第001話 トネリコの国
——ドンドンドンドンドンッ!!
ドアを激しく叩く音が物置き部屋に響く。こんな朝早くに誰だろうか。
ポックルは手の甲で瞼をこすりながらゆっくり上半身を起こした。
「ポックル! 早く起きるずら! シロマ様から緊急招集がかかってるずら!」
今度は聞きなれた声が部屋にこだました。このお城で一緒に働いているレプリオの声だ。
それにしても緊急招集とは何事だろう。
ここで暮らすようになって数年たつが、今まで緊急招集など聞いたことがない。
只事ではない空気を察し急いでベッドから立ち上がると、翡翠色のポンチョを羽織り、壁に立て掛けてある姿見に視線を移す。
そこには10歳前後の少年の姿が映っていた。ただ一般的な人の姿ではない。
木製の頭部に腕と脚。球体とヒンジで繋がっている関節部。
意思を持つ球体関節人形――それがポックルの正体だった。
ポックル自身もなぜ自分がこんな姿をしているのか分からなかった。過去の記憶をまるで思い出せないからだ。
近くの海岸に流れ着いていたのを衛兵に発見されて以来、この国の女王であるシロマ様は名前も分からない自分にポックルと名付け、お城に住み込みで働く許可を与えてくれた。
机の上に置かれた青いとんがり帽子を頭に被り部屋のドアを開けると、朱色のオーバーオールを着たレプリオの姿が目に映る。
「遅いずら! 早くしないと怒られるずらよ!」
頭に被せた羽付き帽子の位置を手で整えながらレプリオは大声で喚いた。
突き出た長い鼻に頬から生える3本のヒゲ。出っ歯の前歯が特徴的なネズミの姿をした少年だ。
獣人と呼ばれる種族でもある。
「ごめんレプリオ。ハキリアリの傀儡を眺めてたら寝るのが遅くなっちゃって」
招集場所である玉座の間にレプリオと走りながらポックルは眠たげな声で弁明した。
この世界では生まれた時から誰しも加護をひとつ授けられる。ポックルに授けられていた加護は『傀儡の加護』だった。
加護のレベルに見合った傀儡を召喚できる能力であり今のポックルの加護レベルは1。
そのレベルで扱える傀儡がハキリアリとカンパヤンマだ。
ただハキリアリは葉を運ぶだけで戦闘能力は皆無だし、カンパヤンマは相手の情報を見抜くことしかできない。
要するに戦闘面ではまったく使えない加護だった。
はじめて能力を試した時、ガックリと項垂れたのを覚えている。
ポックルとレプリオが息も絶え絶えに玉座の間にたどり着くと、すでに広間は城の兵士たちで溢れかえっていた。
背の高い大人たちのせいで隙間からしか玉座の様子を覗けない。と、その時
こちらに手を振りながらやって来る黒いローブ姿の女の子に気付く。
頭部からぴょこんと伸びた猫の耳に灰色と白の混じりあった艶のある髪の毛。
人間と獣人のハーフであるケシィだ。
顔立ちは猫に似ているが人間の特徴も色濃く残っており、レプリオと一緒によく行動を共にする仲の良い友達でもある。
「ふたりとも遅かったじゃない。まだシロマ様は来られてないけど」
「おいらのせいじゃないずら! ポックルの寝坊が原因ずら!」
「てへへ、ちょっと寝過ごしちゃって……それよりケシィ、緊急招集ってなんのことか聞いてる?」
「私も知らないわ。だけど、きっと良くないことだと思う」
3人で喋りながらしばらく待っていると広間が急に静かになった。シロマ様が来られたみたいだ。
ウェーブのかかったピンク色の髪に気品のある白いドレス。まだ顔に幼さの残るシロマ様が暗い顔で玉座の前に現れた。
あの若さで女王になられたのにも理由がある。
ポックルの聞いた話しでは5年程前に先代の女王が不治の病で亡くなられ、次の女王に急遽即位されたのが一人娘のシロマ様だったらしい。
当時は年齢を理由に反対する者も多かったと聞くが、ポックルは誰にでも優しく接してくれるシロマ様が大好きだった。
シロマ様は集結した兵士たちを玉座から見回したあと、意を決した顔で口を開いた。
「皆さん、トネリコの国の一大事です。隣国のレッドオークからダンジョン交戦を申し込まれました」
周囲の兵士たちにどよめきが走った。ポックルでさえ驚きの色を隠しきれない。
ダンジョン交戦とは国家を賭けた戦争のことだ。
この世界ではどの国も必ずひとつ以上のダンジョンを所有しており、ダンジョンのランクが国力を表す指標になっている。
ダンジョン内で獲れる資源やモンスターがランクによって変化するからだ。
高ランクのダンジョンを有する国には膨大な経験値や希少アイテムを求めて優秀な人材が集まり、逆に低ランクのダンジョンを有する国からは人材がどんどん離れていく。
そのため、どの国も自国のダンジョンを成長させるべく常日頃から躍起になっているのだ。
