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放浪王子と引きこもり姫の追放社不結婚  作者: 熊出
第一章・少年期ミルド国編

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19/55

「追いついたぞ、狂犬!」

「なんかおかしくねーか」


 俺の言葉にアイリィはびくりと震える。

 何かに怯えているかのように。


「なにもおかしくなんかないですよ、殿下。ねえ」


「ああ」


 アイリィとクロスが頷き合う。

 三人とも幼馴染で気安い仲だ。


 しかし、今は遠くに行ってしまったような感がある。

 何があったのだろう。

 俺が寝ているうちに。


 黙って、町を後にした。

 そして早足になり、不味いと思って口を覆う。


「ミリィの言う通りだった。俺の失策だ」


 素直に言う。


「と言うと?」


 リーシェが深刻な表情で言う。


「様子がおかしかった。俺達が揃って寝たのもおかしい。何かが手遅れになってしまったような、そんな感がある」


「そのことですか」


 なんだ、とばかりに細君が言う。


「なんだ、その表情は」


 得意げなミリィ。


「一個中隊焼き尽くしてきました」


「この魔女が!」


 吐き捨てるように言う。


「加減しろ、馬鹿! そりゃあいつら引くわ! 幼馴染無いなったわ!」


「大丈夫ですよ。時間が解決してくれます」


「じゃあ俺一人で仲を深める機会を与えてくれるとでも言うのか」


 硬直し、視線をそらす妻。


「お前、常に俺に付きっきりではないか」


「それで良いのではないでしょうか」


 くっくっくと微笑むリーシェ。


「今回の件ではっきりした。ミリィ様は妻としても護衛としても最強格だ。そして、ミリィ様の護衛はクラフト様がなされれば良い。私も力を貸しますが、常時二人と一緒にいてはお邪魔でしょう。もちろん旅の間は行動を共にしますが。いや、まさに主であり従。我が国の夫婦の形です」


 ミリィが上目遣いにリーシェを見る。

 無言の圧。

 リーシェが脂汗を流し始める。


「王女殿下、私には貴女のように心は読めない。素直に言ってくれて良いのです」


「二人きりにして、くれないの?」


「いや、怖いわお前。その調子でアイリィ達も脅して黙らせたんだろ」


 バツが悪そうな表情になる。


「図星か……」


 頭を抱える。


「殿下、私を捨てないで……」


「幼馴染二人、妻一人。どちらを選んでも白状と言われる気がする」


「いや、そこは妻を選ばないと駄目でしょ」


「ね」


 リーシェとリディは妻側らしい。

 山国の民の考えというものはわからぬ。


「失礼な! 殿下今、山国の民の考えというのはわからんって思った!」


「差別だ―差別ー」


「都会ぶりやがってよーおーおー」


「これではいじめだ」


 拗ねる俺。

 どっと笑うかしまし娘。


「いやはや、実力があるのにお若い」


 リーシェが苦笑交じりに言う。

 俺は項垂れていたが、立ち止まる。


「随分、歩いた気はするのだが。それも見当外れな方向に」


「殿下の地理感に任せるばかりです。何処へ向かっているので?」


「魔力増強装置の本場へと」


「今回の政略結婚の決め手ですね」


 リーシェが納得したように言う。


「この杖より良い品があるのですか? この杖も随分良いものですよ?」


 ミリィが珍しく白い髪を揺らして身を乗り出す。

 普通は衣類にがっつくところを彼女は杖が欲しいらしい。


「そんなに良いのですか?」


「この魔力の装置と私が一体化してね。体感一点五倍出力が上がる」


「……一国を滅ぼす魔法使いから、一国を遺産も残さず完全消滅させる魔法使いにパワーアップしてますね」


 呆れたように言うリーシェ。


「私の国の在野の魔術師が使うとそれを使ってやっとのことで薪に火を起こせるようになる、そんな品なのだがな……」


 遠い目をして言う。


「まさか地産品として売れる時代が来るから研究投資費も無駄ではなかったわけだ」


「立派な一つの魔法の技術体系ですよ。理論としてはばっちりだ。今までハイラルにこれがなかったのが不思議なぐらい……そりゃ、娘も差し出すわけです」


 珍しく早口でまくしたてる嫁。

 武具オタだったとは恐れ入る。


「オタクじゃないもん」


 小声で拗ねる細君。


(ヒッキーでオタクだ)


「殿下が酷いこと言う……」


 リーシェの袖を引く。

 リーシェの使い方上手くなってない?


