第4話 vs.子どもたち
「はい、ミリアちゃん。あったかいうちに食べなんし」
「ミリアちゃん……」
そんな呼び方をされたのは幼い少女の頃以来だったので、私は少し気恥ずかしくなりながらも差し出された皿を両手で受け取った。手渡されたのは装飾のない深皿に入った根菜スープ。ほかほかと湯気が立っていて、寒い家の中で温かいものを手にできた嬉しさに私はホッと息をついた。
そんな私に笑顔でうなずく丸い顔の女性は、この家のお母さんのネネさんだ。男爵の城(跡地)に私を案内してくれた老人ことシュベルトさんの娘だという。
「さあさ。麦も入ってるで、お腹に入れればえりゃああったまるよ」
「……いただくわ」
「私らはもう先に食べたき、ゆっくりしていきゃあ」
住んでいた屋敷のカトラリーはお父様の趣味ですべて銀で統一されていたから、木製のスプーンを持つのは初めてだった。おそるおそるすくい上げて口に入れたスープは想像通り薄くてほとんど塩の味しかしなかったけれど、その中にほのかな野菜の甘みを感じて私は顔を上げる。
「どうじゃね? 都会のお姫様の口に合うとは思えんけんど、今出せるのはこれだけじゃけんねえ」
「いえ、そんなことは……。この根菜はなに?」
「ヒエメイモじゃよお。この村はイモしか採れんけんね。料理といえばイモ、イモ、イモ」
そう言って豪快に笑うネネさんの声を聞きながら、私はスープからすくい上げたコロンとしたイモを見つめる。
「これがおイモ……」
「あらま。ミリアちゃんはおイモは初めて?」
「ええ」
「たまげたねえ。こりゃあ本物のお姫様だわなあ」
屋敷では、というか王宮を中心とした王都全体では、イモ類は貧乏人が食べる卑しい食事だとして徹底的に忌避されていた。お父様も、馬車で通りかかった市場で山積みで売られているイモを鼻で笑い、さげすんだセリフを口にしていたことを覚えている。当然、私も口にするのは初めてだった。でも。
「ほくほくして、甘くて、美味しいわ」
「そりゃ良かったわあ」
私が素直な感想を言うと、ネネさんは嬉しそうににっこり笑った。ネネさんと話しながら麦とイモのスープを口に運んでいると、床に広がったドレスのすそをくいくいと引かれたので私は驚いて振り向く。
「え?」
「ミリアちゃん。あーそーぼ?」
七歳くらいの女の子が目をキラキラさせて立っていた。手に古びた人形を持っている。
「こんら、リリー。ミリアちゃんはまだご飯の途中じゃけ。お行儀わるいよ」
「えー」
「あ、ええと、もう食べ終わるから……」
「やったあ!」
リリーと呼ばれた女の子は、両手を上げてぴょんぴょんと飛び跳ねた。両耳の横で結んだおさげ髪が元気に揺れている。とっさに受け入れるような返事をしてしまった私は、「ちょっと待ってね」と作り笑いをしながら内心あせっていた。
(どうしよう。子ども、苦手なのよね……)
嫌いなわけではないが、予測不能な動きもころころ変わる感情も可愛いというより正直怖い。それになにより自分の方が子どもに好かれないのだ。逃げられる。泣かれる。にらまれる。なんだか自分の性格の悪さをその澄んだ瞳で正直に見透かされているようで、どうしても居心地が悪くなってしまう。
「ミリアちゃんありがとうね。アタシは食器を片づけてくるけえ、リリーと遊んであげてくれる?」
「え、ええ。もちろんよ」
気は進まなかったが、食事をいただいてしまった以上は仕方がない。私はあきらめてリリーの方に向き直る。
「なにをして遊ぶの?」
するとリリーは満面の笑顔でこう言った。
「お姫様ごっこ!」
◆
「オーッホッホッホ! 残念だったわねリリー姫ぇ! あなたの婚約者は私ミリアがいただいたわ!」
「なっ、ひ、ひきょうなり!」
「王子を返してほしくば、お金と宝石を山ほど持っていらっしゃい! オーッホッホッホ!」
「ひ、ひきょうなりぃ!」
こともあろうに、リリーがリクエストしてきたお姫様ごっこのお題が「略奪婚」だったので(村の女の子たちの間で流行っているらしい)、私は自分の自業自得の傷をごりごりにえぐられながらも、身ぶり手ぶり全身全霊で略奪女を演じて見せた。性悪女の心象表現なら任せてちょうだい、ええそうよ。完全にヤケクソでしてよ!!
「オーッホッホッホ! 婚約者が寝取られる様をそこで指をくわえて見ているといいわぁ!」
「ねとられ……ってなぁに?」
七歳の幼女にきょとんと首をかしげさせてしまった。いけないいけない、ちょっと演技が迫真すぎたようね。
「なんでもないわ! オーッホッホッホ!」
「おやおや、楽しそうじゃのう」
高笑いを連発して誤魔化していたら、家長のシュベルトさんが戸口を開けて戻ってきた。うしろから孫たちが楽しげにわらわらと付いてきている。ちなみにあとで聞いたところによればこの家は、
シュベルトさん(70歳)
妻のナナさん(65歳)
娘のネネさん(40歳)
ネネさんの長女リリーちゃん(7歳)
次女ルルーちゃん(6歳)
次男レレくん(3歳)
三男ロロくん(2歳)
の七人家族だということだった。前世風に言うと、いわゆる三世帯同居ということになる。
ネネさんの夫と年の離れた長男のふたりは、村が貧しいので街に出稼ぎに行っているということだった。
「ミリアちゃん。馬小屋の隅を掃除しておいたけえ、今夜はそこを使いんね」
「馬小屋」
はしゃぐリリーに両手を高くかかげた「がおー」のポーズで襲い掛かる真似をしていた私は、シュベルトさんの言葉をおうむ返しに繰り返した。馬小屋?
「母屋はこの一部屋しかのうて。うちはみんなで雑魚寝してるけんど、気つかうじゃろ」
「……たしかに」
私がうなずくと、リリーが私のドレスの腰にがしっとしがみついて言った。
「ならリリー、ミリアちゃんと寝る!」
「えっズルい」
「わちも!
「わちもぉ!」
(この私が……子どもにモテている、ですって?)
リリーに続くようにして私の腰にまとわりついてくる幼い子どもたち。人生初めての経験に呆然としていたら、ネネさんが「これ、ミリアちゃん困らせんとよ」とたしなめるように言ったので私は思わず言ってしまっていた。
「私なら大丈夫、よ……」
◆
かくしてその夜私は、馬小屋の一角にしつらえられたふかふかの干し草のベッドの上で。
寝相の元気すぎる四人の子どもたちに、くっつかれ足を乗せられ蹴飛ばされ殴り倒されして、しこたまうなされながら眠りにつくことになったのだった。
(温かい食事……ふかふかのベッド……思っていたのとはちょっと違いましたけれど……神様、ありがとうございます)




