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第十一話 辞める辞める詐欺

翌朝、俺は頭を抱える。

惣菜部門で「内紛」が勃発したからだ。

俺は、関係性を整理して紙に書き出してみる。


【内紛前】

・杉田、前野(独裁者と参謀コンビ)

・白石、釘本(物静かコンビ)

・俺(孤高の美声)

・松山←New(隕石)

・山口(欠勤中のクールビューティー)


【内紛後】

・杉田、白石(主従関係、爆誕!)+前野(表向き)

・前野、俺+店長(強制同盟!)

・釘本(謎の孤立化→俺が救ってやりたい!)

・松山(破壊神!また何かやらかすに違いない!)

・山口(フェードアウト!)


整理してみると、改めてややこしいことに気づく。

なんで杉田のババアと白石さんがくっついたのかが分からない。

釘本さんが孤立してしまったじゃないか!

あの二人は友達同士だったはずだろう?

女性同士の腹って、本当に読めない・・・。


でも大丈夫だ。

俺が何かのきっかけで釘本さんに救いの手を差し出し、キュンとさせてあげれば、バツイチ同士、ワンチャン・・・。


いかんいかん!

また妄想してしまったじゃないか!


とりあえず、松山が何かまた変な言動さえ起こさなければ、釘本さんと白石さんの関係は時間が解決してくれるはず。


一日休んでおおむね喉が回復した俺は、出勤の準備をする。

今日のシフトは、俺、松山、杉田のババア、白石さんだ。

「安心と信頼の釘本さん」、「杉田の側近前野さん」が休みのためかなり不安なメンバーだが、頑張るしかない。

"俺"は"僕"になりきり、気持ちを作る。


僕は今日で勤務五日目だ。

かなり濃密な時間を過ごしたようだけど、驚くべきことに、まだ五日目だ。


個性豊かな従業員がたくさんいて、いろんな発見があって楽しいな~!

今日は何のお惣菜を買って帰ろうかな~♪


* * *


朝、作業場に着くと何やら騒がしい。


「私はこんな職場、今度こそ辞めてやるんだから!私が居なくなって困るのはあなたたちよ!あなたたちだけじゃ、この職場は回せないものね!」

「す、杉田さん・・・分かりました。お気持ちは本当に決まったんですね?」

「だからそう言ってるじゃない!」

「赤山さん、杉田さん、おはようございます!」

「ま、松山君、おはよう!」

「・・・ふんっ。」


赤山さんは挨拶を返してくれるも、杉田さんはまたもや挨拶もせずに自分の作業に取りかかる。


やれやれ、こんな調子で「私たちが築いた時代は素晴らしい!」「これだから最近の若者は!」なんて言うんだから、杉田さんのような老人はバカげている。

挨拶もまともに出来ないなんて、基礎に問題のある欠陥住宅と同じだ。


「赤山さん、今杉田さんの言った"こんな職場、辞めてやる"って本当ですか!?」

「うっ?!」

「あ~朝から何かうるさいわ~!!赤山さん、さっきから雑音が聞こえな~い?」

「んのぁっ!」

「杉田さん、僕の声は雑音ではなく肉声ですよ。人間の声が雑音に聞こえるなんて、杉田さんの聴力はもう限界かもしれませんね!補聴器を付けて仕事をするか、本当に引退でもしないと作業場では危ないですし、作業場全体のケガのリスクも高まりますので、早く余生を楽しまれた方が良いと思いますよ!僕たちも別に止めはしません!所詮、仕事なんてお金を稼ぐための一部のツールです。わざわざ仕事だけに命を注がなくても人生は送れます。血圧を上げて死に急ぐよりも、自分自身の幸せを見つける旅に出てみてはいかがですか?僕たちは杉田さんの人生を尊重します。誰かが辞めたとしても、何だかんだ言って社会は回るようにできているものなので、後ろ髪を引かれなくても大丈夫ですよ!」

「ま゛つ゛や゛ま゛く゛ん゛・・・!!」

「ッキ゛キ゛ィ゛ッ!!」


赤山さんは、脱水症状ギリギリみたいな掠れた声を上げる。

杉田さんは、摩擦音の凄いゴム製品みたいなリップノイズを発する。

そこへ白石さんがやって来る。


「おはようございます。すみません、今日もうちの娘の体調が優れなくて、学校まで送ってたんです!本当はもっと早く来る気持ちはある・・・え!?」

「赤山さん!私はもう嫌よ!今日は帰ります!白石さんも!お疲れさまでした!!」


バーーーンッ!!