 俺の心を読んだらしくミリィは視線を反らす。


「まあ、その本場で仕上げた杖なら、俺の国の在野の魔法使いでも暖炉に火を灯せるようになる。多分通常時の三倍ぐらいまで行くのではないか」


 いよいよ神話じみてきたなと思う。

 なんの因果かその旦那。


 いやはや、これは旅も案外楽かもしれない。

 そう思い始めた。

 ミリィが微笑む。


「私の探知を含めた魔力全般は殿下のためにあるものです、どうかご存分にお使いください」


「我が身も御身の剣ですゆえ」


「私は宮廷医療魔術師の資格さえ発行してくれれば生涯安泰だから良いわー。ちょい熱意に引く」


 ジト目でリディを見るリーシェとミリィ。


「なんでこの人ここにいるんですか?」


「これでも戦略兵器です」


 ジト目で責めつつフォローをするリーシェ。


「勇者は優秀な将の下に集うと言うではないですか。この者が勇者とは思えませぬ」


「ちょっと姫君、酷くない? これでも私あんたらの仲人で風呂介護したこともあるんだから」


「――真らしいですが……その」


 姫がそこで口籠る。


「あ、駄目、やめて、私の内緒を暴くのは」


「なんです、言ってください」


 リーシェが姫に詰め寄る。


「その人……私を風呂場に顔面から放り出して暫く放置してたみたいです」


 記憶にないけど、と小さく付け加える。

 沈黙。

 白い目。


 ゲンコツ。


 いつもの流れである。


「そろそろつくぞ。風呂のことはこの際それでチャラにしてやってくれ」


「殿下超絶ラブ最強一生愛してる!」


「愛してるですって?」


 杖が調子に乗ったリディの顎に突きつけられる。


「……愛してない」


「ほう、次の王たる第三王子殿下を愛してはいないと。それはオーヴァ神の教えにも反することです。背信者か?」


 長剣が後頭部の髪を二、三本持っていく。


「失言失言失言。なによあんたら、私が必要だから連れてくるんじゃないの!? あんまいじめると私だって怒るんだかr」


 一同一斉に後ずさった。

 きょとんとするリディ。

 自覚がないのが怖いが、こいつも立派な戦略兵器。

 ぷっつんした状況に限れば、というのと完全にコントロール不可になる、と言う難点を除けばだが。


 まったく、変人揃いなのか精鋭揃いなのか。


 雑談しているうちに、町が見えてきた。


「お、魔術工房の臭い」


 リディの表情がほころぶ。


「わかるか」


「宝石とオーヴァ祭の樹を加工する臭い。すぐに分かる」


「私は本格的な魔術工房に足を立ち入れるのは初めてです。ワクワクするなあ」


「物見遊山よな」


 遠い目をして言う。

 平和を割くように乱入者はやってきた。


 馬の掛音がする。

 すっと俺の前に移動するミリィとリーシェ。

 盾にするリディ。


 馬が嘶き、足を止め、馬上から剣が突きつけられる。


「追いついたぞ、狂犬!」


 叫ぶワクライ。


「あ、なんだお前か」


 前の二人の肩に手を置いて言う。


「こいつはスルーして大丈夫。人望もないし実務は内政官だ。兵を指揮する力もない」


「ま、まてお前! 兄だぞ! 無視する気か!」


「嫌味ならまた帰った時に聞いてやるからさ。ま、嫁さんと元気でやれや。こっちもこっちで嫁さんいるんでな」


 ぺこり、と頭を下げるミリィ。

 その表情が歪む。


「この人……頭の中が未成年に見せてはいけない本みたい」


 気分が悪くなったように口元に手をやる。


「スルーしても良いのですか、殿下」


「ああ。内政官としては優秀なのに何故か武官の俺に引け目を感じている可哀想な兄なのだ。見逃してやってくれ」


「それならありがたいです。この人の思考を読むのは苦だ」


「苦労をかけるねえ……」


「ちょっと待て! 本当に行くのか! 因縁の対決だぞ! 王子同士の対決だぞ!」


「あー、お前の相手してる暇ねぇから、退いてくれ」


「お前の妻、美人だな」


 舌なめずりするワクライ。

 ぞわり、と肩を潜ませ眉間にシワを寄せるミリィ。


「お前を殺したら、そうだな。妾にしてやろうか。どこぞで隠遁しているお前の実母のように」


 その瞬間、剣を抜いていた。


「ここは、俺がやる。ミリィ、どんな妄想をされた?」


「……それは」


 ミリィが顔を歪める。


「良いから、素直に言え」


「裸にされ、吊るされ、見世物にされました……」


 そう言ってミリィが顔を覆う。


「わかった」


 俺は完全にキレていた。


「兄貴、お前は裸にして木に吊るし去勢してやろう。後腐れのない一対一の戦いだ。皆、手を出すな」


「真剣の勝負。その意味をお前も理解しているな?」


「王宮で何度もやった。何度もお前が負けた」


 淡々とした口調で事実を突きつける。


「ふん。序列で負けていた売女の血め」


「さっきから聞いていればこれ幸いと口汚い」


 リーシェが俺の前に出た。


「殿下が出るまでもありません。それとも、殿下より弱い女の私にすら勝てませんか?」


「……女ごときが俺に勝てるとでも?」


「兄上、侮るなよ。ただの武官ではない。ハイラルの師団長だぞ」


「それがどうした? か弱い魔力の国なのだろう。魔術師というのは暖炉に火をくべるのがやっとの人種。見飽きておる。手品の類だ」


