「在野の町は大体俺のホームタウンなのだよ」
「殿下ー!」
大声で駆けてくる少女。
「アイリィ!」
俺も駆け寄る。
俺達は空中でハイタッチ。
しようとしたところに杖が割って入った。
杖は粉々に砕け散った。
それと共に、ミリィの表情から血の気が失せていった。
「高かったのに……一週間分のおやつ代」
「そんなボロ杖、すぐ変えが効く」
「……まあ良いでしょう。この国は本当に食物豊かですね。お菓子が美味しいです」
「そなたの国は長期保存に向いた食品しか入れないからなあ」
ハイラルを振り返っていう。
火山灰の降り積もる不毛の地。
そこに暮らす逞しき人々。
もう遥か過去のことのように思える。
しかし俺の妻のミリィも、護衛のリーシャも、医療術師のリディも、ハイラルの出身なのだ。
俺達は、追われてここまでやってきた。
「まぁまぁまぁどの方が奥方で? 婿入りしたと聞きましたよ? この国で過ごすのですか?」
「訳合って追われる身なのだ」
苦笑交じりに言う。
アイリィの表情から笑みが消えた。
それは一瞬のことで、次の瞬間には微笑んでいた。
「外聞しないように皆に言い含めてきます」
「良いのですか?」
ミリイが躊躇うように言う。
「その、クラフト様が貴女に信用を置いているのはわかりました」
溜息混じりに先端の砕けた杖を眺めて、炎の魔術で一瞬で塵にする。
「まあ、凄い。魔法みたい」
「これ、正真正銘の魔法だから」
「そうでした。殿下が婿入りしたのは魔法大国ハイラルでしたね。しかしその魔法、噂に聞く上級魔法使いですか?」
「上級魔法使い十人でも太刀打ちできるか、どうか……」
今の炎の温度を実感として感じるらしく、呆れ混じりに言うリーシェと不味いものでも飲み込んだように黙り込むリディ。
そう言えばリディはミリィの魔法を見るのは初めてだった。
「まあまあ、積もる話もあります。家にお上がりください」
そう言って微笑んで、アイリィは俺達を迎え入れた。
町は歓声に沸いた。
「慕われておりますね」
あまりの熱狂ぶりに呆れ混じりのミリィ。
「そこまでは読めなかったか? お前が読んだのは俺の長く苦しい王宮生活だけらしい」
俺はにっと微笑んだ。
「在野の町は大体俺のホームタウンなのだよ」
「いたずらっ子のような表情。可愛いですよ、旦那様」
「ば、ば、ば、馬鹿野郎!」
「あらあら、初々しい御夫婦で。今、お茶をお入れしますね」
お茶を飲んだ後のことだ。
長い旅の緊張が緩んだんだろうか。
俺の意識は、ゆっくりと、闇の中に沈んでいった。
+++
アイリィは伝書鳩の足に手紙を括り付けた。
そして、解き放つ。
その途端に、強風が吹いて、鳩は上空へと跳ね上げられた。
バランスを失い、落下する伝書鳩。
それを掴むか細い白い手。
真新しい杖を手にしたミリィが、大地に立っていた。
睡眠薬で眠ったはずでは?
飲んだはずだ。
耐性があるのか?