作業場の引き戸を思いっきり開け放って、杉田さんは出て行った。

あ~あ、作業場の扉はそんなに強くスライドしなくても開くのに。

それに扉だって、生物でなくとも「入口」として生きてるんだから、物も大切にしないとそのうち自分に跳ね返って来るよ。


状況を知らない白石さんに、赤山さんが説明する。

でも、僕は間違ったことは言っていない。


「赤山さん、今日はどうするんですか?杉田さんが帰ったから、前野さんか釘本さん・・・を出勤にしないと、三人ではとても回せませんよ。」

「そうなんだよね~・・・釘本さんは昨日フルタイムをワンオペで終えて疲れてるだろうし、前野さんを呼ぶか・・・。ちょっと事務所に行って、前野さんに電話してみるね。二人は作業に入っててもらえる?」

「わ、分かりました。」

「了解です!」


赤山さんは事務所に向かう。

赤山さんがフライヤーに入らないと揚げ物ができないので、僕と白石さんで今朝の廃棄商品の分別や値引きシール貼りなどを開始する。


「白石さん、今朝は杉田さんが突然"辞める!"なんて言ってましたよ。」

「あ~。"いつものアレ"ですね。」


僕が話しかけると、なぜか白石さんはのけ反りながら眉間にしわを寄せる。

廃棄商品の分別作業は前屈みのため、腰でも痛いのだろうか?


「白石さん、いつものアレって何ですか?」

「杉田さんは時々というか定期的に、"もう辞めてやる!"って虚勢を張るんです。本当は辞める気が無いみたいなんですけど。"辞めると言えば周りは止めてくれるだろう"、"私が居なければこの職場は回らない!"と思っている節があるようで・・・それが彼女にとっての承認欲求を満たす方法なんだと思います。」

「なるほど、よく分かりません!」

「は?・・・ま、まあいいです。あ!でも私がこんなこと言ったなんて、誰にも言わないでくださいね!」

「はい、分かりました!僕は言わないでと言われたら言わないようにしているので大丈夫です!」


辞める気もないのに辞めてやる、なんて。

杉田さんはとんだ詐欺師だよ!

会社には会社の人材管理事情があるんだから、揺さぶって、赤山さんにシフトを作り直させる労力を使わせるのは良くないよ!


* * *


廃棄商品などの仕分けが終わった頃、赤山さんが事務所から戻ってきた。


「二人とも!前野さん、少し遅れて来てくれるんだって!今日は杉田さんがお弁当担当だったから、前野さんにはそこに入ってもらうことになるね。白石さんはお寿司と松山君のサポート、松山君はパックをお願いできる?」

「はい、分かりました!」

「はい!僕も頑張ります!」


赤山さんが大急ぎで揚げ物の準備を始めた。

僕はとりあえず、サラダ類と煮物のパックを始める。

でも、僕には引っかかっていることがある。


「赤山さん。杉田さんは本当に本当に、辞めるんですか?」

「え?」「!?」

「杉田さんはさっき"今度こそは辞めてやるんだから!"って言ってましたよね。"今度こそ"というワードが出てくるということは、もしかして普段から辞めると言っていませんか?」

「ど、どうして分かったんだい?」

「だってあの言い方は脅しにしか聞こえませんでしたから。僕が何日間か前に対峙した"神様と名乗るお客様"と手口が似ている気がします。"俺は法律に詳しいんだ!"とか言いながら、実在する法律を僕が質問すると答えられなかったんですよ。あれは口から出任せとしか思えません。杉田さんにも似た雰囲気を感じました。辞めると揺さぶりをかけながら、杉田さんは身体を壊さない限り絶対に辞めないと思います。それに、本当に辞める気がある人は、あんなに堂々と辞めるアピールなんてしません。辞めるのを引き留められたくないため、人に晒すことは無いはずです。」

「んぇっ・・・。」


そうなのだ。

「本当に辞めたい人」ほど、周りに悟られないよう秘密裏に手を打ち始めるのだ。

退職代行を使って辞めた山口さんも「はやり病による長期欠勤」という理由を上手く使い、おそらく転職活動を行っていたのだろうと、僕は推測する。


「赤山さんも"優しくする"必要はないと思いますよ。あの手の人間は、優しい人の優しさに付け込んで甘えているだけです。それによって、本当に辛い思いをするのは優しい人です。赤山さんの優しさによって独裁が加速してたらどうするんですか?それに"言ってくれればしてあげたのに"なんてワードを使う人もいますが、それはもうアウトですよ。"言ってくれれば変えてあげる"ということは"嫌だと言わない限り嫌なことをやり続ける"ということです。それはいじめと同じだと思います。相手が"いじめを辞めて欲しい"と言わない限りいじめをしても良いと思い込んでいる、人間のふりをした鬼か悪魔です。それでも赤山さんは杉田さんを放置するのですか?今後も赤山さんのシフト作りの労力が増え続けてもいいんですか?」

「ぴい゛ーーーーっ!!」

「・・・。」


赤山さんは、トンビの鳴き声に聞こえなくもない、少し掠れた奇声を上げる。

白石さんは、鼻の付け根に皺を寄せ歯を食いしばっている。

くしゃみでも出そうなのだろうか?


