代にお世話になった病院なら、コネで予約無しでも診察してくれるかもしれません。釘本さんが落ち着いてからで良いので、俺か父さんか母さんに連絡してください。同行します。もし外を出歩くのが怖ければ、ケースワーカーを自宅に派遣させます。免許取得済みの俺が往診しても構いませんし。」
「え?研修医時代・・・免許取得済み・・・?」
「そういえば言ったことがありませんでしたね。俺が精神科医の免許を持ってるってこと。」
「・・・えええええええええええ!?」
「なんでそんなに驚くんですか、釘本さん。あなた、時々俺のことを見て"深淵"でも見たかのような顔をしてたから、てっきり気づいてたのかと思ってました。俺はこう見えても医師ですよ。と言っても、俺が診察したいのは"本当に助けが必要な心の優しい人"だけです。人に危害を加える"人間もどき"を助けたいとは、微塵も思ってません。だからあえて医師という道から逸れました。医療従事者になると"人間もどき"も拒否権無く診察しないといけませんからね。そんなこと絶対にしたくないです。だから免許を取るだけ取って、それっきりです。本当に必要な時にだけ手を差し伸べる医師が、別に一人ぐらいいても良いじゃないですか!」
釘本さんは二個目のエクレアをハムスターのように一気に頬張り、きょとんとしていた。
「まあ、今は別に良いですから。今は、生きたいように生きてください。考えるのではなく、感じたまま生きてください。寝る、食べる、泣く、叫ぶ、ほくそ笑む、笑う、喜ぶ、屁をこく。何でも良いと思います。"考えた自分"ではなく"感じる自分"で生きてみてください。俺はそろそろ帰りますね。あ!俺のLINE、もしかしてブロックしました?!」
「してないしてない!ごめん、今は本当に何もしたくなくて、自分の評価なんか考えずに無視してた・・・。」
「良かった!なら良いです!いくらでも未読スルーでも既読無視でもしてください!その"自分の評価を気にせずに何もしたくなかった自分"を大切にしたことが成長の証です!そんな感じでしばらく過ごしてみてください!では、帰ります!鍵とチェーンだけは忘れずに!」
「あ、ああ。ありがとう。またな。」
* * *
松山が精神科医だって?
松山父が精神科医ってなら、何となく説明がつきそうだけど、松山が!?
いや、ありえないことはないのか・・・?
松山はいつも「何を言っているのかよく分からないけど、なんか物事の核心をついているようなこと」を言うし、ふとした時にとてもポンコツとは思えないような立ち振る舞いをしたりする。
もしかしてポンコツのふりをしているだけでは?と私は何度も考えたことがあったが、その直後にポンコツムーブをかまして来るため、どちらが本当なのか見定められなかった。
どうやら、ポンコツではないことが真実のようだ。
では次に、なぜ松山はポンコツを演じているのか?という疑問が生じる。
それはやはり「剛」という存在が関与しているに違いない。
でも、これ以上踏み込んではいけない気がする。
今の私がそうであるように、踏み込んで欲しくない領域にこれ以上首を突っ込まれては、自我が崩壊しそうになる。
松山は、私を助けたいと思ってくれているのだろう。
しかし、もしかしたらこれは松山自身の「助けて欲しい」という表れなのではないか?とも感じる。
私は今、「私自身のターニングポイント」に立っているのと同時に「松山のターニングポイント」にも関与しているのではないだろうか?
でも、とにかく今は考えることをやめたい。
私はいつも何かあるたびに頭がフル回転してしまう。
そのため、オーバーヒートも起こしやすい。
さっき松山に言われたよう、寝る、食べる、泣く、叫ぶ、ほくそ笑む、笑う、喜ぶ、屁をこいて過ごすだけでも良いかな。
私は松山を見送り、鍵とチェーンをかけた。
一人だけの静けさを取り戻したことを良いことに、私は布団に座るなり、左尻を上げた。




