「あんたの口調にすっかり染まっちまったよ」
「オッサン」
中年の男を揺さぶる。
黙っていればイケオジ。
喋れば残念。
それがこの男。俺の師、レイヴン。
「オッサン、起きろや。昼だぞ」
「なんだぁ小僧。随分口調が様になってきたじゃねぇか。ここに来た時は私とかそなたとかキザ野郎みたいな物言いをしてた癖によう」
撫でようと伸ばされた手を払いのける。
そしてそっぽを向く。
「あんたの口調にすっかり染まっちまったよ」
そこまで言って溜め息を吐き、続ける。
「気を抜くとすぐこの口調が出るのだ。これでは私らしくない」
「良いね良いね。その司令官と前線の兵で物を見る姿勢」
そう言って、オッサンは足で俺の足を絡め取る。
「あっ」
「俺が足を動かしたことを察知できないようじゃまだまだだな」
足で足を掴まれて頭をわっしわっしと撫でられる。
「やめろオッサン、股間が私の高貴な袖につく」
「しゃらくせぇ、おめぇが着てるのは庶民の服だ。もっともっと庶民に染まれ」
解放される。
なんつー馬鹿力。
「そしたら良い王になれるぜ、お前さんは」
そう言って、オッサンは小気味良く微笑んだのだった。
澄んだ夏の青空をバックにしたその姿。
背景の白い雲まで。
何故だろう。
日常のあんな些細な一シーンを覚えているのは。
そこでふと、流れるだけの光景だった中に、本来の意識が浮上した。
(夢……過去の夢、か)
溜息混じりに目を開ける。
そして、唇の片端を釣り上げる。
「うむ、故郷の空気は美味い」
そしてふと、自分の額に影が落ちていることに気がつく。
魔術に疎い俺でも本能レベルで察し取れるほどの馬鹿げた魔力。
ミリィだ。
「なにをやっているのだ、ミリィ」
「この国に入ってからその口調に戻ってますね、クラフト様」
「私は本来この口調なのだ。今まで気を抜きすぎていた。ここからは故郷だ。私は第三王子として相応の振る舞いをだな」
「しゃらくせぇ」
悪戯っぽく微笑んで、わっしわっしと俺の頭を撫でるミリィ。
「でしたっけ?」
心読みやがったこいつ。夢覗いてやがったな。
色々不満はこみ上げてきたが、仕方がない。
「そうだよ。それがオッサンの口調だ。ま、俺も世俗で随分汚れたと言うわけよ」
「汚れたなんてとんでもない。この前の医療術師さんのように優秀な在野の人材もおられます。きっとこの国にもいますよ。クラフト様がスカウトしていない人材が」
「人材発掘も良いのだがな――」
俺は遠い目をする。
「まずは、ハイラルの老王だ」
ミリィは表情を引き締める。
「そのためにも、仙人だ」
「ええ、ヨルムドへ」
「ああ。お前が魔力のコントロールを与え、新たな術を取得する。王を救う鍵はそこに隠されている。追放された俺達も大手を振って帰れるってわけよ」
「そっちの口調の方が良いなあ……」
はっとして気を取り直す。
「そうも行くまい。王族は王族として相応の振る舞いをせねば……ならぬのだが」
溜息を吐く。
「随分そなたにも気を抜かされた。城も離れたしな。うろつく際に貴族の口調と言うわけにもいくまいな」
「心、読みました」
ミリィが微笑む。
「私が良いって言ったから決めましたね?」
図星を指されて頬が紅潮する。
「ば、ば、ば、馬鹿野郎!」
「そこの童貞処女貴族夫婦ー。料理がそろそろできそうよー」
「誰が童貞だ!」
「誰が処女よ!」
「え」
お互いの声が綺麗ハモった。
お互いわなわなと震えている。
「クラフト様、その、非常に下世話な言葉を口にして申し訳ないのですが、非童貞なのですか?」
「そなたこそ、非処女なのか?」
「コントやってないでそろそろこっち来なさい年少組ー」
「……やはりそろそろ王族の威厳と言うやつをばしっと叩き込まないと後々やばいのではないか?」
「柄じゃないですよ。私は地下室育ち、クラフト様は放浪王子ではないですか。それも、互いに今は凶状持ちです。それに私達はどうやら世間で言うところの童貞処女のようですし」
