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放浪王子と引きこもり姫の追放社不結婚  作者: 熊出
第二章・青年期ヨルムド国編

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「そっか、思春期か」

 薪を切る。切る。切る。

 無心に斧を振り下ろす。


 良い音が青空に響き渡った。

 吐息は白い。


(結局山中の越冬か)


 しかし野宿よりは随分光明が見えている。

 まず、設備が整っている。

 ここは王家の隠れ小屋。

 国を追われるようなことになった場合、または他国からの激しい侵攻があった場合、王族が一時的な避難所として作った場所である。


 と言っても平和な時代になって随分手を入れてないからボロ小屋には変わりないのだが。


 お隣からも似た音。


「おう、国王殿下にあらせられますか」


 レイヴンが親しげに破顔して胸に手を置く。


「私レイヴンは心改めた次第であり、妻からの指導を受けて酒浸り女浸りの生活から更生している次第であります」


「よせ」


 朗々と言われてゲンナリする。

 これだから若者と接しようと張り切っている老人は時代感がズレててげんなりする。

 こちらが社不だから尚更。

 これが社会適応者なら順応できるのだろうが。


「私も悔いている。あれ以来、妻が私を見る目は冷たいものだ」


「いやぁ、失態失態。ドラゴンの涙はやりすぎでしたかな。新米陛下をからかってやろうと飲ませたのですが、まさか自分までキマってしまうとは」


「黙れ」


「頼むよ小僧。オッサン崇拝してる嫁にも小僧にも冷たくされたら泣いちゃう」


 およよよと崩れるレイヴン。


「黙々と護衛の任をこなせ、レイヴンよ。ならばそなたの評価もまた変わろう」


 もっともらしいことを言うものだ、と自分で自分に呆れる。

 その口でこの男と下世話な会話を楽しんでいたというのに。


 妻を、汚した。言葉で、汚した。

 自己嫌悪に斧を無理やり叩きつけた。


「しかしあれですかい。いや、するっていとあれかもしれねぇな」


「なんだ」


「なんですかい。伝え聞くに陛下と王女……おっと、王妃でしたね、今は」


「皆、何故か王女と言う。慣れぬのかな」


「おぼこらしさが抜けぬからかと」


「おぼことはなんだ?」


 ショックを受けたような顔をするな、オッサン。

 心の中で溜息を吐く。


「まああれですよ。王妃様はあれじゃねえですか? 思春期に入られたのでは?」


 腑に落ちた。


「そっか、思春期か」


 納得する。

 あの男を汚らわしいものと軽蔑する目。

 思春期の同年代の少女が徐々に大人びていったのを思い出す。


「十歳から六年の地下生活。運命的な出会いで降り立った白馬の王子様。それがあんただ。その時まで、王妃の精神年齢が止まったままだったとしたら?」


「そこから二年で十二歳。思春期だな」


 溜息を吐く。


「これでは私はやはり父親だ」


 そう言って割った薪を持っていそいそと帰る。


「陛下ー。肩身が狭いもの同士仲良くしましょうやー。心病みますぜー」


「リーシェに言わせれば私もヤンデレらしい。そちもヤンデレ診断案外引っかかりそうだがな」


「俺は博愛主義者なだけで」


「移り気を聞こえよく言うとそうなるのだな」


 呆れたように言って無視して帰る。


「陛下ー。相手してよー」


 寂しげにこだまする声を無視して歩いた。

 小屋に戻る。

 我が細君は何やら魔導機械を耳にしている。

 なにかを楽しんでいるらしい。


 そして、くくく、と笑っている。


「今戻った」


 無視。笑っている。


「今戻ったと言っている」


 冷たい目。


「私も悪かった。だがな、男とはそういう汚い一面もあるものなのだ。下世話な会話で盛り上がる日もある」


「開き直らないでくださいまし。ますますがっかりします」


「そうか。女はそういう話はせぬか」


「そういう話を好む女性もいるとは聞いていますが、私は新たにできた同性の友人が潔癖なリーシェと天然なリディなので」


 ああ、そりゃ筋金入りだ。

 薪を暖炉にくべる。


「すまぬが手を貸してはくれぬか」


 片手をこちらに伸ばして、炎が爆ぜた。

 薪は木っ端微塵にそこだけ綺麗に吹っ飛んでいた。


「コントロールできているではないか」


 表情を緩める。

 我が細君は少しだけ表情を緩めた。


