第十八話 妄想族
「今日は夫も絵美も帰って来ないし、久しぶりにおしゃれして夜の町を楽しもうかな!もしかしたら、新しい良いオトコとの出会いがあるかもしれないし・・・♪」
白石は、これから手に入ると"思い込んでいる"多額の養育費に妄想を膨らませながら、身支度を始める。
しかし、彼女は気づいていない。
夫の白石和也が置いて行った書類に『親権は夫に渡すものとする』、『ローン完済の家を贈与する代わり、今後は夫および娘との接触を禁止とする』、『親権は夫のため、養育費の支払いは全て相殺・抹消とする』という項目が書いてあることを。
「そうだ!明日仕事が終わったら、お昼ご飯を食べにカフェに行ってみようかしら?カフェのような場所には、サンセットのフロアで働いてる桜井君みたいな今時のイケメン店員さんが多いって、良く言うもの!カフェなんて一度も入ったことが無いけど、イケメン店員さんに案内してもらえるチャンスじゃない!そういえばこの前、ドーナツの食べ放題にお出かけした時、隣に座ってたイケメン集団が私のことをじっと見てたから惜しかったな~。夫がもっと早く離婚を切り出してくれていれば、彼らの誰かと繋がれたかもしれないのにぃっ!次こそは良いオトコと繋がるチャンス・・・♪」
そう期待しながら、白石は鏡の前で洋服選びに勤しむ。
彼女は「どんな洋服も自在に着こなし、誰もが振り返る天才コーディネーター」という妄想に耽った。
明日は・・・休みだーー!
俺はいつもならカラオケボックスに深夜まで籠るはずだが、今日は違う。
この前の「唐揚げ事件」で久しぶりにブチギレたため、わりと気持ちがスッキリしているのだ。
たまには違うことでストレス発散をしたい。
今日俺は、行きつけのゲームセンターに向かうことにした。
そこのゲーセンには俺のお気に入りの「足で上下左右を操作する音ゲー」や「峠を猛スピードで走るアーケードレースゲーム」が置いてあるし、かつて女児の間で流行った「おしゃれカードをスキャンして遊べるリズムゲーム」も現役だ。
おじさんの俺だって「女児のリズムゲーム」が好きなので、カードに至っては200種類近く集めている。
まずは「峠」で遊びたい気分だ。
「フォーーーーー!ヘアピンカーブだぜーーーーー!!」
俺は、今宵も、"峠の走り屋"として、ゲーセンに来た観客を魅了するっ!!
ずっと向こうにいるカウンターの店員さん二人も、俺に魅了されたのか耳打ちしながら微笑みかけてくる。
これが終わったら、次は「音ゲー」だ。
奇遇にも、今日そして今は、土曜日の夜。
サタデー・ナイト・フィーバー!!
俺はトニーになるべく、峠を走りながらイメトレを始める。
あ~でも「女児のリズムゲーム」もやりたいなぁ~!
リズムゲームで遊んでから、音ゲーで締めるか!
俺はすぐにリズムゲームで遊べるよう、右の胸ポケットにお気に入りのおしゃれカードをスタンバった。
* * *
日曜日。
このクソ忙しい日曜日に限って、赤山さん、松山、杉田さんは公休だ。
平日ならまだしも、日曜日だけは勘弁してくれよ。
まあ、今日は赤山さんのポジションに早川店長がヘルプで入ってくれるそうなので、そこは有難いか。
それに前野さんはじわじわと嫌なおばさんだけど、仕事はものすごくさばける人なので、まだ助かる。
問題は悲劇のヒロイン・白石だ。
かつては私も彼女の「悲劇」に同情し、絵美ちゃんのグレーゾーンについてあの手この手のアドバイスを考えてきたものの、アドバイスが受け入れられないのか「私の人生何なの?!」とよく泣かれていた。
その後、私が初めて松山邸から出てくるところを彼女が偶然にも目撃し、「当時の杉田さん」と前野さんに告げ口して、私をターゲットにしようとけしかけて来た。
松山邸で「私は白石さんを友達だと思っていない」と自覚したこともあり、彼女の裏切りに近い行為で、私は晴れて彼女を切り捨てることにした。
そのくせにあいつは後日、自分が不利な状況に陥るや否や、再び私にすり寄ろうとした。
でも「賞味期限が切れた関係を無理に続けようとするとどちらも毒が回る」ため、私は拒絶した。
私へすり寄ることを辞めてくれたのは助かったものの、あいつは仕事中自分に関係のない状況でもいちいち被害者ヅラをして、めんどくさい。
どうせ今日も暗い顔して「構ってちゃんアピール」をするんだろうな。
そう憂鬱になりながら、私は作業場に入る。
「おはようございます。」
「おはよー。」
「ああ・・・釘本さん。おは・・・よう。」
「?」
店長は、いつもなら暑苦しいほどの笑顔と大声で挨拶する人なのに、今日は様子がおかしい。
なんだか「腑抜けている」という言葉がしっくりと来る、そんな様子だ。
しかし、腑抜けているくせに口の端っこにフライのカスが付いている。
こいつ・・・絶対つまみ食いしてただろ。
「店長、どうかしましたか?なんだか元気が無いようですが。」
「元気が・・・無いわけじゃない。俺は、今、"宇宙の至高・ブルースター"に・・・魅了されて、想っているんだよ。」
「は?」
意味不明なポエムを述べる店長を見ていると、前野さんが私の方にやって来る。
(釘本さん。店長、今日変なのー。いつも変だけど、いつもとはまた違う変な様子なのー。あまり話しかけない方が良いと思うよー。さっさと仕事しよー。)
(はい、そうですね。さっさと仕事しましょうか。)
「唐揚げ事件」の日、私はつい前野さんを「ゲス」呼ばわりしたものの、前野さんは仕事中は気持ちを切り替えられる人なのか、表面上は普通に接する。
この人はフレネミーだから裏では何を言われているか分からないけど、私に直接危害を加えないなら別に良いか。
私たちはこの気味の悪い店長は放っておいて、それぞれの仕事に取り掛かる。
しかし、私は知っている。
この前退職代行を使って辞めた山口歩が、ヒーローショーの「ブルー戦士」のキャストであることを。
早川店長が、プライベートでは「ブルー戦士の限界ヲタク」であることを。
歩ネキと面接したのは前任の店長だったため、制服を脱いだ彼女を一度も見ていない早川店長が「キャストの美人」と「辞めた山口」が同一人物であることに気づいていないことを。
なぜ、私がそんなことを知ってるかって?
私は同じフルタイム仲間として、歩ネキと密かに仲が良かったからだ。
早川の"真の姿"については歩ネキから直接聞いているから、間違いない。
なぜ「カメレオン」の私が歩ネキと仲良くなれたのかは正直覚えていないが、彼女の「固定概念に囚われずに生きる姿」が私にとって新鮮で、直感で信頼できる人だと感じられたからだろうか。
そして、いつの間にか歯に衣着せぬ言葉遣いでやり取りするようになった。
ちなみに彼女は24歳で、私より17歳も年下の女性だが、任侠ゲームの漢たちみたいな口調が印象に残り過ぎて、つい「歩ネキ」と呼びたくなってしまう。
今でもたまにLINEでやり取りをする仲である。
* * *
腑抜けの早川店長、ポーカーフェイスの前野さんと準備を進めていると、悲劇のヒロイン様が登場した。
ところがどっこい、白石は余裕綽々といった微笑みを浮かべながら、ゆったりと作業場入りした。
「みなさ~ん!ごきげんよう♪」
「・・・?おはよー。」
「ブルースターよ・・・我はあなたのために、身を・・・捧げます・・・。ああ、白石さん・・・ごきげんよう。」
「おはようございます。」
私は「仕事の報・連・相」以外、もう白石とは関わらないことに決めているが、いつもの姿からは考えられないウキウキな姿が気味悪すぎて、少し気になる。
「あれ?白石さんどうしたのー?なんだかご機嫌だねー?」
「うふふ、前野さん、分かっちゃいましたぁ~?実はわたくし、うちの頼りない夫と離婚することになったんですぅ~。でも夫はバカだから、今後は二度と自分と関わらない代わりに、ローンを完済したマイホームをわたくしと娘にくれるんですってぇ~!」
「え、えー!?そんなことってあるの?」
「それがあったんですよぉ~。もしかしたら、わたくしこのお仕事、辞めちゃうかもですぅ~。ケチの夫がずっと通帳に貯めて来た多額のお金を、おそらく養育費として貰える予定なんですぅ~!これから"丁寧な暮らし"でも始めようかしらと思ってぇ~。午後にはティータイムなんて素敵ですわよねぇ~♪おほほほ」
「へ、へぇー・・・そうなんだ。」
・・・は?
あの堅実そうで娘の自立を促す教育をしようと(白石が阻害)してた旦那さんが、そんなことするかな?
それに白石はさっき「おそらく養育費として貰える予定」と述べた。
「おそらく」ってことは、確定じゃないんだろ?
というか、養育費だけで全生活費は賄えないだろう。
こいつ・・・何かを勘違いしてるのでは?
もしかして、自分にとって都合の良い部分だけを掻い摘んで、良いように解釈してるだけなのでは?
まあ、私たちはもう絶交したため、私には関係のないことだ。
こいつの人生がどちらに転がったとしても、知ったこっちゃない。
こいつの好きな「私の人生に口出ししないで!」を尊重し、私は忠告してやんね~。
* * *
白石さん・・・。
旦那さんと離婚して、養育費で悠々自適な生活でも送れると思ってるってこと?
私の旦那の家は先代から受け継がれてきた古い木造家屋だから、ローンというものを経験してない。
けれど、ローンを完済しても固定資産税なのが発生するんじゃないの?
それに、新築マイホームだとしても、過ごす時間が長くなればなるほど修繕費も掛かってくる。
養育費だけで税金、食費、電気代などを賄うなんて、ありえなくない?
仮に白石さんの旦那さんが高収入だとして、もらえる養育費はせいぜい10万~15万円くらいじゃないかな?
ということは、10万~15万円くらいの月収で二人暮らしをすることになる。
さすがにそれじゃあ生活できないでしょ。
その辺、白石さんは計算してるのかな?
それに白石さんの姿を見ていると、とても一般的な食費だけでは済んでないと思う。
なんかこう、暇さえあればお菓子やジュースを一日中ずっとダラダラ食べてそうな感じ・・・。
二人暮らしでも食費だけはめちゃくちゃ掛かってそう。
まあ、よそ様のご家庭事情はよそ様の問題だから、私は知ーらない。
でも、ネタとしてはちょっと面白い話じゃん?
これ、他のパートさんにもバラしたらどうなるかな?
今日、仕事終わりに皆に言っちゃおー♪
こうやって私は、皆が楽しい気分になれる話題を提供し、ストレスの捌け口を作ってあげる。
「前野友子のすべらない話」、皆今日も楽しんでくれるかなー?
* * *
(うrrrrっるせぇな!あたしらを応援してる子供たちが、この世界にはたくさん居んだぁ!子供たちの想いをあたしらが背負って"サンレンジャー"が完成してんだよぉー!!おめぇには仲間の大切さが、一生分からねぇだろがなぁー!行くぞおrrrrらぁーーー!!)
昨日の、"宇宙の至高・ブルースター"のセリフが、ずっと脳内再生されている。
ああ、なんて美しい宇宙の姫なのだ!
そなたはどの星々よりも輝き、世界を凌駕するほどの美貌!
我は、あなたに、全てを捧げます・・・!
我は、ブルースターに心を奪われてしまったようだ・・・!
神が許してくれるのならば、我はこの身を捧げます・・・!
あ!前野さんと白石さんは店内に出て行ったし、釘本さんは冷蔵室の中に入って姿が見えない。
今がチャンス!
俺は唯一残された最小限の意思で、イカの唐揚げを口に運ぶ。
あちちち・・・でも、うんまぁ~い!
これはつまみ食いじゃないもんっ!フライヤー担当者の責任として「味見」してるだけだもんっ!
彼女らはまだ戻らない。
もう一つ、さっき揚げたたこ焼き一個、いただきま~す!あっちぃ~!
おわっ!釘本さんが冷蔵室から出てきた!
俺はその瞬間、再びブルースターの幻惑に魅了され、ああ、理性を失っていく・・・。
* * *
この限界ヲタク・・・今絶対、たこ焼き一個食ったよな?
どう見ても自分の意思で食べてたのに、私が戻って来た途端、また呆けたふりをしやがる。
たこ焼きは8個入りでパックするって決まってるから、1パックだけ7個入りになるじゃねぇか。
その分だけラベラーの値段表記を変えて、また戻さなきゃいけねぇからめんどくせぇのに!
それに、私が出勤してから十分以上経ってるのに、揚げ物が全然進んでねぇじゃねぇか!!
この限界ヲタク、歩ネキが長期欠勤中に何度もフライヤーにヘルプで入ってるから、手順は分かってるくせに全然進まねぇじゃん!
やべぇ・・・ちょっとイライラしてきた。
一生懸命やって仕事が遅いことは仕方ないと思う。
ただ、この限界ヲタクみたいに仕事以外のことに呆けるあまり、仕事が進まない奴は許せない。
つまみ食いばっかりしやがって。
こいつ、家畜界隈に生まれたなら特上品だっただろうに。
この豚野郎、見てたらだんだんトンカツにしてやりたくなって来る。
私が心の中でイライラしながらパックをしていると、"イケメン"と称されるフロア担当の男がやってきた。
「お疲れさまです。早川店長、いらっしゃいますか?」
「あ!桜井くーん!おつかれさまぁー!どうしたのぉー?」
「自分、今日は店長の代わりにパンコーナーに居るんですけど、分からないことがあるので聞きに来たんです。」
「ごめぇーん、作業場がうるさくて聞こえないのぉー!」
「パンコーナーで、分からないことがあるので、店長に用事があります!」
「そうなんだぁ~!店長、奥にいるよぉ~ん♪私が桜井君のために呼んであげよっかぁ~?」
「いえ・・・自分で呼びますから。」
うわ~、キツイわ~。
前野さんは何となく「母親っぽさ」があるため、この男に頬を赤らめながら接するところを見ると「自分の母親が父親以外の男にムラついてる」みたいな、ちょっと見たくない感覚に陥る。
父親にムラついてるとこも見たくねぇけど。
白石もちょっとキツイな~。
離婚が決まった途端、急に「オトコ狩り」のギラついた目になってるのが、正直気持ち悪い。
そもそも、この男ってそんなに良いか・・・?
私は人格形成に歪みが生じているからか、一般的に"イケメン"と呼ばれる男を見ても、全くときめかない。
それに元夫をどういう理由で好きになったのかも、正直覚えていないほどの致命傷だ。
そもそも"イケメン"とは何ぞや?
私は「身体に染みついた仕事のルーティン動作」に身を任せ、脳内では別のことを考えてみる。
この男みたいに、私がちょっとタックルすればポキッと折れそうな長身の痩身で、スルメも噛めなさそうなやつれたエラと顎のラインで、精が無さそうな細くて小ぶりな鼻で、ママに怒られて泣き出しそうな困り眉毛で、薬用リップも濡れないほど薄い唇で、騒音の惣菜作業場で声を張ってもギリギリ聞こえない程度の胆力の奴が、"イケメン"で合ってるのか?
いわゆる「今時のイケメン」と呼ばれる量産型だ。
最近は特に、男性アイドルの見分けが付かない。
皆同じような痩せ型、同じような顔、同じようなスタイリング、同じような路線、同じような楽曲やダンスなど・・・同じような人間が多過ぎて飽和状態だ。
それに、やたらと同じような大人数のアイドルグループがたくさん存在する。
ただ「グループ」と「人」が変わっただけで、「中身」はほとんど同じなのに。
ネズミ講もしくは生物のネズミみたいな増殖具合で、次から次に同じような人間が選出され、同じようなグループが、同じようなオーディション番組によって結成されていく。
個性もクソも無い。
一方で、その量産型が少し羨ましくも感じる。
「同じような雰囲気」がたくさんいるということは、それだけ「隠れ蓑」がたくさんいるということだ。
とにかく目立ちたくない私は、自分のような人間が周りにたくさんいれば目立たなくて済むのに・・・なんて思ったりもする。
でも、そういった芸能人たちは「今時のイケメン」として売り出してナンボなんだろうな。
皆はトレンドに流されて、本当に幸せなのかな?
だからこそ、このご時世にソロで頑張る若者を見ると、私は応援したくなる。
『ミカン』か『グレープ』か忘れたけど、そんなタイトルの楽曲を歌ってる男性ソロアーティストとか、『マリーアントワネット』みたいな楽曲を歌ってる女性ソロアーティストとかを見ると、素直に格好良いなって思う。
それはいいとして、え~っと、私は何を考えてたんだっけ?
そうだ、"イケメン"の定義についてだった。
話を戻そう。
私は"イケメン"を見ても、一ミリもドキッとしない。
そもそも、この男の髪型があまり好きではない。
何だよその、すね毛みたいにチリチリさせて、デコハゲを隠すみたいな前に盛るキノコ頭は。
でも、これが世の中の"イケメン"の基準なんだろうな。
やっぱり私はズレてるのかな?
ついでに、サンセットの一部の層から「王子様」と称される松山も分析してみようか。
松山もこの男と同じくポキッと折れそうな痩身であるものの、適度にエラが発達してて、顎は強かった。
松山邸でご馳走になった時、デザートとして出されたマファールという硬い焼き菓子を、まるでひよこ饅頭でも食べるかのようにいとも容易く嚙み砕いたアリゲーターだ。
やつれた顎のラインではなく、エラの存在は感じるもののそこまで主張が過ぎるわけでもない、奥行きと立体感がありつつも、滑らかな輪郭。
眉毛は困ってもなければ怒ってもない、温和そうな曲線というところか。
鼻は高くなければ低くもない程よい存在感で、小鼻も大き過ぎなければ小さ過ぎることもない。
唇はどちらかというと愛情深そうな、男性的というより女性的な潤いのある形状。
一見、声も張れそうにない雰囲気ながら、案外腹から声を響き渡らせることができる胆力はある。
髪型は「爽やかショート」と呼ばれる、スポ刈りよりはアレンジの利く清潔感と開放感。
つまり松山は・・・限りなく平均値でしょう!
・・・分からん!
"イケメン"とは一体何を示しているのか、私の歪んだ価値観の脳内チャッピーでは分析できない!
でも、このフロア担当の男と松山を比べてどちらが好みか?と聞かれたら、意外と松山かもしれない。
いやいや!私は別にあいつのこと好きじゃねぇし!!ただ究極の選択をしただけだし!!勘違いすんなし!!
・・・なんてことを脳内で一人ボケツッコミ、妄想をしてる場合ではない。
早川の豚野郎は一向に仕事が進まない。
逆に、こんな妄想をしながらパックを間違わずにやれる私がおかしいの?
ヘルプに来たのに業務を滞らせる、でもつまみ食いの瞬発力だけは一丁前なこの豚野郎を追い出したい。
こうなるくらいなら、私が揚げ物をしながらパックも並行した方がよっぽど速い気がする。
とにかく、このフロア担当の男に連れ出してもらおう。
え~っと、そもそもこの"イケメン"はなんて名前だっけ?
他部門の人間には興味がないので、とりあえず「そいつ」だと分かる感じで私は呼びかける。
「おい!そこのチリチリキノコ!!」
「・・・え゛!?」(待って、俺のこと?これ、おしゃれパーマなのに!)
「とっととこいつをつまみ出せ!!さっきからつまみ食いばかりして、ちっとも仕事が進まねぇ!早くしねぇと、私はこの豚野郎をトンカツにしてしまうかもしれねぇ!何なら海に沈めちまっても構わねぇぞ!!」
「ヘァッ!?ちょっ!へっ!?」(て、店長が豚野郎!?)
「変な声出してんじゃねぇ!早くこの豚をつまみ出せ!!」
「はっ!はいー!て、店長!早く、早くこっちに!」(ヤバいヤバい!殺されちゃう!)
「ああ、そなたは・・・誰だ?我とブルースターを邪魔する・・・小惑星の住人か?ダメッ!ブルースターは俺のものだもんっ!桜井君には渡さないもんっ!」
「はいはい!分かりました降参です!いいから早く!こっちに!」(どっちも・・・狂ってる!!)
「早く出ていけ!豚野郎!」
理性が戻ったのか戻ってないのか分からない豚野郎を引き摺り出そうと"イケメン"は頑張るが、力も無いのか全く動かせない。
この"イケメン"の名前は、桜庭でもなく桜木でもなく「桜井」だったようだ。
キノコのくせに桜井なんて、贅沢な名だねぇ~!
釘本さん、昨日もおとといも私の仕事を手伝ってくれて。
それなのに、私はたまたま日曜日に公休なんて、恩知らずも良いところだわ。
やっぱり手伝いに行こうかしら?
ちょっと作業場に挨拶でもしてみようかしら?
私は買い物に来たことを口実に、惣菜の作業場に顔を出すことにした。
確か、赤山さんも松山君も休みだったわよね。
フライヤーは、一体誰がやるのかしら?早川店長かしら?
私はスイングドアの前に買い物かごを置き、作業場を覗きに行く。
「皆さん!お疲れさまです!今日は公休で申し訳ないわね!何か手伝うこと・・・」
「変な声出してんじゃねぇ!早くこの豚をつまみ出せ!!」
「はっ!はいー!て、店長!早く、早くこっちに!」
「ああ、そなたは・・・誰だ?我とブルースターを邪魔する・・・小惑星の住人か?ダメッ!ブルースターは俺のものだもんっ!桜井君には渡さないもんっ!」
「はいはい!分かりました降参です!いいから早く!こっちに!」
「早く出ていけ!豚野郎!」
「桜井くーん、もう行っちゃうのー?」
「桜井くぅ~ん!またねぇ~ん♪」
「店っ長ぉ・・・ひ、引っ張っても動かない・・・。」
何よ、この地獄絵図は!?
数日前までの私だって相当狂っていたと自覚はあるけど、それとはまた違うトチ狂った状況だ。
いつもは愛想の良い店長が、今日はなんだかすごく・・・気持ち悪い!!!
それを見て釘本さんは「豚野郎!」なんて悪態をついている。
ダメじゃない!失礼よ、豚ちゃんに!
豚ちゃんは悪口の象徴みたいに使われてるけど、本当はとても頭が良い動物なんだから!
それに豚ちゃんはよく見るととても可愛い顔をしているのよ!
今日の気持ち悪い店長なんかと、同じにしちゃダメよ!
でも釘本さんには恩義があるから文句は言えないわ!
フロア担当のナヨナヨ男が店長を無理やり引っ張ろうと入口を目指してるが、店長はピクリとも動かない。
全く、声も小さいし、弱っちいわね!
もう少し松山君みたいに芯のある若者なら感心したのに。
とりあえず、私は今この人たちに関わってはいけないと悟った。
「さっきまでパニックだった自分が、自分よりパニックになっている人を見ると急に冷静になる」あの現象が私の中で起きた。
私はこの地獄絵図に追加で描かれないよう、入り口からそっと出て行った。