「兄上。こんなに身近にいて感じないのか? ミリィの特異性を」


 俺は冷えてきた頭を抱える。

 本当、書類上は良い働きをするんだけどなあ、この人。


「たかが女だ。使い倒したらラッピングして転売してやろう」


 リーシェが剣を抜いた。


「私がお相手しよう」


 上段に構える。


「どうやら貴殿は女性の敵のようだ。どうして同じ教育を受けてここまで差が出るか、私には理解しかねる」


「高貴な血が薄いのだよ、その狂犬は。だから野蛮な術にばかり長けておる。お前もその仲間のだろう?」


「でしょうね。ならば」


 リーシェは微笑む。


「狂犬流にお相手しようではないか」


 リーシェが俺を見る。

 やむなし。


 やる気満々の目だ。

 俺は兄の間抜けさに辟易としてやる気を失っているので、素直に言った。


「譲るよ、リーシェ。兄上、こいつは俺の一番の忠臣でな。こいつが負けたら俺もあんたの犬になってやるよ」


「吠えたな、狂犬」


「ああ、オーヴァ神に誓う」


「……良いのだな」


 今まで煽ることに熱中していたワクライの目に真剣味が増す。


「私も本気でやろう」


 そう言って、ワクライは馬を降りた。


「馬術が下手なのだ。一般兵よりは随分上なのだが王宮内では下位クラス」


 俺は小声で言う。


「聞こえているぞ!」


 ワクライが喚く。

 その顔が、微動だにしないリーシェの真っ直ぐな目を見て怯んだ。


 まるで、自らに沸いたその感情に戸惑っているかのように。

 ワクライの瞳に映るリーシェの瞳は凪のよう。


 ただ、静かだ。


「うおおおおおお!」


 自らを鼓舞するかのように突進するワクライ。

 俺は目を見開いた。


「以前のワクライより上だ」


 剣が振り下ろされると同時に、硬直していたミリィが微笑む。


「だが、リーシェはそれより上だ、ですね」


 俺も微笑む。


「その通りだ」


 ワクライの剣が絡め取られて天を飛ぶ。

 かつてリーシェに初めて剣を教えた模擬試合での俺の動きを完全にコピーしている。


「短い間ですが、貴殿の弟君にしばし特訓を受けました」


 冷たい目でワクライを見下ろすリーシェ。


「あのお方の電光のような打込みに比べれば、あまりにも凡夫と言わざるをえない」


「凡夫、凡夫だと!?」


 狼狽したように言うワクライ。


「退け、兄貴!」


「特訓したのだぞ! 俺が! 武官に頭を下げてまで! 一年も! 今更退けるか!」


 この人はこの人で、濃厚な時間を過ごしてきたらしい。

 人間性は腐ったままだが。


 抜いた予備の短剣で再び打ち込む。

 頭上からの攻撃、それと同時に。


(――足!)


 予備動作でわかった。

 だが、リーシェは動かない。

 動けないのではなく、動かない。


 微動だにしなかった。

 まるで鋼の城が立っているかのような。


 剣を持つ防壁。

 それを思わせる佇まい。


「ひっ」


 ワクライは馬の手綱を掴む。


「ミリィ」


「はい」


「触らなくて良い。頭上に跳ね上げろ」


「はーい」


 俺の思考を読んだらしい。弾んだ声でミリィが言う。

 兄上は高々と馬諸共天高々と飛んだ。

 この高さから落ちれば馬は骨折だ。

 俺は慌てて馬を抱きとめ、クッションになる。


 その後ろで兄貴が落ちる鈍い音がした。




+++



「遅かったかぁ」


 ぼやくように言う男。呑気なものである。

 本当に押っ取り刀にも程がある。


 吊るされているのはワクライ。

 裸にされている。

 局部を隠されているのがせめてもの救いか。


「見ていたものはあるかー」


 男の声に、おずおずと手を上げるものが一人。


「女性でした。それも、鬼神のような強さだった」


「ほう、ほう。ワクライ殿も平和な時代に置いて、一対一においてはかなり突出した逸材だった。それを遥かに凌ぐ、と言う見立てで良いかね?」


 証言者は頷く。

 男は興奮したように目を輝かせる。


「それで、それで?」


「ぶつかり合う瞬間は遠目で見えなかったのですが、気がつくと振り下ろそうとしていたはずのワクライ様の剣が吹き飛んでいました。その後、ワクライ様が蹴りを入れたけど微動だにしなかった」


 男は目を丸くする。


「在野以外にもいるとこにはいるもんだ。本物の人材って奴が」


「逆ではありませんか? 在野以外にこそ人材はあるのでは?」


「貴族由来の者以外の傑出した人材など戦時にしか重宝されん。最終的に危険視されるのがオチよ。今の時代、真に有能な者は皆在野で息を潜めておるか、猫を被っておるわ」


 男は唇の片端を上げる。


「その線の上を、俺は今回非常に危ういバランスで渡っている感覚がある」


「貴方も……つまり、その、傑出した人材だと?」


「悪いか?」


 ふんぞり返る男だった。

 絶句する一同。


 しかし、男には自負がある。

 自分が英雄である、と。


 時代が動いている。


(ハイラルの国、なにかきな臭え。これはもしかするともしかする。さてはて……捕まえるのも吝かではないが。あの王に王子を処刑する度量はあろうか?)


 こじれるかも知れない。

 男はにんまりとした。



つづく

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