「同じ相手との二度目の結婚式、なにを躊躇う?」
結婚式の段取りが決まった。
決まったと言うかリーシェが手回しして既成事実化してしまったという感じだ。
困ってしまった。
あの夜以来、妻を意識している。
キスなんて出来るんだろうか?
そんな少年みたいなことを思う。
たかだかキスが大冒険のような。
いや、キスも侮れないぞ。
唇の感触が脳裏に蘇り、クラリとする。
社不クライシス。
ふらふらしつつ、夜の酒場へと向かった。
「道にお迷いですか国王陛下」
「護衛もつけずこんなところへ」
柄の悪そうな男たちが俺を取り囲んでくる。
問題はない。
なにかされても全員同時に反撃できる距離だ。
「なに、たまには伴も連れずに酒を飲みたい。街の友たちと」
「ほう、友」
「山籠りのハイラル王が我々を友という」
「これは嬉しい」
友好的な笑い声が響き渡る。
「ドラゴンスレイヤーを倒したというのは事実で?」
「御子息はいつ頃?」
「定住するんですか?」
「定住するべきです」
「ヴーンも普通に処理できると聞きますが」
なんだこいつら。
子供みたいな瞳で急接近してきて怖い。
ミリィ助けて。
「どけええええええい!」
怒鳴り声が響き渡る。
「ハイラル王は俺に御用である! 道を開け!」
ずざーっと開く道。
俺の隣りに座っていたのは
「失礼しますよハイラル国王陛下殿」
どこか嫌味っぽく言うレイヴンなのだった。
一気に他の民達と距離ができた。
「ありがとう、落ち着いて飲めそうだ」
「王宮にも飲み屋はあるでしょ。あんたみたいなボンボンが来る場所ではない」
「あの場所ではリーシェにたちまち捕まってしまう」
不平混じりに言う。
「それに私はそなたの下で育った身だ。柄の悪い場所は嫌と言うほど知っておるわ」
くくく、と笑うレイヴン。
「それは失礼した、国王陛下。それにしては言葉遣いがお上品すぎるようだ」
そして、店主に指四本を立てて見せるレイヴン。
店主は一つ頷いて、店裏に声をかけた。
「ドラゴンの涙四つ」
「ドラゴンの涙? なんだ? それは」
「イカれちまうイカれた酒ですよ。この国にしかない。そもそも今ではドラゴンがこの国にしか住んでおらぬのです。特有の文化ですな」
「なるほど、それでドラゴンスレイヤーのお主の名はこの国でしか広がっていないわけか」
「ミルドの国でも結構有名になったつもりだったがなあ。しかし同じ相手と二度目の結婚式」
レイヴンはそう言って俺に視線を向ける。
「なにを躊躇う?」
「お主とて、好色なはずなのにリディの手にも触れぬと言う。腫れ物扱いではないか」
責めるように言う。
「ま、男には色々ありまさあ!」
景気良く言って、どんと置かれる四杯のジョッキ。
臓物から出た血のように赤黒い色をしていた。
これ、なんの色だ?
腐った果実……?
