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放浪王子と引きこもり姫の追放社不結婚  作者: 熊出
第一章・少年期ミルド国編

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「楽しい楽しい、戦争の時間だ」

 男は駆けていた。

 駆ける、駆ける、駆ける。

 見る者が見れば、その姿は馬よりも速く神速と呼ばれる第三王子より速いと評しただろう。

 男は野を駆け山をかける。


 足跡を見つけ、ふと歩みを止める。

 移動は高速でも視点にも抜け目がない。


 草をかき分けた後だ。

 周囲を散策する。

 見つけた。この国にはない、白い長毛。


(目撃情報と、一致する。小僧だ)


 男はにいと笑い、後を追った。

 背には大剣がある。


 おおよそ相手を切ることに特化した博愛主義には似つかわしからぬ武器に、国王陛下が見れば酷く失望したことだろう。

 それでも、男は相手にとどめを刺さぬ気でいた。

 その方が、面白いことになりそうだからだ。



+++



「どんよっりくーもがつっづいってもー。ぼっくらはげーんきうみのこだー」


 天使のソプラノが響き渡る。


「何だその歌」


 苦笑交じりに言う。


「馬鹿な、知らぬのですか、殿下。海の子の歌ですよ」


「海国だったのか?」


 疑わしげに言う。


「まあ火山灰で見れたものではないですが……船を動かそうと苦戦した形跡もありましたが頓挫したようです」


 リーシェが苦笑交じりに言う。


「道理で一度も魚料理が振る舞われぬわけだ」


「三倍火力だー! ぶっぱなすぞー! どかーん」


「……山の仙人ごと吹き飛ばさぬようにな」


 やだこの嫁怖い。

 俺も強い方ではあるけど、いよいよ嫁には敵わないと思う。


 俺の思考を読んだのか、杖をついて鼻高々の嫁。


(可愛らしいものだ)


 苦笑する。

 その瞬間、妻の頬が高調して落ち着かなくなる嫁。


「そのな、そなたもいい加減慣れてはくれぬか」


 ぼやき混じりに言う。


「その容姿ではかわいいかわいいと言われ慣れ……ておらぬのだな」


 そういや地下暮らし歴六年の熟練のヒッキーだ。


「愛してくれたのもクラフト様が初めてですゆえご安心を。私の道に汚点などありようがございません」


「俺が汚点にならねば良いな」


 ぼやき混じりに言う。

 そこまで信じられても困る。

 この先俺より格段に強いやつが出てきて、そいつがミリィを好きだったら?

 俺はどうすれば良いのだろう。


「大丈夫。旦那様は私が守るのです」


 上機嫌に言うミリィ。


「そして」


 その杖が、ぐるんと方向を向ける。


「今日も」


「殺気か。感じるか、リーシェ」


「いえ、私にも感じ取れません……」


 静かな声で返すリーシェ。

 彼女は俺達の前に立ち、剣を抜く。

 俺も静かに、剣を抜いた。


「王女殿下の魔力探知網は私よりも範囲が格段に違う。精度も段違いです。杖の差が出来た今、彼我の差は歴然です」


「王宮からの追手のようです」


 目を閉じて精神集中していたミリィが、その瞳を開ける。

 