「……だがなあ」
苦笑交じりに背伸びしたミリィに再びわっしわっしと撫でられ、げんなりする俺なのだった。
「それにしても」
気を取り直して呼吸を吸う。
「故郷の空気は美味えなぁ。オッサン元気かな」
「元気ですよ。お強いクラフト様のお師匠様なのですもの」
「ヴーンより強い人がなんか言うてる」
「そういう言い方はぐさっとくるなあ」
「ガキ二人、ダッシュ」
「新婚夫婦、いつまで内輪でいちゃいちゃしてんのー?」
苦笑して顔を見合わせ、呆れながら歩き始める俺達だった。
「お前らも随分慣れたなあ」
声をかける。
今日も一行は和気あいあいとしていた。
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「国王陛下が俺になんの御用で? 俺は下賤の民だ。こんな王宮相応しくねえや」
「第三王子をあこまで強くしたのはそなただと聞いておる。あれは愚息であった。それが一級戦力にまで育ったのはそなたの功績が大きいだろう」
「それは大きく買ってくれたもので。で、要件は?」
「第三王子の首を持ってこれるか」
男は考え込んだ。
「ま、五分五分ですな。奴が進歩していないなら、七分三分と言ったところか」
「父上!」
影で様子を見守っていた第二王子、ワクライは割って入った。
「あのような狂犬、このような雑兵に倒せるとは思えませぬ。ここは私が! 秘策があります」
「ワクライ。お前の内政手腕には目を置いておる。しかし、お前は政官だ。武官ではない」
「私とてミルド流剣術の後継者。一級戦力です」
「譲れぬか」
「良いじゃないですか、王様。やらせてやりゃあ。けどよ」
男はにやりと笑う。
「人質になる前に死になよ、その覚悟があるなら行きな」
ぐっと詰まるワクライ。
「これ、辞めぬか」
男はオーバーに肩をすくめる。
「ジョークですよジョーク、殿下。貴方様は王家の一族だ。命は粗末にするものではない。それをするのは私のような雑兵です」
「嬲るか! 雑草が!」
そう言ってワクライが剣を抜いた。
男は素手。
ぽりぽりと顎を手でかく。
這いつくばっていたその体が、すっくと起こされた。
「いつでもきなせえ」
ワクライは剣を振る。それを軸を逸らしただけで避ける男。
ワクライは目を見開くが、次の瞬間相手の足を引っ掛けようとした。
その次の瞬間、世界が回転し、正拳突きが目の前にあった。
思わず、目を瞑る。
衝撃は来なかった。
「へぇ、筋が良い。初めて会った時の小僧より随分格が上だ。頭上から襲って相手の意識を上にやった後に足技に頼る変則さも王家には元来ないものと見受ける」
「ワクライ。道を誤ったな」
冷たい声にワクライは震える。
そして、勇気を振り絞っていった。
「父上! 私はあの狂犬より価値があることを証明したいのです! その上で、ハイラルの跡目を私にお譲りください!」
「……良かろう」
ワクライは表情を緩めた。
奪ってやるぞ、お前の嫁と国。
生意気な弟をわからせてやろうとワクライは舌なめずりをした。
「卑怯な手を使わなきゃ。正々堂々は考えなしの民のやることですよ、で・ん・か」
その一言でワクライはカッと来た。
「私は正々堂々一騎打ちでやつを討ち取る所存、邪魔をしてくれるな!」
「なら、ミョル鉱山から、ハイラルの境目辺りに進むべきでしょうな」
男はにっと微笑む。
「そこら辺を奴は歩いているはずです。俺が教えた抜け穴を通ってね」
「ふむ……」
ワクライは考え込む。
「そこの雑草。お主、私を謀ろうとしているのではあるまいな?」
「いえいえ、私はあの小僧などに肩入れはしておりませぬ」
ワクライは踵を返して歩いていった。
「ありゃ、昔初めて会った時の小僧に似てるなあ。コントロールしやすいったら」
男は、ポツリと呟いた。
つづく




