「そうだな、結婚して二年? ぐらいか。そろそろ、俺達も考えてよいのかも知れない。世継ぎを」
俺は謁見の間で胸に手を当て頭を垂れていた。
キリュウ国王陛下が現れる。
「若きハイラル王、顔を上げられよ。貴方はあのレイヴン卿をも打ち負かしたという傑物。武勲誉高き方だ」
「誰が言いふらしているのです。レイヴンを打ち負かしたと」
苦笑交じりに言う。
驚いたことに、レイヴンはこのヨルムドの英雄だった。
ドラゴンスレイヤーレイヴンと言えば子供に読む絵本の題材として取り扱われているという。
若い頃にはそんな冒険もあったらしい。
らしいっちゃらしい。
とすれば、あの大剣はドラゴンスレイヤー? 不味いことをしたなと真っ青になったものである。
後から聞いてみれば、国の武具庫から引っ張り出した魔具の方が使い勝手が良いとのことで胸を撫で下ろしたが。
「レイヴン卿御本人だ。レイヴン卿は太陽が二個あることを懸念されている。自分は月へと転じる心持ちのようだ……まあ、以前はそんな配慮をしなかった人がそんな配慮をするという。私もそれは一目おくというものです」
苦笑交じりに言う。
言外に目の上のたんこぶだったと言いたげな。
ああ、あのオッサンがいると場がややこしくなる。
平時には行き過ぎた英雄は目障りなんだなあとしみじみと感じる一幕である。
「随分、遠くまで来ました。灰色の空からこの地へと」
「貴方も仲間も少ない。この国で平穏無事に一生を過ごすと言う選択肢もありますが」
「それは出来ません」
苦笑する。
「しかし、探し始めてそろそろ二年目の越冬だ。この国の冬は長い。いつになるか……」
「私には、もう一人の父がいるのです。妻の父です。彼は私を認め、妻と私を愛してくれた。私はその愛に報いねばならぬのです」
「……心の真っ直ぐな方だ。汚い大人の世界に放り込むのを惜しく感じるほどに」
「お言葉、染み入ります」
「城内に宿を用意しましょう。薪も、食料も。聞けば、自然の中で暮らしてきた貴方達だ。王宮の堅苦しい食事では息がつまりましょう。去年の用意がそのまま残してある。レイヴン殿に関しては城下町に住まいを持っている。そちらで暮らすでしょう」
「感謝します。ハイラルは国を奪還した際に、ヨルムドに必ず恩返しします」
「……永住しても構わぬのです、優しきハイラル王。長い冬、細君と過ごす内に、気持ちも少しは変わりましょう」
「ご忠告、感謝。では、宿をお借りします」
そう言って、リーシェを伴って謁見の間を後にする。
宿に行くと、ミリィが抱きついてきた。
「ミリィ。息災であったか」
「えーえー、国王陛下。まったくもうリーシェちゃんがお気に入りなんだねー」
あ、苛ついてる。
最近二人の時間を取れてないから。
一方リーシェは師団長改護衛隊長である。
それは伴にいる時間は長くなる。
「私が動いている時、レイヴンの傍にいるのがそなたのためなのだ。二人揃っておればけして遅れをとることはあるまい」
「それは私と国王陛下でも同じでありますれば。何故国王陛下はそんなに自分に自信がないのでございましょう?」
不思議そうに言うミリィ。
きょとんとした。
何故だろう。
自信がないとは思えない。
むしろ自分を過信して部下二人をヴーン討伐に巻き込んだ。
ただ、ミリィのことになると慎重になる。
何故だ?
「陛下はミリィちゃんを危険な地に晒したくないのですよ。可愛い細君だと思われているのです」
リーシェが言った言葉に二人赤くなる。
「り、り、リーシェ!」
ミリィは俯いて煙を吹いている。
炎の魔術の暴走でなければ良いのだが。
まあ、最近はその手の暴走もめっきり見なくなった。
二年前のハイラル王宮でのあの一件。
それが最期だ。
「越冬は二人で過ごそう。誰にも邪魔させない」
ミリィは笑顔で言う。
「リーシェちゃんはいるの?」
「……それはその」
「護衛隊長であれば、表で立っていても構いませんが」
杖を付き、その上に顎を乗せ、剣呑な表情になる細君。
小さくなる二人。
そのうち、溜息が響き渡った。
「わかったわ。表に立たせておくなんて申し訳ない。三人、いえ、リディさんをいれた四人で過ごしましょう」
「あ、リディだけど」
おずおずと言うリーシェ。
「なんだ?」
「レイヴン様と一緒にいるって」
絶句。
しばしの沈黙。
リーシェも溜息を吐く。
「そうだよねー。そう思うよね。私もなんでって思った」
「なんで? なんで? レイヴンのオッサン結構歳だよ? しかもぷーたろーだよ?」
「強くて名声のある男が好きなリディと若くて強い女性を求めるレイヴン様の思惑が一致。無事交際を通り過ぎてゴールイン」
「結婚式呼ばれてないけど!?」