ダンジョンのランクを上げる方法は大きく分けると2つある。
ひとつは加護レベルの高い人材を国内に集める方法。
ダンジョンのランクは加護レベルの合計値によって左右されるため、国内に高レベルの加護持ちが集まればランクも自然と上がっていく。
そしてもう一つが他国にダンジョン交戦を仕掛ける方法だ。
ダンジョンは核と呼ばれる水晶体を特殊な扉に嵌め込むことで構築される。
ダンジョン交戦ではこの核をお互いに賭けて争うのだ。
3人のメンバーをそれぞれ選定し、仕掛けた側は敵国のダンジョンに出向き、仕掛けられた側はダンジョン内で相手を迎え討つ。
戦闘に勝利すれば敵国の核が手に入りダンジョンランクは跳ね上がるが、敗戦すれば自国の核を差し出さなければならない。
つまり負けた側の国は無くなることになる。
「時期は今から1週間後。敗戦すればトネリコの国は無くなりレッドオークの一部となります。早急にメンバーの選定が必要です。どなたか立候補して頂けませんか?」
シロマ様からの申し出を聞いて名乗り出る者は誰もいなかった。
皆一様に俯いたまま黙り込み、気まずい沈黙が広間を支配している。
無理もない。この反応はある意味当然の結果だろう。
トネリコの国のダンジョンランクはF。
それに対し隣国のレッドオークのダンジョンランクはEであり格上だ。
しかもレッドオークの住人であるリザードマンは力も強く、並大抵の兵士では片腕で捻じ伏せられてしまう。
敵の前にわざわざ殺されに行くようなものだ。
「……どなたか居ませんか?」
シロマ様の悲痛な声が再び広間に響く。気丈に振る舞ってはいるが動揺を隠しきれていない。
噂では敗戦した国の王族たちは敵国から酷い仕打ちを受けるとも聞く。
良くて国外追放、悪ければ斬首刑もありえるだろう。
沈んだ顔でひとり立ち尽くしているシロマ様を見てポックルの胸もギュッと締め付けられる。
ただ、ポックルの傀儡の加護ではまず間違いなくダンジョン交戦の役に立てない。
それくらいポックルでも分かっていた。
名乗り出たところで他のメンバーの足を引っ張ってしまうだろう。
だけど命の恩人のシロマ様を前にして、このままダンマリを決め込むことはもっと出来なかった。
誰も立候補しないならせめて自分だけでもシロマ様の力になってあげたい。
「ボ、ボクが出るよ。ボクでいいならだけど」
気付いた時には声が勝手に出ていた。突如あがった立候補の声に広間もざわつきはじめる。
目の前の兵士たちが脇に逸れたことで視界が開け、遠くにいるシロマ様の姿がよく見えるようになった。
シロマ様は立候補者がポックルだと気付いたのか目を丸くして驚いた表情を浮かべている。
覚悟を決めたポックルが一歩前に足を踏み出すとケシィにグイッと腕を掴まれた。
「なに考えてるの!? 早く撤回して!!」
「だめずらポックル!! 自殺行為ずらよ!!」
すかさずレプリオもポックルの前に割り込んで止めにかかる。だけどもう後には引けない。
「ごめん……でもシロマ様が困ってるのに見て見ぬ振りなんてできないよ。
誰も名乗り出ないならボクだけでも力を貸してあげたい。じゃないと一生後悔すると思う。
シロマ様は身寄りのないボクを助けてくれた大切な人だから」
俯きながら自分の気持ちを吐露するとケシィに掴まれていた腕が急に自由になった。
どうやらケシィも納得してくれたらしい。
ほっとして顔を上げると呆れた表情で腰に手を当てているケシィの姿が目に映る。
「分かった。じゃあ私も立候補するわ」
「えぇっ!! ケシィは危ないからダメだよ!!」
「あら、私は魔法を使えるのよ? ポックルよりも全然役に立つと思うけど」
ケシィは口に手を添えクスッと笑うと、シロマ様の方に向けて悠然と歩きはじめた。
突然の事態にポックルも言葉が出てこない。
ぽかんとした顔でケシィの後ろ姿を眺めていると隣にいたレプリオが青ざめた顔で口を開いた。
「ありえないずら……相手はリザードマンずらよ? 勝てっこないずら」
「ボクもそう思う……だけどやれることもあるはず。本当にどうしようもなくなったらケシィと一緒にダンジョン内に身を隠すよ」
「…………はぁー仕方ない、隠れるならおいらの加護が有効ずら。ふたりだけじゃ心配だしおいらも立候補するずらよ」
レプリオは項垂れながらそう言うと、足取り重そうにシロマ様の方へ歩き出した。
その姿を見て思わずポックルにも笑みがこぼれる。
ひとりでダンジョン交戦に挑むことも覚悟していただけに、ケシィとレプリオも来てくれるなら心強い。
ほっと胸を撫で下ろしポックルも急いでシロマ様のもとへ向かうのだった。
20周年企画用に書きます。
のんびり投稿していく予定です。