匂いを恐る恐る嗅いでみると、つんとした匂いがして顔を引っ込める。
「まるで男の扱いを知らぬ処女だ」
こいつはよく人のことを見ているのだよな、と呆れてしまう。
「二杯分担ね。お代は俺が頼んだんだから俺がおごりますよ」
レイヴンがジョッキを差し出す。
俺は受け取り、頷いて中空に掲げる。
「オーヴェ神に」
「生憎俺は無神教だ」
ぼやくように言って、レイヴンは一気飲みした。
意外と飲めるのか? と思って一気飲みした瞬間、世界が歪み始めた。
+++
「だからさー、わかるかなー。大事な人だからこそ汚したくないと言うか。男は神秘性感じちゃうんだよね。だから惚れてない相手ほど簡単に手出すよ。けど女は本命と遊びの区別つかないって言って離れてっちゃうんだなー」
「いや、それは浮っひをする男の正当化だ、レイヴン。しかし一部おぬっひのいうこともっとも。私も、姫が可愛くて可愛くて仕方がないのだ」
「いや、浮気したくてするんじゃないの。性衝動を妻で発散したくないの」
「だからと言って、浮気をして良い理由にはならん。お主、オーヴェ神に誓えんのはその関係だな?」
「それで一回離婚してる。好きでもない女だった」
「……」
「子供も一人いる……」
「こーらレイヴン。もうだりいわオッサン! もう一件行くぞもう一件、しんみりしちゃったなもう!」
そう言ってすぱーんとレイヴンの頭を叩く。
しまったとすーっと酔いが冷めていった。
これはギロリと睨まれちくりと嫌味を言われるだろうな、と思う。
しかしレイヴンは、意外なことに破顔した。
「そうですな陛下。もう一件いきやしょもう一件。俺のおすすめの店が……三店ほど! あるの!」
+++
「あーすもはーれーるさーおーゔぇのかーみの歌声がー!」
「宗教歌かよ、辛気臭ぇ。神様も酒場まで見ちゃいねえよ!」
「五月蝿い! 私はオーヴェ神の名のもとに愛妻と繋がれているのだ。対してお前の間にあるつながりはなんだ? あまりにも希薄ではないか? それがあれば自然とやっぱりセックスしちゃうよね派に落ち着くと思うのだ」
「いや。俺は愛妻は美姫のように崇めたてまつりたい。愛人で発散したい」
「お主とは意見が……あーすもはーーれーるさーおーゔぇーのかーみの歌声がー!」
「けっけ。俺が手本を見せてやる。これは本場の歌国ルポイから引っ提げてきた詩人の歌だ」
「おお、おお、感動した。そなた、嫁にその姿見せてやれ! ひゅーいいぞーレイヴーン!」
小耳に声が聞こえてきた。
「あの人ら……」
「ミルドから来た……」
やばいと思ったところに酒の本流。
強い酒を流し込まれたのだと感覚で悟った。
後は酩酊。
+++
「で、スリにさんざやられてこのザマですか」
「たれだー?」
「お前、俺の愛人か?」
「なんだーレイヴンの愛人か」
「酷い酒とゲロとゴミの匂い……今、正気に戻してあげましょう」
そう言って、女性が剣を鞘から抜き、振り下ろした。
とっさに体勢を立て直し、鞘に手をやる。レイヴンも同じようだ。
しかし、ない。
なにも、ない。
パンツ一丁だ。
「あれ、俺、ここで、なにを……」
「早朝の瓦版、もう出てるけど見てきますか?
リーシェは中腰の俺達を見下ろして剣を鞘に収めた。
笑顔の裏に有無を言わさぬ威圧感があった。
「ごめん、ちょっと水で汚れ流して着替える暇は……」
「ありません」
靴音を鳴らして歩き出すきっちりした制服のリーシェ。
追っ手から逃れた後はハイラル制服を自作して着用しているのだから律儀なものだ。
「それ、コスプレじゃね?」
まだ酔いが残ってるのかレイヴンが言う。
「よせ、絡むのはよすのだレイヴン!」
「あーやっぱコスプレだ。縫い目でわかりますよ。プロかどうか。手作りすげえなー触っていいです?」
「手切り落とすぞオッサン」
「すいません」
凄い、こんなしゅんとしたレイヴン産まれて始めて見た。
ヨルムド文字も二年も居たらある程度は読めるようになっている。
かつては統一されていた諸国だが、どの国にも独特の特徴が産まれつつある。
「えー……気になるハイラル国の性事情二人が徹底激論。国王殿下は恋愛至上主義派、ドラゴンキラーは意外なことに偶像崇拝派」
一気に青ざめる。
「なになに、レイヴンが言う。俺は愛のないセックスがしたい。滅茶苦茶にしてやりたい……な、な、な、なんだこれは」
慄くように震えるレイヴン。
「第三者が端的にまとめた事実でしょう」
冷ややかな目でレイヴンを見るリーシェ。
俺も嫌な予感がしつつ自分の名前を探した。
