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放浪王子と引きこもり姫の追放社不結婚  作者: 熊出
第一章・少年期ミルド国編

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「在野の町は大体俺のホームタウンなのだよ」

「殿下ー!」


 大声で駆けてくる少女。


「アイリィ!」


 俺も駆け寄る。

 俺達は空中でハイタッチ。

 しようとしたところに杖が割って入った。


 杖は粉々に砕け散った。

 それと共に、ミリィの表情から血の気が失せていった。


「高かったのに……一週間分のおやつ代」


「そんなボロ杖、すぐ変えが効く」


「……まあ良いでしょう。この国は本当に食物豊かですね。お菓子が美味しいです」


「そなたの国は長期保存に向いた食品しか入れないからなあ」


 ハイラルを振り返っていう。

 火山灰の降り積もる不毛の地。

 そこに暮らす逞しき人々。


 もう遥か過去のことのように思える。

 しかし俺の妻のミリィも、護衛のリーシャも、医療術師のリディも、ハイラルの出身なのだ。

 俺達は、追われてここまでやってきた。


「まぁまぁまぁどの方が奥方で? 婿入りしたと聞きましたよ? この国で過ごすのですか?」


「訳合って追われる身なのだ」


 苦笑交じりに言う。

 アイリィの表情から笑みが消えた。

 それは一瞬のことで、次の瞬間には微笑んでいた。


「外聞しないように皆に言い含めてきます」


「良いのですか?」


 ミリイが躊躇うように言う。


「その、クラフト様が貴女に信用を置いているのはわかりました」


 溜息混じりに先端の砕けた杖を眺めて、炎の魔術で一瞬で塵にする。


「まあ、凄い。魔法みたい」


「これ、正真正銘の魔法だから」


「そうでした。殿下が婿入りしたのは魔法大国ハイラルでしたね。しかしその魔法、噂に聞く上級魔法使いですか?」


「上級魔法使い十人でも太刀打ちできるか、どうか……」


 今の炎の温度を実感として感じるらしく、呆れ混じりに言うリーシェと不味いものでも飲み込んだように黙り込むリディ。

 そう言えばリディはミリィの魔法を見るのは初めてだった。


「まあまあ、積もる話もあります。家にお上がりください」


 そう言って微笑んで、アイリィは俺達を迎え入れた。

 町は歓声に沸いた。


「慕われておりますね」


 あまりの熱狂ぶりに呆れ混じりのミリィ。


「そこまでは読めなかったか? お前が読んだのは俺の長く苦しい王宮生活だけらしい」


 俺はにっと微笑んだ。


「在野の町は大体俺のホームタウンなのだよ」


「いたずらっ子のような表情。可愛いですよ、旦那様」


「ば、ば、ば、馬鹿野郎!」


「あらあら、初々しい御夫婦で。今、お茶をお入れしますね」


 お茶を飲んだ後のことだ。

 長い旅の緊張が緩んだんだろうか。

 俺の意識は、ゆっくりと、闇の中に沈んでいった。


+++



 アイリィは伝書鳩の足に手紙を括り付けた。

 そして、解き放つ。


 その途端に、強風が吹いて、鳩は上空へと跳ね上げられた。

 バランスを失い、落下する伝書鳩。

 それを掴むか細い白い手。

 真新しい杖を手にしたミリィが、大地に立っていた。

 睡眠薬で眠ったはずでは?

 飲んだはずだ。

 耐性があるのか?

 そんなはずがない。


 混乱に支配される。

 やってくるのは恐怖。

 あの、圧倒的な炎の魔法。

 一目でわかった。


 人のなせる技ではないと。


「……貴女の思考は、読めている」


 アイリィはへたへたとその場に黙り込む。

 魔力に疎いアイリィにもわかる。

 細胞レベルで察している。

 勝てない、と。


 ミリィは飛んできて、杖の先端をアイリィの頭に突きつけた。

 水晶玉が輝く。

 魔力増強装置。

 魔術師育成後進国だったミルドの国で、在野の魔術師達が苦肉の策で作り上げたと言う古の品。


 この距離、この魔力。

 ひとたまりもないだろう。

 ミリィは杖を脇に挟むと、鳩から手紙を奪い、逃がしてやった。

 それを開く。


「殿下睡眠中。捕縛するなら今、か」


「……暗号、読めるのね」


「解き方は貴女の頭の中にありました。癖なんですよ。誰かが殿下を奪いはしないか。誰かが殿下を狙いはしないか。ある一件があってから暴走癖は収まったものの、それでも私は常に不安なのです。殿下は私の全てだから……」