そんなはずがない。
混乱に支配される。
やってくるのは恐怖。
あの、圧倒的な炎の魔法。
一目でわかった。
人のなせる技ではないと。
「……貴女の思考は、読めている」
アイリィはへたへたとその場に黙り込む。
魔力に疎いアイリィにもわかる。
細胞レベルで察している。
勝てない、と。
ミリィは飛んできて、杖の先端をアイリィの頭に突きつけた。
水晶玉が輝く。
魔力増強装置。
魔術師育成後進国だったミルドの国で、在野の魔術師達が苦肉の策で作り上げたと言う古の品。
この距離、この魔力。
ひとたまりもないだろう。
ミリィは杖を脇に挟むと、鳩から手紙を奪い、逃がしてやった。
それを開く。
「殿下睡眠中。捕縛するなら今、か」
「……暗号、読めるのね」
「解き方は貴女の頭の中にありました。癖なんですよ。誰かが殿下を奪いはしないか。誰かが殿下を狙いはしないか。ある一件があってから暴走癖は収まったものの、それでも私は常に不安なのです。殿下は私の全てだから……」
なんでもありか。
化物だ。
怪物だ。
異形だ。
魔女だ。
ぞっとする。
この世ならざるものを覗いてしまったかのような――。
「これを知れば殿下は悲しむ」
ミリィはそう言うと、手紙を燃やした。
「追手が近いのですね」
アイリィは思考する。
瞬時にミリィは呟く。
「そうですか、隣町に一中隊が息を潜めていると」
溜息混じりに言うミリィだった。
「なんでよ」
震えながら言う。
「なんでわかるの!? なんで読めるの!? ば、化物……」
「そんな大層なものではない。ただの、魔女です」
ミリィは寂しげに言うと、飛んでいき、一度止まった。
「この言い方、クラフト様みたい。影響されてますね」
あらやだもうもう、とツイストしながら飛んでいく魔女。
隣町で小さな火柱が何十にも起こった。
一個中隊は全滅したのだと、すぐに知れた。
+++
「伝令からの連絡です。一個中隊が消息を断ちました! しかし殿下の足跡がある模様」
「で、伝令はなんと?」
「……怯えて、誰も口を開かないと。心理的な不調を訴えているものもいるそうです」
「魔女の、爪痕、か……心理的外傷にならなければ良いがな」
「で、兄殿下を送り込まれる気で?」
王は物憂げに中空に視線をやった。
「あまりにも相手に、戦力が偏りすぎている」
「勝算はあります」
ワクライは言った。
「あの狂犬、司令塔の癖に私闘をこよなく好む。私が一対一だと手袋を投げれば、彼は乗ってくるでしょう。挑発の手も適当に考えている」
「さてはて、思うように行くかな……」
「またもや嬲るか、雑草」
そう言ってワクライは剣の柄に手を伸ばす。
「やめておけ、ワクライ」
王は重々しく言う。
「しかし、父上!」
「私にはわかるのだ」
王は淡々とした口調で言う。
「魔女も、この者も、条理の外にいると」
ワクライは唖然とした表情になる。
「条理の外?」
「言わば英雄と言う奴だな。選ばれたギフトを持つ者。それを上手く使う度量、人望を奪われないカリスマが統率者には求められる。それもまたギフトだ」
王は、諭すように言う。
「私はお主に武より、後者を求めておるのだがな」
(おやおや)
男は戸惑うように思う。
(あの小僧の言い分とは違って、随分と理性的な人物のようだ)
「私は行きます。あの者の首を取りに」
「……わかった」
足音が去っていく。
一つ、溜息が響く。
「大臣」
王は頭痛を堪えるように頭を抑え、呟くように言う。
「なんでしょう」
ひりついた空気に怯えるように、上ずった声を上げる大臣。
「下がっておれ。近衛もだ」
「しかし、それでは陛下の身が」
「私が良い、と言ってるのだ、下がらせろ」
初めて感情的に王は言う。
大臣含め、近衛も、慌てて駆け去っていった。
しばし、沈黙が漂った。
男は戸惑う。
(――はて、さてはて)
「俺に、なんの御用で?」
またしばしの沈黙を挟み、王は呟くように言った。
「第三王子は妾の子でな」
「ほう」
「可愛がれば正妻の子の示しがつかん」
苦悩が垣間見える声だった。
「ままならぬのだよ」
「なら、俺も押っ取り刀で参加しましょうかね」
そう言って、男は微笑んでワクライの後を追う。
「俺はこう見えて、博愛主義者なんですよ。会話で解決と行きやしょうや」
王は初めて苦笑する。
「食えない男だ。何を企んでおる」
「趣味の範疇です。俺が英雄なのか、それとも英雄の師でしかないのか、確かめたい。生きた証と言うやつですかね」
そう嘯いて、男は去っていった。
「真、食えない男よ」
天を仰いだ王だった。
杖で地面を二度突く。
音が鳴り響き、大臣達が戻ってくる。
「次のお目通りを望む者が……」
「通せ」
その時には、既に鉄仮面の王に戻っている。
つづく