「杉田さんのような高圧的な高齢者がいつまでものさばっていては、育つ芽も育たなくなります。つまり、人間のふりをした鬼か悪魔を野放しにしている会社は、自ら破滅を生んでいるということです。ウォルト・ディズニーの言葉を知らないんですか?"現状維持は後退する"んですよ。成長の見込みもない従業員ばかりを優先して、"物言わぬ有能な従業員"が居なくなったら、赤山さんは責任を取れるんですか?」

「ア゛ア゛ーーーー!!」


赤山さんは、濁点混じりのユリカモメのような悲鳴を上げた。

自分の意見を求められたら叫んでその場しのぎなんて、赤山さんも卑怯だよ!


* * *


数十分後、杉田さんの代わりに前野さんが出勤する。


「おはようございまーす。」

「あ、前野さんすみませんね!杉田さんが帰ってしまったので・・・。」

「いいえー。私は構いませんよー。それより、杉田さんは本当に辞めるんでしょうか?実はさっき、私も彼女に連絡したんです。どうしても仕事に嫌な気持ちを感じるなら辞めた方があなたのためだよーって。ご家族と過ごした方が絶対楽しいよーって。」

「そうなんですね!」


赤山さんは「本当にお辞めになった方が良い」と自分で言う手間を逃れたからか、心なしか嬉しそうだ。


「私は子育てが終わってるし、孫の面倒は息子のお嫁さんがいつも見てるので、私は用事がなければ、杉田さんの穴埋めもできますからー!」

「わ、分かりました!とりあえず明日から一週間分のシフトは、杉田さんが来ないテイで作り直します。今日の夕方に作ったら全員に周知するのでお待ちください。」

「はーい。」


赤山さんは一旦、杉田さんが「パーティー離脱」した世界線の物語を作るようだ。

なんだかRPGみたいで楽しそうだなぁ~!

それを聞くと、前野さんと白石さんが少し嬉しそうな顔で話し始める。


「杉田さん、ついに辞めるんだねー。もうお年だし、身体を壊す前に辞めた方が彼女のためだよねー。」

「そ、そうですね・・・。昨日から私に少し優しく接してくれるようになりましたが、正直、杉田さんのことがずっと怖くて・・・。」

「あたしもあたしもー!いつも私のことを召使いみたいに扱うんだもん。怖くて仕事やりづらいよねー!」

「前野さんもそうだったんですね!杉田さんが居なくなったら、仕事しやすくなりますかね?」

「なると思うよー。いなくなったらかなり仕事しやすくなると思うー。私が杉田さんの穴埋めをするから、よかったら白石さんもついてきてねー!」

「はい・・・頑張りましょう!」


二人は杉田さんの悪口のような話で盛り上がっていた。

普段は杉田さんとあんなに仲良さげに接しているのに。

そんなに嫌なら、そもそも表面上も仲良くしなきゃ良いのに。


* * *


その日の夕方、なんと杉田さんが作業場に顔を出した。


「赤山さん!!今朝の話は前言撤回します!」

「ッスァ、杉田さん!?どうしたんですか?」

「息子に説得されたんです!"サンセットには母さんの力が必要だ"って!それに、家にずっと居ると年を取るでしょ?"ボケ防止のためにも働いた方が良い"って言われたわ!」

「あ、ああ、そうですか!では、仕事は、どうする、おつもりで?」

「だから言ってるじゃない!辞めることを辞めるわ!!私はまだまだ現役よ!!それにあなたたちに任せるのは心許ないわ!私がしばらくチームをまとめてあげるから、感謝しなさいよね!」

