第8話 vs.開店準備
晴天のもと、私は街の青空市場の真ん中で腰に手を当てて仁王立ちしていた。
今日はヒエメイモチップスの記念すべきデビュー戦。普段は生のヒエメイモを丸ごと積んで売っているという野菜売場の一角をそのまま借り受けることができたので、私はそこに即席の専用屋台をしつらえた。そして今は、完成したばかりの売場の見栄えを少し離れた場所から客目線で確認しているところだ。
商品名を大きく書いて、子どもウケを狙って笑顔のイモのイラストも添えた。シュベルトさんのアドバイスで、最初だけはと手に取りやすい値段におさえたヒエメイモチップスの袋が商品台にずらりと並ぶ。
「まあ、ざっとこんなところかしらね」
「ミリアちゃんセンスええねえ! ……けどなんでそんな恰好しとるき?」
ネネさんお手製の三角巾とエプロンを身に着けて、おさげ髪に赤いリボンも結んで、大変かわいらしい売り子さんに仕上がっているリリーが首をかしげた。対する私はといえば、三角巾にメガネ、そして鼻だけ出してあごまで覆い隠す分厚いマフラーを巻いたいでたちだ。真冬の行軍を思わせる徹底した変装スタイルで顔を隠す私を不思議そうな顔で見るリリーに、ネネさんが諭すように言った。
「リリー、忘れたん? ミリアちゃんはわけあって都落ちしてきはったお姫様じゃけ。こげなところで顔を見せたらファンが群がってきてしまうんよ」
「そうだったあ! リリー、すっかり忘れ取った!」
納得顔でうなずいたリリーが私の腰に抱き着いて無邪気に笑う。
「だってミリアちゃんは都のお姫様じゃのうて、リリーの先生やもん!」
「リリー……!」
妹のように懐いてくれるリリーの小さな体を、怪しい風体のまま私はしゃがんで抱きしめた。ああもう、なんて愛おしいの!
顔を隠している理由が、ファンどころか『あれは噂の極悪令嬢じゃないか』と後ろ指を差されて売上にまで影響しかねないからだとは言えない。追放された身のくせに堂々とチップスを売りさばこうとすることが、なにかの罪に問われかねないからだとも絶対に言えない。
すっかり健康的に日焼けしてしまったとはいえ、一度はこの国の王太子をも落とした私の美貌(笑わないでくださる?)を客の呼び込みに生かせないのは残念だけれど、これもまた自業自得とあきらめるほかなかった。今日は下手に目立つことなく責務をまっとうしなければ。
(それに)
そんな小手先の色仕掛けに頼らずとも、ヒエメイモチップスは味で勝負できるはず。私はこぶしを握って腹に気合を入れた。今日がその第一歩だ。日もすっかり昇り、市場に並ぶどの店も開店の用意が整っている。入口の方にちらほらと朝の早い買い物客の姿も見え始めた。
今日の布陣は、ネネさん、リリー、私の3人だ。チップスの搬入はなじみの行商人が馬車で手伝ってくれたけれど、売るのは私たち3人で頑張らなくてはならない。
今朝早く、満載のチップスとともに馬車の荷台に乗り込む私たちを、シュベルトさんをはじめ村のみんなが総出で見送りに来てくれた。それこそ戦場に向かって出陣する騎士の壮行会のような勢いだった。けれどそれは村のみんなの純粋な善意と、そして期待の大きさの表れだ。
長年、ヒエメイモを始めとする野菜を真面目ひとすじで生産してきたというヒエメ村の人々。彼らがきっと初めて明確な「欲」をもって取り組んだ村の産業、それがこのヒエメイモチップスだ。それはただただ、村を少しでも豊かにして家族一緒に暮らせるようにという願いを込めて興したもの。よそ者である私の言葉を心から信じて。
その期待に、なにがなんでも応えなければならない。がっかりした顔なんて絶対に見たくない。一袋でも多く売って、村で待つみんなに良い知らせを持って帰らなければ。
そう考えて屋台を見ながら鼻息を荒くしていたら、後ろから誰かがそっと肩をたたいてきた。驚いて振りかえると、そろいの三角巾とエプロンをつけたネネさんが笑っている。
「緊張しとるけ? ミリアちゃん」
「い、いえ、そんなことは」
つい強がってしまった私は、少し間を置いてから言い直した。ネネさんの前では私はどうしても得意の意地を張れないのだ。
「……そうね。ちょっと緊張してるみたい」
「やっぱり。世界の終わりみたいな悲壮な顔しよったもん、けんど大丈夫よお」
私の背中をぽんぽんとたたいてネネさんが笑顔で言う。
「ミリアちゃんはひとりじゃないんよ。アタシもリリーもついとるけ。それに今日ですべてが決まるわけじゃなし、楽しんでがんばろう」
ネネさんの、初めて会った日から変わらない笑顔。彼女の言葉はいつも私の心を温め励ましてくれる。私はうなずいて、屋台の前にいたリリーを手招きで呼んだ。
「リリー、おいで」
「なあに? ミリアちゃん」
トテトテと走ってきたリリーとネネさんの肩に私は腕を回した。きょとんとするネネさんとリリーにも肩を組んでもらう。
「勝負の前には円陣よ!」
「エンジン?」
「こうやって……」
ふたりと肩を組んで円になった私は、腹にためた空気を思い切り吐き出しながら声を上げた。
「ヒエメイモォー!!!」
「ヒ、ヒエメイモー!!!」
「ひ、ひえめいもぉー!!!」
私につられて、ふたりも声を出す。大丈夫だ。ここまで頑張ってきたんだ。私たちはやれる。
「ファイ! オー!」
「ファイ! オー!」
「ファイ! オー!」
最後はきれいにそろった。楽し気に笑うふたりと一緒に、私も笑った。
「さあ。開店よ!」
◆
ーーヒュウ、と冷たい空っ風が吹いた。
浅い砂ぼこりが舞い上がりそして消える。
「お客さん、来ないねえ」
うでまくりをして気合い十分なスタイルのリリーがぽつりと声を発した。