「最近、良いものを買ったのです」


「その魔術機械か」


「魔力増念波、というものらしいのです。レイヴンから聞いて知っていました」


 あ、様付けから呼び捨てにランクダウンしている。

 頑張れ、オッサン。負けるな、オッサン。

 世の中の全ての思春期がオッサンを毛嫌いしても、俺はレイヴン以外のオッサンには優しくするよ。


「馬鹿げたことを考えていますね。実に幼稚だ」


 溜息混じりに言う妻。


「ピークはミルド国辺りでしょうか。あの辺りまで貴方は格好良かった。騒乱の地に置いては賢王のような働きを見せるのに平和な地で見せる姿は凡愚そのものだ」


 吐き捨てるように言う。


「時に歴史の英雄とはそういうものだ」


 溜息混じりに言う。


「どんな伝説上の英雄とて時に誤り、特に我が子に殺されたりしている」


「あのレイヴンと親しいようではどこに隠し種がいるやらわかりませんね。それに、もう英雄のおつもりですか。まだ国も奪い返す途中だと言うのに」


「その一人になろうとは務めているよ。そなたもレイヴン様レイヴン様と慕っていたではないか」


「はっ」


 そう言って微妙な評価の生徒を見下すような目で妻は言う。


「なんだ、その目。そなたとて英雄の自覚はあるか」


「英雄……私が、でありますか」


 キョトンとして体を起こす妻。


「ああ。ヴーンを一騎で落とした実績。戦略兵器級の力。そして血筋。そなたも英雄の資質は十分であるように思うがな」


 部屋の済で座り、超小型太陽を作り出す。

 リーシェのサバイバル術がこんなところで役に立とうとは。


「面白いのか? それ」


「聞きまするか?」


 耳を寄せる。すると、ずいと押し付けられた。


「陛下の使ったものからはゲロと酒の匂いがいたします。もういりませぬ」


 そう言うと、細君はふわっと宙を飛び、天窓を開いて飛んでいった。


「難しい年頃よな……」


 溜息を吐く。

 すっかり軽蔑されている。

 俺は保護者ではないのだが、と溜息を吐く。

 やっぱり室内に籠っていて他者と交流していないと時に怪物地味た人間が産まれるものだ。


 そこまで心のなかで独りごちて、頬を張る。


(俺が意地を張っては、拗れたままだ)


 深々と溜息を履いた。

 長い時間が流れた。

 何も音がしない。

 しかし、それを耳につけて思案する。


 妻の目には俺がどう写っていたかを。


 まず、出会い。

 彼女を許容した。

 そして、喪失。

 彼女を救った。

 そして、再会。

 彼女に救われた。

 そして、第二王子撃退。

 ここまでは順調。

 そして夫婦によるレイヴン撃破。

 ここまでも順調。


 やはり酒による醜態の一手か。

 それまでの評価が理想的過ぎるゆえに一気にどん底まで落ちるパターン。


 それまで理想の王だった幻想が一気に砕け散った。


「俺だって、一皮むけばそこらにいる一人の男と変わらぬ身なのだ」


 ぼやくように溜息を吐く。

 頭をかきむしる。

 そのうち、音が聞こえ始めた。


 優しい歌声。

 魔力増念波と言ったな。

 遠くから歌を届けているのか。

 これは、思念。


 なるほど、これは遠距離で会話も出来るし曲も聞けるものなのだ。

 そうと知ると、俺は木から木を飛び移り、城下町へと舞い戻った。

 マントとフードで顔と体格を隠す。


「お恵みを……」


 道中、声を、かけられた。


「高貴な方とお見受けします。火事で家を失いました。これでは年をこせません」


 財布を開く。

 金は全てリーシェの管理。

 貧乏金無暇あり。

 やっぱり国王国王と囃し立てられ実際は軽く見られている気がする。


「私はそなたの王ではない。そなたの王に頼れ」


「しかし、越冬出来ぬのです。今役人が審議をしている。それが受理されるまでの間の金が無いのです」


 葛藤があった。

 この財布の中身全てを絞り出せば、魔力増念波が買える。

 しかし、それではこの民を見捨てることになる。


 葛藤は一瞬。


 俺は苦笑した。


「負けたよ」


 財布をそのままぽんと投げる。


「これで私も文無しだ」


「そんな……高貴な方かとお見受けしたら、誤解でしたか。申し訳ありませぬ。この金は受け取れませぬ」


「そなたは鋭い。私はそなたの言うところの身分の高い者だ。ただ、自分の自由になるだけの金が少し少ないだけのこと。妻にプレゼントを買おうと思ったが、どのみち、もう受け取ってもらえぬのだ」