クラフト、とある。
その後の文字は。
「僕は妻といちゃいちゃセックスがしたいけどさせてもらえない! 殿下は女の扱いを良く知らぬ童貞という事がこの言葉から伺える……誰がこんな記事を書いた!? 伺えるとは主観ではないか!?」
「客観的事実でしょう」
リーシェがとどめを刺す。
「これから越冬も本格的になるというこの時期、王都から出る予定がお有りで?」
冷ややかな視線のリーシェ。
パンイチで座りこむ俺とレイヴン。
「新婚旅行!」
俺は飛び跳ねるように言った。
「そうだ、噂が静まるまでは新婚旅行だ!」
「セックスセックス公の場で連呼した人間が結婚させてもらえると思うなよ……この未開の地の蛮族どもめ」
吐き捨てるように言うリーシェ。
心底軽蔑していることが伺える目だった。
「ともかく、順序は逆になりますが、式の前に新婚旅行に行ってらっしゃいませ。この記事を奥様方が見られたら深く傷つくでしょう。あとは世継ぎを作るなりなんなりと。越冬した頃にはほとぼりが醒めるでしょうね! ああ、もうっ!」
そう言って瓦版を殴りつけるリーシェ。
しかし弾かれる。
「まったく威力は大したことないくせにやけに精度の高い魔術を使う……」
「殿下!」
空から響く声。
青空を思い起こさせる声。
ミリィだ。
真っ青になる。
瓦版を隠すようにして立つ。
「探したのですよ、陛下。明け方探したけど見つからなかったので……で、なんです、その格好?」
不思議そうに目を丸める。
「そなた、匂いがわからぬのか? 我々は今、相当な状態らしいが」
「そう言われればちょっとつーんとするかも? けどミリィも地下室引きこもりの頃は湿気強い日にそうなってた気がする……あはは。んで、陛下、後ろの物はなんです?」
ああ、匂いに疎いから社不なんてやってられるのだなと思う。
「いや、これはなんでもない。それより、新婚旅行だ!」
「しんこん……りょこう?」
頭の中を必死に新婚旅行のイメージで埋め尽くす。
夏の南国。夏の南国。夏の南国。
悲しいほどに旅行代理店に乗せられている俺。
「陛下、今は冬ですゆえ。夏の南国には行けませぬ。なにを必死にイメージで隠そうとしているんです?」
ミリィは呆れたように言う。
くっくっくと笑いを噛み殺しているリーシェ。
「ミリィ様。陛下は早くミリィ様と二人になりたくてたまらないそうです。それでハメを外したんだとか。私もここ数年陛下の隣に立ちすぎました。そのポジションは、そろそろ貴女に譲るべきだ」
「もちろんです!」
ミリィが声を弾ませる。
「私は王陛下の主にして従。二体同心なのですから。行きましょう、陛下。けど」
ミリィは躊躇うように俺を見上げる。
「流石に手べとべとしてるの、ミリィでもばっちくて嫌です、握れません」
情けなくなってきて、俺は泣いた。
すまんミリィ、すまんミリィと繰り返した。
公の場で妻に恥をかかせた。
それが情けなかった。
旅行先、ヨルムド国でも辺境の地で、俺達は寝泊まりしていた。
部屋は小さい。
「えーーーーーー!」
ミリィの声がボロ小屋を揺らす。
「な、な、な、なんつー発言しているのです」
「酔って、良く覚えていないのだが、そなたと愛のあるセックスをしたいと、公の場でレイヴンにこぼしていたらしい」
「ホントだ。思念は嘘をついてない。って言うより盛り上がってるような記憶すらある」
ミリィはげんなりしたように俺を見下した。
ミリィがそんな表情をするのは初めてだった。
「リーシェちゃんのガードが緩んだ途端にこのザマ。温室育つはこれだから困る」
「お主とて人生の大半を地下室汚部屋生活民ではないか」
どっちうもどっち、社不同士。
「まあ、良いでしょう。愛のあるセックスがしたいのですね」
諦めたようにミリィは言う。
「愛のあるセックスをすれば二度とこういうことは起きぬのですね」
威圧感を込めて凄まれる。
「させてくれるのか?」
恐る恐る、言う。
「王陛下にあられましては類人猿のカテゴリーにあられましたか」
「進化論、読んだのか」
「トカゲの子孫がドラゴンで大怪鳥とかいうとんでも書籍でござりまするが」
なるほど、妻も世の中に順応しつつあるらしい。
旅ばかりさせて申し訳ないと思っていところだ。
「で、繰り返しになるが、させてくれるのか?」
「惚れ直させてくれれば、あるいは」
(それ無期延期ってことじゃない?)
「そうですけど」
あ、こいつ、これ幸いと乗っかりやがった。
俺達の長い越冬が始まった。
つづく




