「空を見てみたかった」
「女の臭いがする……」
ジト目で言うミリィ。
俺は溜息混じりに返事した。
「ちなみに誰の臭いだ?」
ぼやき混じりに言う。
「リーシェちゃん。メイド。師団の人」
「王族なんだから一人一人を覚えないと駄目だ。俺もこちらに来てからは怠っていたが最低限顔の区別はつく」
そう言って腕を組む。
難しい表情になるミリィ。
「それがクラフト様の父上の帝王学なのですね」
「例えば使者が来た時その顔を覚えていられねばどうする、とな。まあ、厳しく冷たい親父だった」
「それはそれで愛情深いような……?」
「記憶を読んだだろう。教育したのは部下だ」
「そう言えばそうでした」
「自分がこう思った、自分がこう感じた、以外の興味がないのだな」
呆れ混じりに言う。
「一人になって長いゆえ……少々世俗からズレている面はあるでしょうね」
沈黙が漂う。
「お前、やってみたいことはないのか」
細君が悪戯っぽく微笑む。
「貴方が叶えてくれました」
俺はきょとんとするしかない。
「俺が……叶えた? いつだ?」
「私は空を見てみたかった。青空です。けど、貴方の記憶を読んだ時、満面の青空が見れた。あんなに心地よいものはない。当時の感情まで読み取れました」
(だからか)
彼女の声を初めて聞いた時、青空を連想したのを思い出す。
あれは、彼女の中に、俺の中の青空の記憶が宿ったがゆえのものだったのか。
どれほど印象深いのだろう。
この火山灰の空の下で暮らす人間にとって、その光景は。
「……そんな些細なことでいいのか?」
幸せそうにミリィは微笑む。
「ミリィは後は、クラフト様が傍にいてくれれば十分なのです」
(困ったな)
頭をかく。
随分と懐かれてしまったらしい。
「今更ですね」
微笑むミリィ。
「あー。結婚の儀が終わったら、新婚旅行でも行くか。青空の見える地へ」
「青空の、見える地……」
「この国の階層に移る前に、丁度良い景色があった。小高い丘の上から空を一望できる場所だ。読めなかったか?」
「一度に読み取れる量には限りがありますゆえ」
「じゃあ、一緒に見に行こう」
ミリィは本当に幸せそうに微笑んだ。
「旦那様と一緒なら、何処へでも」
(まずは結婚の儀だな)
そう頭に思い浮かべた途端にミリィの顔から血の気が引いた。
「本当苦手なのな、親父さん」
俺の呆れ心も読み取ったらしく、申し訳無そうに小さくなるミリィ。
「……はい」
蚊の消え入るような声だった。
つづく




