「じゃあ国王陛下は息子や娘に私達はどうやって産まれたの? って聞いたら説明できるんですか?」
「えー……」
俺は黒板を借りてきて講義を始めていた。
チョークを黒板に走らせる。
出てきた文字は性教育。
「そこからなんだなあ……」
溜息を吐く。
「お主、十歳までは外で暮らしていたんだろうに、気になったことはなかったのか?」
「多分ね、幼少期時代に見たそういうのはトラウマになって無意識のうちに記憶から消してるんだと思う。幼少期は」
なお苦手意識は根深いか。
「つまりだな、大雑把に言うと、男の股には……」
チョークを走らせる。
卑猥な形なのでここでは表現できない。
そのうち妊娠出産に話が移る。
ここで若干楽になった。
とりあえず一番気恥ずかしい部分は過ぎた。
「で、これぐらいの時期から手足が産まれ始めてだな。動くのが明確にわかるようになってくる」
「ほうほう」
勉強熱心にペンを走らせる妻。
これ、なんの時間?
つくづく自分たちの夫婦生活が意味不明過ぎる。
放浪児と引きこもりの社不結婚の行く末がこれである。
ノートを一通り走らせた後、妻は深々と溜息を吐いた。
感嘆の吐息だった。
「そういう仕組だったのか……」
「ある一定以上の年齢になった時、父の記憶を読もうと思ったことはなかったのか? そなたの父上はどうやって子供を作ったかどう答えた」
「じゃあ国王陛下は息子や娘に私達はどうやって産まれたの? って聞いたら説明できるんですか?」
「それは……」
「それは父上も使いました」
冷たくピシャリと言う。
「あ、言ってた? 雌しべと雄しべ理論。あれつえーよな」
心を先回りされた。
「お父様も国王陛下も男の人って嘘ばっかり! ミリィ傷つきました。ちょっと外に出て傷心の旅に出ます」
「リーシェ連れてけよー」
背中に声をかける。
閉じる扉に、ポツリ呟く。
「本当、あいつ気は使えるんだけど」
精神年齢子供時代で止まってるんだよな。
溜息を吐く。
で、性教育の授業した後に性交渉お願いするの?
これってなんの時間?
そもそもこれ俺が受けるべき負担なの?
国王陛下とか言いつつ皆俺を軽んじすぎじゃないの?
「夫婦の問題押し付けんな」
リーシェがミリィの首根っこ掴んで部屋に入ってくる。
「この冬は徹底的に二人に夫婦としての時間を育んでもらいます。放蕩息子と引きこもりのカップルです。時間はかかるでしょうが前進はしているはずです。今日の進展は?」
「お前は姑かなんか?」
「ミリィちゃんの幸せを陰ながら見守る民同盟代表です」
「あ、うちの妻推し活されてる感じ?」
「良い感じに会員増えてます。皆で使うメモ帳とかありますよ」
「みたいな……ちなみに儲けてんの?」
黙り込むリーシェ。
「連盟費は連盟活動にしか使われていません。では」
扉の閉まる音。
(あいつは忠臣の道で行くつもりなのか俗物の道で行くつもりなのか……時々わからんくなるな)
そのうち宗教化したりして。こわー。
「リーシェちゃんなりに、怖がられやすい私に親しみを持ってもらいたいんだと思う」
「皆お前を見ていれば気がつくのだ、お前の可愛さに」
膝下に抱き寄せ、頭を撫でる。
「後は魔力さえコントロールできれば、平時はただの女だ」
「戦時は?」
「戦略兵器級魔法使い。存分に働いてもらうぞ」
嫌そうな顔をする妻。しかし、すぐに苦笑した。
「それが陛下の力になるんだもんね。私も頑張りますれば」
「なんか最近れば多用しない?」
「なんかこっちの人の方言でね。響きが気に入った」
「あー。俺めったに城下町行かないからなあ」
「楽しいですよ、国王陛下」
嗚呼。
頭を撫でながら思う。
求められてるのは父性。
愛されなかった自分を埋める。父性。
どこまでも、自分、自分。
勝手な女だ。
「違う!」
ミリィの叫び声で現実に引き戻された。
俺は、我に返っていた。
俺は今、何を考えていた?
酷いことを考えていなかったか。
ミリィを傷つけるようなことを。
壁に押し付けられた。
接吻されていた。
唇と唇が五秒ほど接触し、放される。
「私だって、キスをしてみたいたいと思うことぐらい、ありますれば!」
涙目で言う妻。
「良いんだ、ミリィ。無理をするな。世継ぎも良い。俺はキスもセックスもお前に求めない! なんなら身体接触もなしでいい!」
「私は愛玩動物にされることを望んでいるわけではありません!」
妻の瞳から涙が溢れ始める。
「ただ、未知の物は怖いし、誤魔化したいし、なんとなく現実逃避したいなーという引きこもり特有の思考回路がこびり付いてしまっているのです」
妻の頭が俺の胸に押し付けられ、ずり落ちていく。
俺は妻の頭を撫で、放心していた。
久々に、気を抜いてしまった。
これがあるから、妻には魔力のコントロールを覚えてもらわなければならない。
常に心を読まれる可能性がある生活は、危うい状態で成り立っている。
いや、いっそ。
「素直になるか、俺達」
妻の体勢を整える。
いやいやをする妻。
そして俺の胸に顔を再び押し付ける。
やれやれと、その頭を撫でてやる。
「自然に、二人で同じ布団に入ってみよう。そこで何かが起こるかもしれない。何も起きないかも知れない。一回やってみよう」
「……私はまだ、心の準備が出来ておりません」
申し訳な下げに妻が言う。
「母には、申し訳ないことをしました」
「それを罪悪感に思うことこそ、母に失礼ではないか」
俺はたしなめる。
「十月十日お前を大事に育てた母なのだぞ。恨んでなどいまい」
ミリィは考え込む。
「少し一人で考えろ。ただ、今晩は同じベッドで寝るぞ。なるようになれ、だ」
淡々と言って、家を出る。
表に居たリーシェと入れ替わり、外出する。
律儀な奴。
やっぱり忠臣だよなと思う。
ああいう頼りになる右腕が居てくれて助かる。
後はもうちょっとミリィに性教育しておいてくれば良かったものを、と思うが。
それは先代国王を恨むべきなのだろう。
天高く溜息。
「俺もたまには城下町に行くかなあ」
すっかり雪景色。
外からは子供達のはしゃぎ声。
たしなめる衛兵達の声。
聴かずに騒ぎながら駆け去る子供達。
(ああいう時代、俺にはなかったなあ。妻にはあったのかな)
そんなことを思う。
(今夜のベッドで聞いてみる……か……)
そう思ってしゃがみこむ。
意識するとこっちまで恥ずかしくなってきた。
少女から女性になった妻は、最近益々魅力的だった。
あどけなさは消え、大人びた整いが残る。
化粧もしてないのに凄い肌のハリ。
日光を浴びてこなかっただけはある。
(一つ、変な妄想はしない。一つ、理性を保つ。一つ、セクハラしない。一緒に寝るだけ、一緒に寝るだけ)
ぶつぶつと心のなかで繰り返す。
(む? これでは自然のままにという考えそのものをひっくり返しているのか?)
、また壁にぶつかる俺。
夫婦生活は中々に前途多難だ。
つづく




