「しかし、そなたらの希望はある」
俺を模した物体は、しばらく真っ二つになっていたが、そのうち黒い靄の姿を取り戻し、その場から去っていった。
「私では倒しきれぬか」
溜息交じりにいう。
しかしミリィを共に吊れればあの莫大な魔力を模倣されてしまうのが考えものだ。
戦略兵器級魔法使いミリィ。
我が妻ながらその火力を模倣されたら甚大な被害が出る。
トボトボと帰路に着く。
「とりあえず追い返した」
若者に言う。
難しい表情だった。
「しかし、また来るか」
「多分、な」
「研究をしている間は護衛を頼む。その間に私も対策を練ってみよう」
「頼む」
一ヶ月、淡々と過ごした。
ある日の深夜、リンドがぽつりと言った。
「妹は、もう死んでいるかもしれない」
思わぬ告白だった。
「何故、そう思う?」
「余命宣告されてから結構経っている。旅に出るのが遅すぎた」
「確認してみなければわからぬだろう」
「かな」
彼女の苦しみは、俺にはわからない。
何せ、最悪、俺達にはミリィを不老化させるという逃げ道がある。
夫や息子より長生きする身などミリィは嫌がるだろうが、最悪、俺はそれをさせようと思っている。
けど、リンドはそれができない。
「互いに、早めに解決策を見つけねばな」
「全くもって」
リンドは溜息混じりにそう言った。
時間が経った後、若者はこう言った。
「この国に、そなたらの求める呪文はなかった。古すぎたのだ」
「そうか」
溜息まじりにいう。
「古代文明時代は不老不死が当たり前になった果ての終末戦争により朽ちました。不老になった人々には、長寿の法も、医療の術も、不要だったのかもしれませぬね」
察していたようにミリィが言う。
「……しかし、そなたらの希望はある」
淡々とした口調で言う若者。
「それは一体?」
「条件がある」
俺の問いに、即座に若者は答えた。
「護衛を一人、残してくれ。不死者殺しに私は対策が取れない」
「……護衛、か」
俺は周囲と目配せする。
「あんたらが行ったほうが手早いでしょうね」
溜め息混じりに言うリンド。
「良かったら、私の故郷、グリム国のソグラト村にいる妹も尋ねてみて。貴方達なら、なんとかできるんじゃないかと、ちょっと思ってる」
「わかった」
俺は頷く。
「して、国王。希望とは?」
若者は頷く。
「ジングという国があるらしい。ここより東だ。そこには歴史を全て記した図書館があるとか」
「歴史を全て、記した……」
ミリィが唖然としたように言う。
「しかし、その文字は古代文字なのでは?」
「何、魔術の素養があればその文字をそのまま私の記憶から転写出来るだろう」
そう言って、若者はミリィの頭に手を翳す。
ミリィは目を見開いた。
「古代言語、ありがとうございます。理解しました」
「なら、行くが良い。そなたらの願いが叶うことを祈っているよ」
そう言って、若者は玉座に座り込んだ。
一ヶ月の文献調査で疲れたのかもしれない。
「では、行く。リンド、頼んだぞ」
「ああ、あんたらに会えて良かった。私一人ならここまで尋ねることも難しかった」
そう言ってリンドは座り込む。
「黒い奴の処分はできぬものだろうか」
俺はミリィに問う。
「黒幕がわかれば、あるいは……しかしそれも、雲を掴むような話でありますれば」
ミリィは沈んだ表情で言う。
「希望はできた。行こう、ジングへ」
ミリィは微笑んで頷く。
「貴方が向かう場所なら、どこへなりとも」
そうして、俺達は国を後にした。
リンドと若者の無事を祈りつつ。
「それにしても、不死とはなんなのだろう。この者達のように苦しむものなのだろうか」
五十年程度しか生きられない俺にはわからない話だ。
「ええ、だから、私に不老の法を覚えさせてしのごう、という案はなしですよ」
胸を張って前を歩くミリィ。
俺は立ち止まり、肩を落とす。
「なんとか融通利かせてくれねぇかなぁこのメンヘラ娘は」
「恋人に永遠を求めるなんて陛下も随分病んでますよ」
互いの認識が危なっかしい人、な俺たちなのだった。
成人期・ヘンリル国編完