「・・・。」


杉田さんは厚かましくリーダーアピールをする。

しかし、僕には引っかかっていることがある。


「杉田さん、"辞める辞める詐欺"ですか?それ、結婚詐欺師がなかなか籍を入れない手口みたいで悪質です。辞めるなんて言うのは簡単ですが、赤山さんがせっかく頑張って杉田さん離脱後のシフトを組み直してたのに、労力と時間が水の泡じゃないですか。その労力と時間を使わせた赤山さんへの謝罪はないんですか?人材管理だって大変な仕事なんですよ?振り回される赤山さんの身にもなってください!これ以上赤山さんの仕事を増やさないでください!・・・それか、僕に良い考えがあります!次回からは"辞める"と発言した時点で退職書類を記入するルールでも作りましょう!赤山さん、店長に報告するんです!そして、翌朝の朝礼で全従業員に周知するのです!」

「えぇっ!」

「なんですって!?」

「それと、杉田さんは扉をもう少しゆっくり閉めてください。故意に大袈裟な開閉を行って壊れた場合、器物破損罪に問われる可能性があります。罰金30万円を支払うことになってもいいんですか?杉田さんは年金と時短勤務でそれを賄えるんですか?そんなことで息子さんにご迷惑をかけてたら、死んでも死にきれませんよ。」

「こ、このっ・・・もううるさいわね!分かりました!扉は静かに開け閉めします!そして私は二度と辞めるなんて言いません!それにあなたと二度と話しません!その代わり、仕事はしっかりと頑張ります!赤山さん、お願いします!」

「ひぃあっ、はい、そうですね・・・もう少し、一緒に頑張りましょう!」


あ~あ、赤山さんも赤山さんで怒らないんだから。

「人に良く見られようとする」のは自分の首を絞めることにつながりかねないのに。


「杉田さんのその"二度と辞めるなんて言わない"はいつまで続くでしょうね。おそらくそれを宣言したこと自体を忘れて、また発作が起きると僕は推測します。」

「あーうるさいうるさい!頑張るって言ってあげてるんだから、あんたは水を差すんじゃないよ!!」

「あれ?"あなたと二度と話しません"って言った直後僕に話しかけてくるなんて。もう約束を破ってしまわれたのですね!これは深刻です!杉田さんはご高齢なので、これは認知症の始まりなんでしょうか?ますます仕事が心配になりますよ!」

「高齢なんて失礼ね!!私はまだまだ現役なの!他の72歳はヨボヨボだけど、私はこうしてテキパキ動けるし、仕事もできるから若いのよ!」


杉田さんは、自分のことをテキパキ仕事ができる人だと勘違いしているようだ。


「テキパキ?いつも前野さんか誰かに手伝ってもらわないと12時までに仕事が終わらないのに、テキパキって言っちゃうんですか?ご高齢になると認知が歪んで"自分ではできているつもりでも着実に衰えている"ギャップに気づけないって言いますよね。それに昨日は白石さんに"私はもう若くないの!私はいい年だから、あなたが仕事をたくさん頑張らなくちゃいけないのよ!"なんて言ってたのに。自分のことを若くないと言ったり、若いと言ったり・・・どっちなんですか?」

「・・・昨日?あんた、昨日は休みだったじゃない。なんでそんな会話を知ってるのよ!」

「さあ。僕は"普通じゃない異常者"なので、杉田さんの発した言葉を超能力で聞き取れるのかもしれません。」

「・・・気味悪い。もう私は帰ります!赤山さん!私は明日からまた頑張るから、どうぞよろしく!それではお先に失礼します!」

「お、お疲れさまでした。」


赤山さんは、冬眠から目覚めたばかりの熊のように疲弊した顔で、杉田さんを見送った。


「ま、松山君。もう勘弁してくれよ・・・ただでさえ面倒な杉田さんを煽らないでくれよ。」

「煽るも何も、あの杉田さんの詐欺案件を放置しすぎた、赤山さんの自業自得ではないですか?」

「・・・。」

「でも、今は"ハラスメント問題"に敏感な時代ですからね。赤山さんもよくやっていると思います。」

「・・・え?」

「正直に言うと赤山さんの、都合の悪いことを忘れたふりをするところとか、言わねばならないことすら言わない姿勢とか、自分の意見を求められると大声をあげてその場しのぎをする卑怯ぶりはあまり好きではありません。でも、周りの従業員に高圧的な態度を取る杉田さんのために、わざわざ自分の仕事を後回しにしてまでシフトを作り直す赤山さんはすごいと思います。杉田さんみたいな人こそ"野放しにされたハラスメント人間"なんですから、むしろ赤山さんは激昂しても良いと思うんですよね。それは決して"ハラスメント"ではありません。"正当なお叱り"であり"他の従業員を守るための正当防衛"ですから。それを問題だと受け取り、赤山さんに不当な待遇を会社側がするのであれば、会社の根っこが腐っている証拠です。出るところに出ても良いと思いますし、それで圧力を掛けられるのなら、いっそ逃げ出してもいいんじゃないですか?」