「そうよ、私達、あんなに一緒に冒険してたのに!」
同棲を通り過ぎてゴールイン済みとは驚いた。
「オーヴァ神的結婚はレイヴン様が怖いからって逃げた」
「あ、そう。」
崩れた思考を建て直す。
「しかし、式はせねばな。こういうのはきっちりせねばなるまい。示しがつかん」
「と言われて大々的にやる柄ですかねえ、レイヴン様」
「ああ見えてお祭り大好きだ」
「いや、その……リディによれば、まだ手も繋いでいないだとかで」
俺は頭を抱える。
聞きたくなかったそんな話。
「あの人、ホモなんじゃないの」
平坦な声で言うミリィ。
「ミリィ、駄目でしょ、そんなこと言っちゃ」
「リディちゃんはフェイクで国王陛下狙ってるんだよ」
「ミリィ、落ち着け、我に返れ。確かにさっきから怒涛の攻勢だが」
「陛下達も、もう一度式を上げてはいかがでしょう」
リーシェの声で、二人我に返る。
「略式の結婚だったでしょう? 仲間も増えた。祝ってくれる人も増えました。ここを拠点とするに当たって、新たなスタートラインにするというのはいかがでしょう」
「……仕方ない。オッサンが示しをつけないのならば、俺達が示しをつけるしかあるまいな」
「けど、魔術の儀式的婚姻はもう問題ないよー。重複しちゃったらむしろ問題だし。オーヴァ神的結婚はもうできないよ」
「この国の結婚式は無神教です。他教の信徒でも出来ます」
「ほー、して、どんな方式だ」
「それはオーヴァ神と変わりませんね。互いの名を呼び、誓います。違うのはその後です」
リーシェは悪戯っぽく微笑んだ。
「二人は誓った後に、接吻をするのです」
沈黙。
リーシェは呆気に取られたような表情になる。
「貴方達、まさか、キスすら……?」
あ、素に戻ってますよリーシェさん。
「だってキスすれば子供出来ちゃうよ? 冒険できなくなるよ?」
リーシェは真顔でミリィの肩を掴んだ。
「ミリィちゃん。キスじゃ子供は出来ないの。性教育受けなかったの?」
「私、思春期引きこもり……生理用品は全部魔法で焼却してたし……ハハハ。あれ、クラフト様も知ってたんだ? なんで教えてくれなかったのかな?」
「その汚部屋で良く病気にもならなかったわね」
「美少女は良い匂いしかしないんだよ、ハハハ」
「ミリィちゃん」
再びがしっとミリィの肩を掴むリーシェ。
「普通に臭い時、あった」
「本当?」
「うん。部屋の匂いに慣れすぎて気づかなかっただけ。随分清潔になったよ」
溜息混じりに言うリーシェ。
「クラフト様が現れなかったら、ミリィちゃんは今も汚部屋で引きこもり、か……」
もう一度深々と溜息を吐くリーシェ。
「貴方達といると疲れます。ハイラル准最強戦力。私の護衛なぞ不要でしょう。貴方達で二人っきりで過ごしなさい。今日はつくづくこの旅で貴方達を二人きりにしなかった自分に嫌気が差しました」
あ、久々の歳下を見るお姉さんヅラ。
そのまま、リーシェは無言で部屋を出ていった。
「あんたら本当に常識離れしすぎてて疲れるわ」
「あ、凄い、国王陛下、リーシェさんの表情完璧読解」
「言われてる気がした。やっぱり心の中で思われてたか」
溜息を吐く。
そして、妻の肩に厚手のカーディガンを羽織らせる。
くすぐったげにする妻。
「そうだな、結婚して二年? ぐらいか。そろそろ、俺達も考えてよいのかも知れない。世継ぎを」
「……」
ミリィが俺の脳内情報を探知し始めたのを察する。
そのうちその情報が俺の性情報について辿り着く。
そしてそのうちそれを探索した後。
「え、この穴ってそういう……いや、無理無理無理」
そう言って壁にへばりついた妻だった。
「そなたは一体下腹部に何があってなんで血が出るとかは考えたことはなかったのか?」
呆れ混じりに言う。
純正引きこもり強すぎ。
「えーっと……そのー……殿下、あのね」
もじもじとして言うミリィ。
「私、頬熱くてね、外で涼んできたくてね」
「ああ、ああ、構わん、行け。少しリーシェと話でもしてこい」
「そうする」
「護衛はつけろよ。いつ大臣派の刺客が襲ってくるかも知れない」
「やっぱり、大臣なのかなあ」
「ミルドの情報では、大臣が今代理政権を取っているらしい。一番得をしたのは、大臣だ」
「うーむ……」
考え込む妻。
「やっぱ暑い、刺激的な物見すぎた。クラフト様も結構えっちだね」
「いや、俺も流石にキスで子供が出来ると思い込むレベルではないぞ……童貞ではあるもののレイヴン殿の悪影響はそれなりに受けている」
呆れ混じりに言う。
「良いから外に行け、行け」
そう言って追い出す。
深々と椅子に座って溜息を吐く。
え、そこから? と言うスタート地点だった。
家庭の先行きは長い。
つづく