「楽しんでいる。この波乱の状況を。王宮に殿下を引き渡し、混乱を巻き起こそうとしている」


「混乱――何故?」


「わかりません。そこまでは遠すぎたのか読めなかった。撃ちますか?」


 目を感じた。

 野獣の目。

 俺を捉えている。


 背筋に寒気が走った。

 こいつ。ぷっつん来た時のリディ並にヤバイ奴だ。


「撃ってくれ。こいつは、危険だ。イーグルアイだぜ」


 頷いて、放たれる火の球。

 それはふよふよと飛んでいき、着弾した途端に巨大な火柱となって高々と空へと登った。


「できれば位置を知らせるので使いたくない技ではありましたが、やむないですね」


 リーシェが気を抜く。


「まだだ!」


 俺は叫ぶ。


「避けた!? そんな、どうやって!」


 ミリィが初めて悲鳴のような声を上げた。

 ここまで最強の魔女であり続けた彼女。


 それが、悲鳴を上げた。

 初めての恐怖に、悲鳴を上げた。


 連射する。


「待て、そなたの消耗は大丈夫か!?」


「不味い、こちらの魔力で相手の魔力が見えない。杖の魔力規模が大きすぎて、範囲を絞り込めない。杖に操られている感覚……気分が」


 そう言ってよろけるが、気丈に踏みとどまる。


「もう一発。確実に……」


 息を呑む。

 彼女が最期の炎を放ったら。

 抱きとめてやろうと、そう思った。


 炎が飛んでいく。

 火柱が襲う。

 緊張が走る。


 結果は明白だった。

 妻はよろけて、倒れ込んだ。

 それを、俺が後ろから支える。


「細君は、頼みました」


 リーシェが、淡々とした口調で言う。


「リディ。出番ですよ」


「やだやだやだやだ、絶対ヤバい奴じゃん! 三倍だよ! ヴーンを一発で処理したミリィちゃんの魔法を、十数発は避けてる。尋常じゃない」


「良いから良いから前に立ってるだけで良いから」


「そんな怪しい仕事やりたくなーいー」


 ずりずりと前に押されていくリディ。


「どう推測なされます、殿下?」


 リーシェはリディを推しながら冷静な表情で言う。


「そうさな。察するに。爆発的な身体能力。そう、俺の能力を突き詰めたような」


「神通力、ですか。それならこちらにも専門家がいる。さあ、ピンチですよ、リディ」


 やだやだいやだと喚き散らすリディを前に押すリーシェの頬に、汗が滴り落ちる。


「肉眼で相手を確認しました。尋常な速さではない」


 速すぎて、視認できないということもあるのだな。と俺は驚く。

 まるで絵空事の英雄のようだ。


 リディを押すリーシェの手が、軽くなった。

 リディが緊張からぷっつんしたのだとわかった。


 魔の最高峰が駄目なら武の最高峰。

 狂気のバーサーカーリディ。

 理性枠がリーシェと俺しかいない五割は狂人の俺達一行。


 リディは矢のような速さで草むらへと飛んでいった。


「驚いた」


 リーシェは頬を緩める。


「見えるらしい」


「駄目だ……」


 俺は呟く。


「動きが直線的過ぎる。今まで圧倒的な怪力で誤魔化してきたが、今回の相手の動きはあまりにも丁寧であまりにも破壊的だ。洗練されている」


「つまり?」


 俺はミリィをゆっくりと下ろす。


「治療の準備を。相手は、俺がする」


「逆です、殿下! 時間稼ぎはします! 殿下は王女を連れてお逃げなさい! 王を助けるのでしょう」


「非情になれんのだな、俺は。だから王は俺を可愛がらなかったのだ。王とは――孤高であるべきなのだな」


 実感として悟った。


(貴方も孤独だったのだろうか、父上……)


「お前達は俺の部下だ。必ず全員で生き残る。治療の準備を」


 爪と剣で切り結ぶ音がする。

 後何合か打ち合う内に、ワンパターンな動きを読まれてリディは斬られるだろう。

 その一手は相手が手練であればあるほど短縮できる。

 そこに向かって、俺は駆けた。


 思わぬ顔と、目があった。


「オッサン!?」


 俺の師、と言って良いかはわからぬが、一時期お世話になった恩人が、そこにいた。

 俺の武芸の師と言っても、まあそこまで違いはないだろう。


 彼は俺に見せたこともない大剣を、俺に見せたこともない速度で振るっていた。

 リディが剣の腹で吹き飛ばされる。

 物凄い速度。

 遅かったか。


「リディア!」


 リーシャが悲鳴を上げてリディに駆け寄る。


「よう、化け物共、生憎――」


 オッサンは剣を担いだ。


「俺も化物の一人でな」


 そう言って、オッサンは微笑んだ。

 その眼光に、本能的な恐怖を感じた。


 この感覚。ミリィに感じた時以来だ。

 人外のような存在に覚える感覚。


 それを今、俺は存分に味わっていた。


「さあ、城崩しの本丸攻めと行こうじゃねえかい。残るは大将、つまりは小僧、お前一人だ」


 大剣が突きつけられる。


「オッサン。なんでこんなことをする。今、俺達は大事な旅をしている。ハイラルを治めるための旅だ」


「んん? 俺が聞いた話とはちげぇな。お前はハイラルから姫を連れて逃げた。そう聞いている」


「俺達は陥れられたんだ。王が空位なのだよ。その状況を作り出すために妻は王殺害の大罪人に仕立て上げられた。そして今、俺達は逃走生活の中にある」


「なるほど、なるほど。例えばだ。俺が王にお前と姫君を献上する。王が二人の処分を渋ったら……ハイラルはどう動く?」


 俺はその状況を想像して真っ青になる。


「そうだよ」


 オッサンは微笑む。


「楽しい楽しい、戦争の時間だ」


 ぞっとした。

 アイリィが、クロスが、この国の人々から日常が、消える。

 オッサンは急に渋い顔になる。


「しかし嫌なもんだね。最高は外交戦争なんて形に落ち着くことが増えている。ますます、俺のような武官狙いの輩には生きづらい世の中だ」


「任官を、狙っていたのか?」


「乱世ならな。平時ならやらん。危険分子として処分されるのがオチだ。歴史が証明している通りに」


 オッサンは再び微笑む。


「乱世で俺は一財産築いて圧倒的な強さで平和を掴み、金を得るだけ得て隠居する。それが俺の英雄譚だ。文句はあるか、小僧」


「オッサン、いや、レイヴン」


 オッサン、いいや、レイヴンは妙な顔になる。


「私の――部下にならぬか」


 オッサンが唖然とした口調になる。


「俺が」


 そう言って両手剣から片手を離し、自分を指差す。

 そして、次に俺を指さす。


「お前の、部下に?」


「ああ。私が王なら逃げることもなく安心して過ごせるだろう。好きなだけ暴れて好きなだけ出世せよ。それを全て私は受け止めよう。それが、私が示す、王としての資質だ」


 きょとんとした表情になるレイヴン。


「それは、面白い。面白いが……俺は文治の王など認めねぇ」


 大剣を振るう。


「軍を統制する将たれば、一定の能力は必要になる。英雄という太陽に焼かれぬだけの強さを持った眩い光が。お前にその光があるか、見極めさせてもらおう」


 俺は、頷く。


「私が勝てば、そなたは私の部下になる。良いな、レイヴン」


「……くっくっくっくっく、まったく泣けてくるぜ。あの時の小僧が、こんなに大人になりやがって」


 レイヴンは俺を見た。


「いよいよ、焦らないとな、俺も」


 会話は尽くした。

 後は、剣を交えるのみ。

 不思議な感覚にあった。


 絶体絶命、最強最悪の敵。

 だというのに俺は。


 勝てるという実感を得ていた。


つづく




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