 吐き出して、楽になる。


「話を聞いてくれてありがとう。取り返しのつかない私の、懺悔を聞くだけの料金だ」


「取り返しのつかないことなんて、ない」


 民は、頭を地面にこすりつけて言う。


「貴方様は偉くなる。保証します」


「なんだ?」


「なんだ……どうした?」


「財布を丸ごとぽんとやったらしい」


「お供も連れず、どこの貴人だろう」


「身なりが整っている。貴族だなあれは」


 苦笑する。


「では、私は急ぐ」


「あ、待って、せめてお礼を……」


 マントの裾を握られた。

 ずるりとフードが脱げる。


「ハイラル国王陛下!」


 この国で仲間になったヒョウンが駆けてくる。

 在野の民だったが槍使いがレイヴンに言わせれば達人以上の異常値ということでスカウトした。


「ハイラル国王……?」


「ああ……」


「童貞で残念な……」


「ヒョウン、泣いて良いか」


「皆のもの、聞いてくれ」


 民が声を張り上げる。


「ハイラル国王閣下は、細君との仲直りのプレゼント代を全てぽんと置いていってくださった。中々出来ることではない。私はこの方にお返しがしたい。どうか其の為の金をもらえぬか」


「都合の良いことを言う」


「しょーもない」


「しょうもない主君の下にはしょうもない民が集まるのだな」


 呆れ混じりの声。

 苦笑する。

 それが今の俺の評価。


「お前ら、国王陛下になんという侮辱! 許さ……」


 黒い塊が一個飛んできてヒョウンの槍に弾かれる。

 呆気にとられるヒョウン。

 黒い塊の中からは、銅貨が何枚もこぼれ落ちた。


 次々の投じられる財布。


「ハイラル国王陛下が妃様と仲直りできますように」


「国王陛下、仲直りしてくださいまし」


「国王陛下、何を買いたいのです?」


 口々に聴かれる。


「魔力増念波だ。だから、こんな大金はいらぬのだ。皆、すまぬことをした。ありがとう」


 深々と頭を下げる。


「陛下、民草などに頭を下げることはありませぬ! 陛下!」


「良いのだ」


 苦笑する。


「俺も一皮むけばただのつまらぬ一人の男だと、思い知った」


 憑き物が落ちたような顔で言った俺だった。


「ありがとうございます。これで十分家族一同食いつなげます」


 そう言って民は深々と頭を下げて、ラッピングされた箱を俺に差し出す。


「ヒョウン、受け取って妃に届けてくれ」


「陛下の手ずから授けたほうが良いのでは?」


「あれも気難しい年頃ゆえな」


「誰が気難しい年頃で?」


 背後に降り立ち呆れたように言うミリィ。

 どきりとした。

 このように暖かい対応を受けた後で、刺すような言葉をこの愛する妻から言われたら、生きてはいけぬと思った。


「すまぬ、ミリィ。私も一皮むけば、ただの情けない男なのだ。男とは強い顔を持つ反面そういう弱い生き物でもあるのだ」


「女もいっしょでありますれば」


 優しい声でミリィが言う。


「ヒスを起こす時もあれば賢母になる時もある。そういう生き物なのでございまする」


 涙が一筋こぼれ落ちた。


「泣かないでください、陛下。まだ英雄でなくても、貴方は私の英雄だ。手ずから私に授けてください。その、プレゼントを」


 手渡して、抱きしめた。

 妻は、抵抗しなかった。

 俺はその場で、泣いていた。


「もう二度とお主を失望させぬと誓う」


「ええ、ええ、けど、期待はしておりませぬ。愛しい人」


 苦笑交じりに言うミリィ。


「偉大な英雄も、時に過ちを犯すものなのですから」


 初めて、対等になった気がした。

 支え会えた気がした。

 俺達は夫婦に至った。

 そうと実感した。


 互いに道を正しあい。

 時にぶつかり。

 時にすれちがい。

 それでも二人で歩むために道を模索する。


 理想を押し付け合うでもなく、等身大の相手と向き合う。

