「化かされているのではありませんか」
それは、記念すべき五十匹目の妖怪を討伐した時のことだった。
リーシェがぼやくように言った。
「化かされているのではありませんか?」
「と言うと?」
俺は問う。
「なにか良くない卦を感じます。王女殿下ならもっと良く探知出来たかも知れないのですが……」
「うーむ。補給に戻った時頼んでみるか」
「更に先に進むのー」
リディが不平の声を上げる。
「ああ、進む。回復術師はそなたしかおらん。宮廷医療術副長の座を用意するゆえ、張り切って働け」
「副長! は、はい! 張り切ってやらせていただきます」
「しかし、良いのですか? 我々だけ突出し過ぎでは」
「この近場で未開拓地は、もう少ない……もっと奥地に進まねば、仙人に合わねば、嫁にも先代にも合わせる顔がないというもの」
「さらに言えば良いのですか? あの抜けたぷっつんするリディが副長で」
「……優秀な人材に育ったよ。後はぷっつんだけ治ればなあ」
「けどそれって戦力としてはダウンですよね」
「そこが悩みどころだよなあ」
「何話してるのー前衛陣ー。前いこーよ。ふっくっちょーふっくっちょー」
呑気に張り切るリディ。
俺達は先へと進んだ。
そして、リディの表情が恐怖で引きつる。
ヴーンが居た。
「ひ、ひ、ひ、ミリィ様とレイヴン様を呼ばなきゃ!」
「まあ待て」
そう言って俺は手を上げてリディの動きを制する。
「私は、自分の力と言うのを試してみたい」
「王の資質、ですか」
リーシェが戸惑うように言う。
「疑うか?」
苦笑交じりに言う。
我ながら自惚れで二人の優秀な人材を失っては大損失も過ぎるというものだ。
素直にミリィやレイヴンに頼るのが筋と言うものかも知れない。
しかし、ひしひしと感じる。
レイヴンは、ピークを越えた。
ひしひしと感じる。
遅すぎた。
俺達が産まれるのが。
時代が違っていれば、何年も英雄譚に名を残した人物だっただろうな、と思う。
「して、作戦は」
「単純だよ」
遠くを見るように言う。
「リーシェが誘導して、リディがどーんだ」
「ああ」
リーシェは表情を華やかせる。
「前回の戦いによる知見、しかと理解しました。リーシェは殿下の指示に従う所存です」
「なに? なになに? 話が見えないんだけど」
戸惑うリディを、リーシェと一緒にぺっと押し出す。
地面を転がりヴーンの前に落ちるリディ。
恐怖の声さえ失い、震え、退こうとし、思考停止。
無事ぷっつんという音がした。
「うがああああああああああああああああああ」
「指示承りました。以降の実務は私が執り行います。殿下は御身ご大事に」
そう言ってリーシェも降りていく。
すっかり前線から遠ざかった。
なんでもかんでも仲間がやってくれる。
仲間達も強くなりつつある。
だが、なんだろう、このもどかしさは。
後ちょっとのはずなのに。
霧を掴むような思いでいる。
作戦は見事に決まった。
ヴーンの矢の発射口をリーシェが誘導。
装甲を開いたそこにリディの鉄拳が叩き込まれた。
黒煙を上げるヴーンが残った。
「雪……」
正気に戻ったリディが呟くように言う。
「ひっヴーン、残骸。なにこれえ」
ずるずるとへたりこむリディ。
「雪? 真か?」
「嘘ついてなんになるってのさー」
「国王陛下の前よ、言葉を慎みなさい」
「良い、良い。あれも奴の個性。のびのびさせたほうが伸びる子はいるというものだ」
「本当ですかねえ……確かに冒険当初に比べ、抜けは減りましたが」
「確かに、雪だな」
俺は呟く。
空から雪が降っていた。
その白さに、妻の髪を思い出し、少し微笑む。
肌は日光に晒されて、少し焼けた。
皆、それは同じだが。
「ヨルムドの国王陛下にまた挨拶がてら宿でも借りに行くか」
「良いのですか、陛下。一度放棄すれば、また妖怪が跋扈して同じことの繰り返しですよ」
「止む終えまい。雪山での越冬は非現実だ。我々はグリズリーではない。ヴーンのように確実に撃破した実績というのも残る」
リーシェの背を叩く。
「仙人にまつわる本でも読んで過ごそう。名著があるかもしれんぞ」
「陛下」
リーシェは優しく微笑む。
「なんだ?」
抓られた。
「痛い、痛い痛い、リーシェ、痛い」
「貴婦人には気安く触れない。何度も言ったでしょう。だから嫉妬されるのです、貴方は」
まるで俺が悪いかのように言う。
「そうです、貴方が悪いのです」
「待て待て、お前まで心が読めるようになったのか?」
「ここまでのパターンからの推測です。陛下の分析の応用ですね」
悪戯っぽく笑って先に降りていくリーシェだった。
全く年上には敵わんな。
苦笑して後を追った。
つづく




