「我が国は日光も指さぬ稲も育たぬ荒れ地です」
「日の当たる国から来た人には寒いでしょう。風邪を引かないうちに暖炉にお当たりください」
そう言って、師団長は俺を家に招き入れた。
まったく、剣術指南と夫婦喧嘩でくたくただ。
俺は暖炉の前に通されると、火で暖を取った。
「メイドに指示して茶を用意させます。しばし、お寛ぎを」
「この国にも、冬はあるか?」
「あります」
「ちなみに今は冬ではないのだな?」
「真夏です。ミルド国とはそんな季節差を感じるほど空間の階層があるとは思えませぬが」
「初めてここに入った時、真冬かと思った。半袖で来たのをつくづく悔いたものよ」
くっくっく、と師団長は笑う。
「それがここに初めて立ち入った万人の感想です。我が国は日光も指さぬ稲も育たぬ荒れ地です」
「食い扶持はどうしておる?」
「魔術師を国外に派遣し、貴族に魔法の基礎を教えることで食料を供給しています。今回の婚儀でそのパイプは尚更強靭になった」
「なるほど、俺が思っていたより本格的な政略結婚らしい」
「聞かされていないので?」
師団長が不思議そうに言う。
俺は苦笑して暖炉に当たった手をこする。
「婚儀が決まった、行け。実父から言われたのはそれだけだった」
「それはいささか冷たいように思える」
「そういうものなのだ。王族の家族関係など。ここの方がよっぽど親子の愛情に満ちている。そなた、家族は?」
「来れぬのです」
今度は俺が不思議そうな表情になる番だった。
「と言うと?」
「私の両親は庶民。王宮にはとてもとても……私は護衛の任も兼任しているので城内に家を持てる数少ない、言わば選民と言うやつなのです」
「ほー、若くして立派なもんだ。庶民から成り上がったのかい」
「私より若いクラフト様が老人のようなことを言う」
くっくっくと喉を鳴らして笑う師団長。
「そう言えば、そなたの名前を聞いていなかったな」
「リーシェ、お覚えください」
「ちなみに、我が細君の名は何という?」
唖然とした表情になるリーシェ。
「それは、本人からお聞きなさい」
苦笑交じりの声。
(ちょっと呆れられたかな?)
「聞く機会が無かったから仕方あるまい」
「その調子だと結婚の儀もまだで?」
完全に歳下を見るお姉さんの顔になっている師団長。
(なんだか悔しい)
が、ぐっと堪える。
「ああ、この国の風習か。聞いているよ。確か互いの名前を名乗ってオーヴァ神に誓いを立てるのだったな」
「ええ。ではまだ、正式な夫婦ではないではありませんか」
「だが、王は俺を義理の息子と言いい、妻は俺を旦那様と呼んでくれる。困ったな。これでは不義理だ」
「王子殿下もまだお若い」
「そなたとて若いではないか」
そろそろ面白くなくなってきた、子供扱い。
「そう拗ねるから子供扱いするのです。私より強者なのだからどんな猛者かと思いきや、案外と若い」
「猛者に若いも老いたも関係なかろう? あの王とて、熟練の魔法使いだろう?」
「それは、もちろん。王族は魔力量が桁違いです。魔法大国にいて魔力も齧った身。その強さは常々感じております」
その表情が、曇る。
「王女様の魔力は、それを考えても段違いだ」
恐れるように、言葉を紡ぐ。
触れるのも躊躇うような張り詰めた静寂が場に漂った。
我に返ったように微笑むリーシェ。
「スープを飲んだら、お帰りください。そろそろ王女殿下も機嫌を直している頃でしょう」
「どうかな。お前は会ったことないからわかんないだろうけど、あれ相当な駄々っ子だぜ」
その時、破壊音がなった。
さっきまであったはずの暖炉が、ない。
どんより曇った空が見える。
屋根も消えているのだ、と気が付き唖然とする。
空中に浮かぶ、最強の魔女――我が細君と、目が合う。
「クラフト様、女の家にいた……」
静かな静かな、怒りのこもった声だった。
俺はごくりと息を呑んだ。
「いや、心読めよ、わかるだろ!」
「知らない!」
火の矢が八俣の蛇のように襲いかかる。
その籬に立ちふさがったのは、リーシェだった。
「だろ?」
「言ってる場合か!」
(あ、タメ口)
修羅場になると流石の彼女も焦るらしかった。
つづく