 互いに、苦い経験を経て、その精神年齢に至ったと知った。


「以前の結婚式の時。私は随分と未熟だった。夫となるには、少々力量不足だったようだ」


 涙を拭い、苦笑交じりに言う。

 妻の顔が、不安に歪む。


「私も悪いのです。つい恥ずかしさから意地を張り、陛下の優しさに甘えました」


「二度目の結婚式だ、ミリィ。すぐにでもやろう。騒動がなんだ。もう後ろ暗いことなどなにもないのだ」


 動向を静かに伺っていた民草達からどっと歓声がおこる。

 ヒョウンが押し留めているが、止まらない。

 ミリィが夢でも見ているように微笑む。


「もう、無理かと思っていた」


 そして、俺の胸に頭をくっつける。


「貴方は見事に、私を惚れ直させてくださいました」


 その夜。俺とミリィは身を寄せ合った。

 超小型太陽を作り出し、一つの毛布に身を包んだ。


「懐かしいですね、この術。私の母国に空を作った術でございます」


「一瞬ではあったがな」


 苦笑する。


「これからも気をつける」


 俺は淡々とした口調で言う。


「道を踏み外したと思った時は、そなたが引き戻してくれ」


「忘れましたか?」


 妻は微笑む。


「私達は二体同心。運命挙動体なのでございまする。私は貴方の主であり従である」


「果さて、仕事ではそなたが従だが私生活ではそなたが主か」


「それも面白いかも知れませぬね」


 まったく、心強い嫁に育って。

 俺達は見つめ合い、接吻を交わした。

 そのまま、愛しさを抑えきれずに、床にゆっくりと倒れた。



+++


「おはよう、レイヴン」


「……ついに家を追い出されましたか、陛下」


 レイヴンが呆れたように言う。


「昨日放置した俺の家を訊ねてこられるとは」


「レイヴン、茶」

 

 リディが厳しい口調で言う。


「ちょっと待ってくれよ、だから誤解なんだってば」


「類人猿、茶」


「強い男にありがちというか」


「猿、茶」


「リディ、許してやってくれ。私も悪いのだ。この男を制止できたのに好奇心に流された」


「酒癖が悪いのは元々口を酸っぱくして言っていたのです。それがこの際、王子殿下まで巻き込んでこんなことになった」


「国王陛下だ」


 苦い顔で言うレイヴン。


「良い、良い。お前とてちょっと前まで小僧呼びだったではないか」


「それもそうだ」


 肩を竦めるレイヴン。


「少し、話がしたい」


 目を丸くしたレイヴンだった。

 話を聞くと、レイヴンは納得したように頷いた。


「陛下が魔力を外に放てぬのに魔力増粘波の魔力網をキャッチできたのは、細君の力でしょう」


「やはりか」


 急に聞こえておかしいと思ったのだ。


「許せるか許せないかのラインで迷っていたように思う」


「ラインを越えたら……?」


「そりゃ、俺みたいにバツイチですよ。バツニになるかも。でも気をつけてくださいよ。女の怒りは積立式です。増えることはあっても減ることはありません。許せないラインを越えたらそこから先はない」


 経験者は語るというやつか。

 肩を叩く。


「俺はレイヴンを含むオッサンも応援するよ。さて、内緒話は終わりで家に入れてくれぬかな」


「仲直りしたのに追い出されたので?」


「我が細君はウブである故な」


 苦笑交じりに言う。


「気恥ずかしいので一人の時間がほしいというのだ」


 キョトンとした表情になるレイヴン。


「そなたにはわからなくて良い」


 そう言って、俺は前を歩み始めた。


「あー、なるほどね」


 遅れて、納得したように頷くレイヴンが後に続く。

 越冬はそんなに厳しくなく過ごせるかもしれない。

 火山の国の王族である炎の魔術師が傍にいるのだから。



つづく

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