「ハイラルとも暫しの別れですね」
「なんつー怪我を……」
医療機関の術師はリーシェとリディの怪我を見て絶句したようだった。
それもそうだろう。
包帯で止血したとは言え腕、太腿、腹、胸、様々な箇所から血が滲んでいる。
致命傷を避けたのは奇跡としか言いようがないだろう。
こればかりは生まれ持った運だ。
ミリィが荷物をまさぐる音が聞こえる。
そのうち、一つの荷物を見つけたらしくがさがさと引きずり出す音がする。
「これは王家縁の者の紋章です。これがあれば、少しの無理は通るはずです。この町一番の医療術師をつけてください」
「町長の許可を取っている暇もない。やむない、私が対応しましょう」
術師がそう言うと、緑のフィールドが二人を包んだ。
治癒魔術だ。
どうやら幸い、この町一番の術師とあたったらしい。
「しかしあんたら……いや、貴方様方は何者なんです?」
「なに、王家のドラ娘と言ったところです」
あ、後ろで膨れてるのを感じる。わかりやすいやつ。
「王家のドラ娘……?」
術師が思案するような表情になる。
(あ、やばい……)
「大丈夫です、クラフト様」
静かに、躊躇うように、ミリィは言う。
「私も流石に、痛い目を見て学びました。どうして、痛い目を見るまで学ばないのか……」
「そういうものです、名も知れぬプリンセス。人は愚かなものなのですよ。私もこの歳になっても学ぶことばかりでね」
術師は優しく微笑む。
俺はミリィの目の端を拭って涙を取ってやった。
「貴方方二人は夫婦ですね」
「わかりますか」
「この二人の治療にはちと時間がかかります。裏のキッチンとダイニングで紅茶でも飲みなさい。勝手に漁って良い。男所帯だからちと荒れているのはお気になさらず」
「ありがとうございます。ご配慮感謝します。二人は……助かりますか?」
流血が始まってからしばし時間がかかった。
広範囲な魔術探知に長けたミリィがいて助かった感じだ。
それでも大きな血管を傷つけたこと感は否めず、どれだけ血が流れたかは想像もつかない。
二人の顔は、ここに来た時既に白くなっていた。
「間に合わせるのが私の仕事ですよ。どうぞ、お二人でお待ちください」
にっと柔らかく微笑んで、術師は力を込めた。
緑色のフィールドが輝きを増す。
この術師、何者だ?
そう思いつつも、キッチンに移動した。
「そなた、お茶のいれ方はわかるか」
ハエの沸いたキッチンで二人顔を突き合わせる。
「私は世俗に疎いゆえ茶と言うものがそもそもわかりませぬ」
キョトンとした表情で言うミリィ。
そうだ、こいつ地下室在住引きこもり魔女だったんだった。
「今、言語化はしづらいのですがすごい失礼なこと考えましたね?」
ジト目でずいっとよってくるミリィ。
「まあまてまて、そなたに茶を振る舞おうと思っていたところだ」
「本当かなあ……」
「真だ、真。椅子に座って待っておれ」
さて、困った。
茶のいれ方なんて俺全くわかんないんだけど。
「クラフト様、無理をなさらずとも良いのです」
沈んだ声でミリィは言う。
「私のような者のためにここまでしていただいて。お二人にも苦労をかけて。私はそれだけで幸せ者でございます」
「なにを言うか。まだそなたの父上を取り返しておらぬ。私はそなたの父上にまた会いたい。あの方は私を実の息子のように扱ってくださった」
ミリィははっと息を呑む。
「私にとっても恩人なのだ」
「……そこまで言っていただいて、父上も感謝していると思います」
涙声で言うミリィだった。
「それに、私達を追放した悪党をのさばらせておくわけにはいかない」
かた、と気配がして、俺は振り返った。
術師だった。
「治療、終わりましたよ」
「こんなに早く?」
あんな瀕死だったのに。
どんな魔術だ。
いや実際魔術なのだが。
「ええ。もう少しすれば、気がつくでしょう。まったく最近の若者は茶のいれ方もわからぬらしい。私が取り仕切りましょう」
そう言って器具を取り出す。
まるで実験機器のような様相だ。
「名も無きプリンセス、火の魔術は習得していますか?」
「逆に、生まれ持った火と熱を応用した程度の風の魔力しか使えません。この国の魔術師は大概そうです」
「では、水を沸かして欲しい。水はこちらで用意します」
そう言って術師の指先から出た水が実験器具に注ぎ込まれていく。
そこに術師はぽいとなにか不可思議な草を入れた。
ミリィが恐る恐る指を持っていき、炎を生み出す。
実験器具は溶けていた。
「……高かったのですが」
「申し訳ありません」
「盗みