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第十五話 燃え尽き症候群

あー、ムカつくムカつく!!!


杉田さんが仕事できないのが悪いから放っておけばいいのに、赤山さんと釘本さんと松山君は彼女に協力して・・・。

いつものように手伝わなかった私が悪者みたいじゃない!


12時になったから私は帰るけど・・・。

もう、今日はこの人たちに挨拶しなくていっか。

私は何も告げず、作業場を後にした。


* * *


打刻をするために、他の部門のパートさんたちが事務所前に集まっていた。

私は今日、惣菜部門で四面楚歌状態に陥れられたので、ここはこの人たちを味方につけなきゃ。

私は被害者だから「援軍」が必要なのよ。


「みんなー。お疲れさまー!」

「前野さん、お疲れさま!あら?いつも一緒の杉田さんは?」

「聞いて聞いてー!今日ねー・・・。」


私は今日の「唐揚げ事件」を皆に言いふらした。

あれは絶対に、杉田さんが悪いんだからね。


「そっか~。前野さんも災難だったね~!」

「そうなのー!しかも、杉田さんが悪いのに私まで後始末させられてねー!」

「へぇ~!」


皆は私の話に耳を傾けてくれる。

皆は優しくて、単純で操れるから、面白ぉーい。

ついでに「釘本さんの悪態」も暴露しちゃおーっと♪

私は、目標が無くなってしまった。


今日の仕事を終え、私は帰路に着きながら「抜け殻」状態に陥ってしまった。


私は今まで「カメレオン」として生きてきたので、「人に本性を悟られないように生き抜くこと」が目標だった。


しかし、職場に松山というポンコツのような策士のような不思議な男が現れたことで、私は少しずつ変わってきた。


胸の奥にずっと押さえつけていた弱音を吐き、「本当の私」として言葉遣いも気にせずに本音で話し、ずっと憎んできた同僚たちにクソだのゲスだの正直に悪態をついた。


一応、目上の人たちだから、反省はしている。

だが、後悔はしていない。


それはいいとして、「反骨精神」を持って職場で生きてきた私の「反骨」が無くなったため、「私は次に何をすれば良いのか」という目的も無くなってしまったのだ。


スキルアップとか業務の幅を広げるとか目標を立てるにも、私はフルタイムのパートなので、社員がやるようなシフト作りや原価計算、製造計画などに首を突っ込む立場ではない。


発注やPOP作り、店内放送などはパートがやっても良いので、前々から一通り教えてもらっている。

そして私は、対人関係以外は比較的器用にできる方だと自分では思っているため、それらの業務もできていると思う。

ということは、「次に覚えなければならない業務がもう無い」状態なのだ。


かといって、社員になると異動があったり部下を見たりしないといけないため、それだけは絶対に嫌だ。


私は、目標が無くなってしまった。


* * *


私はいつもそうだ。

おそらく飽き性なんだと思う。


今までたくさんの転職歴があるが、だいたい辞めた理由が「対人ストレスに堪えかねた」か「仕事でこれ以上覚えることが無くなり、目標が無くなった」なのだ。


面接では儀礼上「スキルアップのために転職したかった」とか「人生経験のため」とか言って来たが、実際は前に述べた通りだ。


実家暮らしだった頃、毒親から「また仕事を辞めたのか!根性無しが!」だの「あんたが仕事を辞めたせいで、私がお父さんにまた怒られなきゃいけない!」だの言われてきた。


以前OLだった頃、私は長時間労働と不眠症が原因で適応障害になったことがある。

しばらくは通勤しながら心療内科に通い、後に1ヶ月の休職期間をもらい、自宅療養で抗うつ剤と睡眠導入剤を処方していた。


初期からもらっていた薬が効きにくくなってきた際、副作用は強いが抑うつ効果も強い薬を勧められたことがある。

それを処方する場合、同居する家族にも注意事項を読んでもらう必要があると主治医に言われたため、その紙を母親に渡したら投げ捨てられた。


「こんなもん、効くわけないって!!ムダなことしてないで、早く仕事に行け!!これ以上、私がお父さんに怒られる原因を作るな!!」って罵られたっけ。


父親には「お前はうつ病になったふりをして怠けたいだけだろう!!俺の子供なんだから強いに決まってる!!そんな病気にかかるわけない!!仮病はやめろ!!」と罵られたんだったかな。


・・・ああああ!!くそーーーっ!!

なんで事あるたびに、アイツらは私の嫌な記憶を呼び起こさせるんだよ!!


くっそぉ~・・・。

またお菓子を山のように買って食べたいところだけど、身体に良くないから止めたい。

でも、なんだかウズウズしてしまう。

こんな時、どうすりゃいいんだろう?


「過食_やめる_方法」をインターネット検索しようとスマホを開いた時、あることを思い出す。

・・・松山一家だ。


* * *


ピンポーン♪


「は~い!」

「夕飯時にすみません。以前、嘔吐してしまった時にお世話していただいた、松山君の仕事仲間の、釘本かおりです・・・。」

「あら、かおりちゃん!お久しぶり!いらっしゃい!優は今お風呂に入ってるの!さあ、上がって上がって!」


東城会のお屋敷みたいな松山邸に、私は足を踏み入れる。

少し前に電話でアポを取った後、「一緒にお食事がしたいです」と思わず懇願してしまった。


息子の職場仲間が飯を食わせてくれ!なんて、乞食もいいところだし、迷惑極まりないだろうな。

でも、松山母は快くOKしてくれた。


「お父さんったら、お客様が来る!って張り切っちゃって、今日は黒毛和牛のシャトーブリアン・ステーキを焼いてくれることになったのよ!」

「しゃ、シャトーブリアン!?お高いんでしょう!?お金、払います払います!!」


東城会のお屋敷みたいな松山邸で高級品を出され、万が一後から請求されたら恐すぎる!

私は「タダ食いはしませんアピール」をした。


「いいのよ!私たちも身内からギフトでもらっただけだから!お互いタダで食べましょ!」


ギフトで黒毛和牛・・・。

実家が太いっていいなぁ~。


ダイニングに案内されると、松山父がナイフとフォークを並べていた。

以前「神様を名乗るお客様」騒動があった時にも身に付けていた、レース付きピンクエプロンを着て。


「こんばんは!かおりさんって言ったかな?優がいつもお世話になってますー!今日は佐賀県産、伊万里牛のシャトーブリアン・ステーキでーす!優が風呂から上がったら焼き始めるから、もうしばらく待ってね!」

「佐賀県産・・・。」

「かおりさん、どうかしたの?」

「い、いえ・・・。私の離婚した夫が佐賀出身で、婚氏続称をした私のこの苗字も、佐賀県の珍しい苗字らしいんです。」

「そうなんだ!不思議な縁を感じるね!」

「なるほどね~!あまり聞かない苗字ね~と思ってたら、佐賀のお名前なのね!聞いて気分を害するならお答えしなくて良いけど、婚氏続称をしたかった理由があったりするの・・・?」

「・・・。」


私は松山が風呂から戻って来るまで、彼のご両親にも赤裸々に話してみたくなった。


私の旧姓は「野口」だが、毒親育ちで生き辛かったこと、娘は母親より劣っている存在だと言われ続けたこと、「父親の言うことは絶対」だと「洗脳」されてきたこと、離婚して旧姓に戻すと「過去の呪いに再び縛りつけられる気分になる」など・・・。

「嘔吐事件」で松山に初めて「本当の釘本」を暴露した時のように、ご両親にも全て話してみた。


ご飯前にこんな重苦しい話をしたら、美味しいものも美味しくなくなっちゃうよな・・・。

私は話し終えたタイミングで後悔してしまった。

ところが。


「かおりちゃん!それは辛かったわね!よく頑張って"自立"したじゃない!」

「かおりさん!あなたの選んだ道は全て正解だ!今日も偉かったな!俺たちはあなたの味方だし、ずっと見守っているよ!」


え?

引かれるどころか、激励してくれた。

予想外の反応に、私が引きそうになる。

私には、褒められ耐性が備わっていないのだ。

そこへ風呂上がりの松山がやって来た。


「あ~スッキリした~!父さん、飯はまだ・・・あれ?釘本さん!?いつの間に来てたんですか!?」

「ごめん、松山。LINEしたけど既読が付かないから、ご自宅の固定電話に電話しちゃってさ。松山ご家族と、一緒に飯が食いたくて・・・。」

「やった~!釘本さんからご飯を一緒に食べたいと言ってくれるなんて、嬉しいです!急いで髪の毛乾かして来ますね!」

「そうだなぁ・・・。"四人"で食卓を囲むなんて、何時ぶりだっけな・・・。」

「え?四人?」

「なんでもないよ。さあ!優も風呂から上がったところだし、俺はステーキを焼き始めるね!」

「お父さん、いつもありがとね~!かおりちゃん!その間にお庭のお花でも見ていかない?」

「え?いいんですか?」


松山母と私は、リビングから庭に出る。


* * *


ひっっっろ!

まるで水前寺公園を富裕層の家向けのサイズに縮小したような庭だが、それでもデカい。

この一家・・・リアル東城会じゃないよね?


「かおりちゃん!見てみて!この前、やっとペチュニアが咲いたの!」

「ぺ、ペチュニアですか。」


ペチュニアって、花の名前なんだ。

英国魔法学校の主人公の叔母かと思ったわ。

私は花についてほとんど知らない。

「あの花」「この花」として見るのは好きなんだが。


「あれが好き」「これがいい」など・・・思考が幼児で止まっているのだ。

ズレた家庭環境、ズレた人格形成、低すぎる人生経験値の私は、一般常識も無い。

学生時代はやることが無さ過ぎて「ペーパーテストのために」頑張ってたけど、それが終わった途端知識もどこかへ消えた。

今なら一般常識テストで0点を狙えるレベルだ。

でも、世間知らずでも41年間生きて来れているから驚きだ。

人生って、複雑だけど案外何とかなるもんだな。

おっと・・・またこの一家のペースに飲み込まれるところだった!


「ペチュニアの花言葉って何ですか?」

「ペチュニアはね・・・心の安らぎっていう意味があるの。」

「心の安らぎ・・・。」


安らぎかぁ・・・。

私は今まで生きていて「安らぎ」を感じたことってあったっけ?

実家での苦い思い出しか思い浮かばないこと、コミュニケーション障害に伴う友達ゼロ、人間がとにかく怖いことにより社会に出てからも本当に仲の良い人と出会えていないこと・・・。


私は気がついたら、松山母に今までの"弱音"をまた吐いていた。

やっべ・・・息子の職場の先輩がメンヘラなんて気の毒すぎる。

しかし、松山母は軽蔑もドン引きもせず、真剣なまなざしで私を見つめ返してくれる。


「そう・・・あなたも、ずっと苦しんでるのね。」

「はい。・・・え?あなた"も"?」


「嘔吐事件」で初めて松山邸に運ばれた時、松山も同じような含みを持つ表現をしていたっけ。

この家族・・・何か裏事情があるのではないか?

私の唯一優れている(?)第六感が、そう語りかけてくる。

でも、私には聞き出す勇気はない。


「すみません、トイレをお借りしたいのですが・・・。」

「あら!ごめんなさいね!トイレまで案内するわ!」


気の利いた返しもできない私は、その場の空気に耐えかねてとっさにトイレに行きたいと言ってしまった。

夕飯を乞い、話を一方的に話し、トイレを貸してもらうド畜生だな、私は。

とりあえず、トイレで気持ちを切り替えることにした。


* * *


あれ?リビングへの扉ってどこだっけ・・・?

広すぎる松山邸は、廊下に同じような景色と扉が長く続き、リビングまでの道のりが分からなくなってしまった。

おまけに私は、松山母にトイレを案内してもらったものの、帰り道を聞き忘れていた。

とりあえず私は「ここがリビングだろう」と思う位置の扉を開けてみる。


違った。

ここは松山一家の誰かの書斎のようだった。

だだっ広い洋風の書斎、壁にはめ込み式の本棚が連なっている。

なんというか・・・新一がとっさにコナンと名乗った部屋に似ている。

机の上に、電源が入りっぱなしのデスクトップパソコンが置いてある。


あかん、見たらあかん。

しかし、「○○してはいけない」と思えば思うほどしたくなってしまうのが、人間の性らしい。

「お菓子を食べたらいけない」と思えば思うほどウズウズするのも、同じ現象だろう。

私は背徳感を感じつつも、書斎に足を踏み入れる。


デスクトップパソコンの画面には「小説家になろう」のHPが開かれていた。

このサイト、なんか聞いたことがある。

とある売れっ子ライトノベルの作家も、このサイトに投稿したことからブームになったとか何とか。

小説版は十数巻読んだことがあるが、アニメやウェブ版は見たことないな~。


いやいや、そんなこと考えている場合ではない!

この豪邸は、ここの一族のペースに飲み込まれる魔法でも仕掛けられているのだろうか?

このままじゃ空き巣同然だ。

早くリビングを探さなきゃ!


「釘本さん、何してるんですか?」

「ぎゃあああああああああ!!」


入口に、髪を乾かし終わった松山が立っていた。

ごめんなさいいい!!消されちゃううう!!!


「ごごごめんなさい、松山!トイレを借りて、リビングへの帰り道が分からなくて、ここかなと思って扉を開いたら書斎で、パソコンの電源が入ってたから気になっちゃって!!」

「ああ!そうだったんですね!うちの家は本当に広いですからね!僕もたまにやっちゃいます。夜中にトイレに行った後、部屋に戻ったつもりが間違えて空き部屋のベッドに寝てたこともあります!」

「そそそうなんだ!ごめんな。リビングまで一緒に行ってくんね?」

「分かりました!行きましょう!ステーキ、ステーキ♪」


良かった、消されずに済んだ・・・。

前を歩く松山は早くもステーキに夢中で、今この瞬間の出来事も忘れてしまったようだ。

しかし・・・空き部屋のベッド?

この家は大きいから、客間もあるという意味なのか?

まあいいか。

私たちは無事にリビングに到着し、大変恐縮ながらシャトーブリアンのステーキをごちそうしていただいた。

美味すぎて滅!

松山一家は、「ご飯を食べる時はご飯の美味しさや有難さに集中するため、黙食する」ことがマナーらしい。

人に気を遣ってお喋りしながらご飯を食べることが苦痛の私には、とても有難かった。

そして、人と食べる飯が美味すぎた。

シャトーブリアンが美味しい要因の大半かもしれないが、それとはまた違う感覚であった。


ご飯を食べた後、松山母のペチュニアの話で盛り上がり、解散することになった。


「今日はごちそうしていただき、本当にありがとうございます。シャトーブリアンなんて高級品をいただいて・・・やっぱりお金払いましょうか?」

「いやいや!気にしなくていいよ!俺の弟からもらったギフトだから、気にしなくて大丈夫!また何かもらった時は招待するからね!」

「は、はい。ありがとうございます!」


やったー!

タダで高級品を食べさせてもらうと言うと聞こえが悪いが、この一家にとっては「かすり傷」でも何でもないくらい小さな出来事らしい。

実家が太いっていいなぁ~。


松山父がまたタクシー代を出してくれると言い出したが、松山邸と私のアパートまでは数十メートル程度しかないことを前回知ったため、そこはお断りした。


松山父ちゃん、松山母ちゃん、松山優、ありがとな。


この一家の懐の広さと自宅の広さを見ていると、「仕事の目標が見出せない」なんて悩みが、なんだかちっぽけに感じてしまった。


もう少しだけ、頑張ってみるか・・・。


仕事を覚えきって、溜め込んだ悪態を皆に突いて「隠すもの」が無くなり、めでたく抜け殻状態になってしまっている。

でも、松山が面白い存在だから、かろうじてまだ続けられそうかな。


それにしても、松山が入社してからまだ一週間しか経過していない。

まだ一週間って、マジか・・・。

この一週間だけで、なんだか1年ぐらいの労力を使ったような疲労感だ。

でもこの感覚、嫌いじゃない。

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