 なんでもありか。

 化物だ。

 怪物だ。

 異形だ。

 魔女だ。

 ぞっとする。


 この世ならざるものを覗いてしまったかのような――。


「これを知れば殿下は悲しむ」


 ミリィはそう言うと、手紙を燃やした。


「追手が近いのですね」


 アイリィは思考する。

 瞬時にミリィは呟く。


「そうですか、隣町に一中隊が息を潜めていると」


 溜息混じりに言うミリィだった。


「なんでよ」


 震えながら言う。


「なんでわかるの!? なんで読めるの!? ば、化物……」


「そんな大層なものではない。ただの、魔女です」


 ミリィは寂しげに言うと、飛んでいき、一度止まった。


「この言い方、クラフト様みたい。影響されてますね」


 あらやだもうもう、とツイストしながら飛んでいく魔女。

 隣町で小さな火柱が何十にも起こった。


 一個中隊は全滅したのだと、すぐに知れた。



+++


「伝令からの連絡です。一個中隊が消息を断ちました! しかし殿下の足跡がある模様」


「で、伝令はなんと?」


「……怯えて、誰も口を開かないと。心理的な不調を訴えているものもいるそうです」


「魔女の、爪痕、か……心理的外傷にならなければ良いがな」


「で、兄殿下を送り込まれる気で?」


 王は物憂げに中空に視線をやった。


「あまりにも相手に、戦力が偏りすぎている」


「勝算はあります」


 ワクライは言った。


「あの狂犬、司令塔の癖に私闘をこよなく好む。私が一対一だと手袋を投げれば、彼は乗ってくるでしょう。挑発の手も適当に考えている」


「さてはて、思うように行くかな……」


「またもや嬲るか、雑草」


 そう言ってワクライは剣の柄に手を伸ばす。


「やめておけ、ワクライ」


 王は重々しく言う。


「しかし、父上!」


「私にはわかるのだ」


 王は淡々とした口調で言う。


「魔女も、この者も、条理の外にいると」


 ワクライは唖然とした表情になる。


「条理の外?」


「言わば英雄と言う奴だな。選ばれたギフトを持つ者。それを上手く使う度量、人望を奪われないカリスマが統率者には求められる。それもまたギフトだ」


 王は、諭すように言う。


「私はお主に武より、後者を求めておるのだがな」


(おやおや)


 男は戸惑うように思う。


(あの小僧の言い分とは違って、随分と理性的な人物のようだ)


「私は行きます。あの者の首を取りに」


「……わかった」


 足音が去っていく。

 一つ、溜息が響く。


「大臣」


 王は頭痛を堪えるように頭を抑え、呟くように言う。


「なんでしょう」


 ひりついた空気に怯えるように、上ずった声を上げる大臣。


「下がっておれ。近衛もだ」


「しかし、それでは陛下の身が」


「私が良い、と言ってるのだ、下がらせろ」


 初めて感情的に王は言う。

 大臣含め、近衛も、慌てて駆け去っていった。


 しばし、沈黙が漂った。

 男は戸惑う。


(――はて、さてはて)


「俺に、なんの御用で?」


 またしばしの沈黙を挟み、王は呟くように言った。


「第三王子は妾の子でな」


「ほう」


「可愛がれば正妻の子の示しがつかん」


 苦悩が垣間見える声だった。


「ままならぬのだよ」


「なら、俺も押っ取り刀で参加しましょうかね」


 そう言って、男は微笑んでワクライの後を追う。


「俺はこう見えて、博愛主義者なんですよ。会話で解決と行きやしょうや」


 王は初めて苦笑する。


「食えない男だ。何を企んでおる」


「趣味の範疇です。俺が英雄なのか、それとも英雄の師でしかないのか、確かめたい。生きた証と言うやつですかね」


 そう嘯いて、男は去っていった。


「真、食えない男よ」


 天を仰いだ王だった。

 杖で地面を二度突く。

 音が鳴り響き、大臣達が戻ってくる。


「次のお目通りを望む者が……」


「通せ」


 その時には、既に鉄仮面の王に戻っている。



つづく

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