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放浪王子と引きこもり姫の追放社不結婚  作者: 熊出
プロローグ・少年期ハイラル国編

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「またあの女のところに行くのですか」

「よし、そろそろ時間、だな」


 俺は読んでいた魔導書を閉じると、腰を上げた。

 妻が俺の服の端を掴む。


「またあの女のところに行くのですか」


 膨れ上がる妻。

 どうやら俺の脳裏にこれから会う相手の顔が見えたらしい。


 なんとなくわかってきた。

 彼女は表面的なことは読める。

 だが、集中しなければ記憶までは読めない。


 集中していない時は表層的な考えしか読まれないと思うと、少し気が楽になった。


「俺に二つ心はないぞ。読み取れば良い」


 苦笑交じりに彼女の頭を撫でる。

 彼女はしばらく青い瞳で俺を凝視していたが、そのうち諦めたようにぷいと顔を背けた。


「しかし、貴方は私の旦那様ではありませんか。どうして他の女に」


「剣術指南も俺が抜擢された理由なのだ。仕方あるまい」


(はいはいわかったわかった、拗ねるな)


 そう心の中で呟いてから、思った。


(やっべ……)


「子供扱いしないでください!」


 突風で俺は部屋から叩き出された。

 扉の閉まる音が地下通路に反響する。


 結婚してみてわかったことがある。

 俺の妻は、随分子供だ。

 子供時代から世俗から離れていただけのことはある。


 賢くないわけではない。

 ただ、独占欲が強く、依存的だ。

 自立が出来ていない。


「それはクラフト様にも言えることでは?」


 涼やかな声に図星を刺されてぎくりとする。


「だから私のことを受け入れたのでしょう? 仲良く堕落しましょうよ。共依存の道へ」


「いーや。俺は自立するね。行ってくる。留守番しててくれ」


 やれやれ、とんだ可愛い魔女もいたものだ。

 地上に上がった俺は、師団長と向かい合わせた。


 やはり何度見ても、若い。

 俺より何歳か上、程度だろうか。

 その若さで師団長の座に成り上がるのだから大したものだ。


「遅いですよ、殿下」


 溜息混じりに言う彼女。


「十ミオーネは待ちました」


「済まない済まない。妻の相手をしていてな」


「私は男性ではないのでそのような発言は不適切ですね」


「何妄想してんだ、変態」


 溜息混じりに言って、木剣を手に取る。

 なんだかんだで、皆俺達の夫婦生活に興味津々なのだ。


 そして、俺達は木剣で切り結んだ。

 破片は粉々になる。


 目を丸くする。

 昨日までは軽くいなせた。

 それが真っ向からぶつかり合うようになった。


 やはり、成長が速い。

 にいと微笑む師団長。

 その腹部に触れる程度の位置で、俺は拳を止めた。


「振り抜いていたら今頃内蔵がぐしゃぐしゃだぞ」


「……あれから自分なりに試行錯誤したのですが、まだ届きませんか」


「一朝一夕で追いつかれても困る」


 溜息混じりに言って、拳を引く。


「今日も精進に務めます!」


「お前さん、団員達への指導は?」


「私より強い人が現れたのです。こんなに胸踊ることはない。いつか追い抜いてみせますもの。この身は御身の剣ですゆえ」


 そう言うと、師団長は駆け去っていった。

 視線に気が付き、目をやる。

 団員達が覗き見て、俺が気づいたことを知って拍手を始めた。


 苦笑する。


「よっし、お前らー。剣術指南してやるぞ」


 大声で言い、歩いていく。


(なんか自分の居場所があるって感じで良いな、こういうの)


 案外住んでみると居心地の良いものである。

 一通り指南を終えて、団員達がへたり込んでる中、老王に招かれて王宮へと向かう。

 王の間で、俺は胸に手を置いた。


「クラフト、参りました」


「力を抜いて良い。儂はお主の義父ではないか」


 苦笑する。


「一応礼儀です。今だ王は閣下なのですから」


「畏まられても困る」


 老王も今や好々爺と言った感じ。


「お主の評判で娘の評価も和らいでいる。お主への親しみが、そのまま娘への親しみになっているようだ」


 老王はそう言って立ち上がると、俺の肩に手を置いた。


「感謝しておる、お主には」


「私も閣下のおかげで、居場所を見つけられた思いです」


「上手いことを言う」


「本心です」


 俺は落胆していた。

 心を伝えるのって案外難しい。

 これが心を読む我が細君なら、簡単だったのだが。


「で、だ」


 老王の目が鋭さを宿し、俺は息を呑む。


(なんだ? なんかしでかしたか? 俺)


 老王の目が柔和になった。


「孫はいつじゃ」


「は?」


「だから、孫はいつかと聞いておる」


 俺は真っ赤になって後退る。

 ほっほっほと笑い声を上げる老王。


「第三王子殿下は随分初と見える」


「からかうなら俺は帰ります」


「それで良い。娘の傍にいてやってくれ。助かっておるよ」


 実の父にも向けられたことがない、優しい瞳。

 俺は苦笑すると、踵を返した。


「お言葉に甘えます」



+++



「えっち」


 そう言って、俺の真上を火矢が走っていった。


「ちょっと待て、そんな癇癪起こすな! 言ったのは閣下だ、俺ではない!」


「えっち!」


 二本目の火の矢を剣で切り払う。


「まったく、帰宅するのも一苦労だ」


 溜息混じりに言う。


「どうせ他所に女がいるんでしょ! その人のところに行けば良い!」


 そう言って扉が閉まり、地下通路に響く爆音。


「なんでそうなる! 俺の心を読めば良かろう!」


「私だって普通のことやってみたいの、わかってよ!」


「初対面の時に人の記憶まで読み漁ってポイ捨てした女がなにを言うか!」


「もう、クラフト様なんて嫌い! 帰ってこないで!」


(まったく、交流慣れしていないと言うかなんと言うか……)


 男女の友情を信じないタイプなのだろうか、こいつは。

 そう心の中で呟くと、扉を貫通した火の矢が不意打ちに飛んできた。

 剣で弾く俺。

 夫婦喧嘩も命がけだ。


 這々の体で逃げ出した。

 地上に出て壁に体をやり溜息を吐く。


 いつもこうでは少々疲れる。

 雨が降ってきた。


 この地では、魔女が泣くと雨が降るという。

 黒色の雨だ。


(俺なんも悪いことしてないだろー)


 膨れて座る。


「そうしていると、まるで普通の青年のようですね、クラフト様」


 からかい混じりに声をかけられる。

 師団長だ。


「家を追い出されてな」


「新参者はこれだから困る。この国の雨は火山灰を含んでいます。黒くなりますよ、打たれたところ」


「なら、お前はどうしてここにいる?」


「窓からクラフト様が見えたからです」


 そう言って、彼女は手を差し出した。

 俺は、その手を取った。



つづく

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