「に、逃げ出す・・・!?」

「はい。つまり、退職をするということです。正直に言うと赤山さんの、都合の悪いことを忘れたふりをするところとか、言わねばならないことすら言わない姿勢とか、自分の意見を求められると大声をあげてその場しのぎをする卑怯ぶりはあまり好きではありませんが、たとえ"赤山チーフ"であっても"赤山さんという一人の人間"であることにも間違いありません。ご自身が壊れてしまう前に、逃げ出してもいいんですよ。」

「ほぇっ、労りなのかオーバーキルなのかよく分からないこと言われてるけど・・・やだ泣きそう。」

「泣きたい時にたくさん泣いた方が良いですよ。大人になるとなかなか泣くことが許されませんからね。ご自身の心が決壊する前に泣いてください。幸い、この作業場はお客様から見えない構造になっています。僕はそろそろ帰りますから、たくさん泣いてください。では、お先に失礼します。」

「・・・。」


僕は、般若が困り顔になったような表情の赤山さんの元を去る。

作業場を出て扉が閉まるなり「うぉーーーーーーーーーーーん!!」という、オオカミの遠吠えのような声が響き渡る。

作業場と扉は防音になっているはずなのに。

防音を貫通する赤山さんの奇声は、いったい何ヘルツなんだろうか?

声量があるなぁ~。

声楽隊か吹奏楽でもやってたのかな。

僕はロッカールームを後にする。


するとどうだろう。

さっき「辞める辞める詐欺」を終えた杉田さんがお惣菜コーナーで買い物をしていた。


「杉田さん、お疲れさまです!」

「あ゛?!」


杉田さんは不動明王のような血走った眼を僕に向ける。


「せっかくスッキリした気持ちで買い物してたのに。また私の邪魔をするの?」

「いいえ。僕はただ挨拶をしたまでです。仕事さえ終われば、僕は"仕事の僕"から"普段の僕"に切り替わります。"普段の僕モード"に切り替わっているので、僕は杉田さんを悪く言うつもりはありませんよ。前野さんや白石さんのように、裏で悪口を言うこともしませんから!」

「な!?今なんて言った!?」


杉田さんは突然、鼻の穴をゴリラぐらい大きく広げて、僕の言葉に興味を示し始めた。


「え?仕事さえ終われば、僕は"仕事の僕"から"普段の僕"に切り替わります。"普段の僕モード"に切り替わっているので、僕は杉田さんを悪く言うつもりはありませんよって言いましたが・・・。」

「そうじゃなくて、その後よ!前野さんと白石さんが何だって!?」

「前野さんと白石さんが裏で悪口を言っていたって話ですか?」

「それ!一体どういうことなのか、詳しく教えてちょうだい!」


杉田さんが、初めて僕にまともに話しかけてきた。

僕は「言わないでと言われたことは言わない約束を守る」が、「口止めされていない」ことは「別に話してもいい」という意味だと認識している。

前野さんと白石さんが杉田さんに苦手意識を持っていること、そのために怖いと感じていることなど、今日作業場で聞こえた話をそのまま伝えた。


「あの二人・・・私のことを裏でバカにしていたなんて!許せないわ!松山君、教えてくれてどうも!もう帰りなさい!」

「はい、僕もお惣菜を買ってから帰ります!今日はタイムサービスのイカの磯部揚げでも買って帰ろ~っと♪これ、美味しいんですよね!杉田さんも買われますか?さっき赤山さんが揚げてくれたから出来立てで美味しいですよ!」

「・・・ふん。仕事が終われば可愛いところもあるじゃない。」

「え?杉田さん、今何か言いましたか?イカの磯部揚げのことで頭がいっぱいで気づきませんでした、ごめんなさい!」

「何でもないわよ!じゃあ、私はレジに行くからついて来ないでよね!」

「はい!さようなら!」


僕らはその場で解散した。

イカの磯部揚げの横に置いてある、さつまいもの天ぷらも美味しそうだなぁ。

僕の父さんが作る天ぷらは、まるでプロの料理人みたいに衣の具合が完璧なのに対し、赤山さんが作る天ぷらは、小麦粉の量がやや多いため、衣がアメリカンドッグのようにふっくらしている。

でも、そのふっくらした天ぷらも僕は好きなんだよな。

僕はもう少しお惣菜を吟味することにした。

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