第7話 vs.ヒエメイモ
「みんな、話があるの」
ある日の青空教室のあと、私はめいめいに席を立って帰ろうとする村人たちに声をかけた。村人たちは、「なしたね、ミリア先生」「どうかしただか?」と不思議そうな顔をしながらもガタガタと再び席に着いてくれる。
みんなの注目が集まったところで、私は先に相談していたシュベルトさんの顔を見た。シュベルトさんはすでに読み書きができるので、畑仕事の合間ではあるが青空教室のサポートをしているのだ。そのシュベルトさんがうなずいてくれたので、私は村人たちに向かって口を開く。
「私は、このヒエメ村をもっと豊かにしたいと思ってる」
「ミリアちゃん?」
2歳のロロくんを抱っこして、最前列に座るリリーが首をかしげた。私は微笑んで言葉を続ける。
「村が今より豊かになれば、みんなの息子さん、お父さん、お兄さん、いま出稼ぎに出ている人たちが村に戻って来られるわ。家族が一緒に暮らせるのよ」
私の言葉に村人たちが大きくざわついた。リリーが目を大きく見開いて身を乗り出し、次の言葉を待っているのが見える。私は大きく息を吸い込んで言った。
「その鍵は、ヒエメイモよ」
私の言葉に、村人たちの間から戸惑いの声が漏れた。
「あげなイモでだか?」
「この村の唯一の特産品だで、今でも街にはどっさり卸しとるが……」
「はっきり言って、二束三文だわなあ」
首をかしげる村人たちは、それでもまだ私から目を離さずに話の続きを待ってくれている。その素直な反応を見て私は確信した。「このままいける」と。
この村で教師の真似事を始めてから分かったことがある。ヒエメ村の人々はシュベルトさん一家を筆頭に、とにかく素直でお人好しで気が優しい。地方の村々がみんなこんな気質のはずがないから、これはここヒエメ村の稀有な特徴だといえる。
本人たちには自覚がないようだけれど、性悪貴族代表の私から見たらこの気性こそがヒエメイモに並ぶ村の特産品だ。素直で、お人好しで、気が優しい。だから私は。
その善意につけ込んで、今からあなたたちを扇動するわ。
それが私に居場所を与えてくれた、みんなへの恩返しになると信じているから。
「そう、ヒエメイモをただ収穫して街に出荷するだけでは大した値段はつかないわ。でも街では、村から仕入れたヒエメイモを加工して作った商品や料理を3倍、時には10倍以上の値段で売っているの。ではルルー」
私は息つぎをして、リリーの後ろの席に座る妹のルルーに問いかける。指名されたルルーは母親のネネさん似のまんまる目を大きくして背すじを伸ばした。
「いま一山50ルピスで売っているヒエメイモが3倍の値段で売れるようになりました。さていくらで売れるかしら?」
「ええと……150ルピス!」
両手の指を折って考えたルルーが元気な声を上げた。私が「正解よ」と言って微笑むと、村人たちのざわつきがさらに大きくなった。「一山のヒエメイモが150ルピスに化けるべか!?」「こりゃ大変だあ」「夢のような話じゃのう」というささやき声を聞きながら私はにっこりと笑う。
「つまり、収穫したヒエメイモを私たちの手で商品に加工してしまうのよ。しかもまだ誰も見たことがない商品に」
「誰も見たことがない商品……」
リリーのつぶやきを聞いて、私はうなずいた。
「あくまで一案ではあるけれど、ひとつ商品を考えてきたの。ナナさん、ネネさん、お願い」
「はいよお!」
私が母屋に声を投げると、ネネさんが元気な返事をして大皿を持って出て来てくれた。ナナさんも大皿を持って笑顔で続いてくる。
「これは?」
「ミリアちゃん、これがヒエメイモかえ?」
「こりゃまた珍妙な」
席を立った村人たちがわらわらと大皿の周りに集まってくる。皿に載っているのは、ヒエメイモを薄くスライスして油で揚げて塩をまぶしたスナックだった。
「『ヒエメイモチップス』よ。みんな食べてみてちょうだい!」
私の言葉に、戸惑う大人たちよりも好奇心旺盛な子どもたちの方が、我先にと皿に駆け寄りチップスを取って口に入れた。パリパリサクサクとかわいい咀嚼音がして、それから口々に歓声が上がる。
「美味しー!」
「ミリアちゃん、これとっても美味しいき!」
「こんなん初めてやあ!」
「もっと食べていい? もっとお!」
子どもたちの反応を見て、大人たちもおっかなびっくりチップスに手を伸ばす。初めて見る形状に不思議そうな顔で口に入れて、そしてみんな一様に目を丸くした。
「こりゃたまげた。美味えなあ!」
「パリパリでサクサクじゃあ!」
「酒のつまみにも良かねえ」
「新しいのになじみ深い味じゃあ」
わあわあと楽しげな声とともに、大量に用意したチップスがまたたく間に無くなっていく。私も一枚つまんでかじると、口の中に広がるのはヒエメイモの優しい甘さと塩の絶妙なハーモニー。
私の前世の記憶はところどころ曖昧できわめて頼りないものだったけれど、ヒエメイモを使った村おこしを企んだ時に一番に思いついたのが、このスライスしたイモを油で揚げたお菓子だった。
初めて試作品を口にした時に感じたのは強烈なデジャヴとシンパシー。きっと私は前世でこのスナックが大好きだったのだ。そんな確信を支えに、私はシュベルトさんとナナさんとネネさんの協力のもと、青空教室のかたわら夜遅くまで開発に取り組み味の調整を続けてきた。
独特の粘り気があるヒエメイモの特徴を攻略するのが一番の課題だったけれど、ナナさんのアドバイスでイモを水にさらす時間を延ばし、さらにしっかり乾燥させることでその問題は解決した。そして今日、ついに村のみんなにお披露目することができたのだ。しかも反応は上々。村人たちの歓声を聞きながら、目の下にできた薄いクマを指先でさすって私は晴れ渡る青空を見上げた。
なぜだか少し、涙がにじんだ。
◆
相談の結果、村の労働力をいったんヒエメイモとこのヒエメイモチップスの生産に注力することになった。ヒエメ村のみんながもはや遺伝子レベルで協力的なことに加えて、シュベルトさんがこの村の村長だったので(あまりに偉ぶらないので私は最近まで知らなかった)、話はさらにスムーズに進んだ。
幸い、先行投資的な問題もリスクもほぼゼロだった。なにしろ、この寒冷な気候とヒエメの土さえあれば勝手にどんどこ増えていくヒエメイモが主原料なのだ。原価的にはタダのような状態で私たちはせっせとチップスを生産し、村人たちの意見をこと細かに取り入れて味の最終調整をした。青空教室も臨時でお休みして、私も村人たちに混ざってイモを抜き、洗い、次々と水に沈めた。完成したチップスは豆の殻と一緒に保存すれば味が落ちないことを発見したのは、私ではなく6歳の次女ルルーのお手柄だった。
そして長年ヒエメ村に出入りしている信用のおける行商人に相談した結果。
村のみんなの総力で開発したヒエメイモチップスが、ついに街の市場に並ぶ日がやってきたのだ。




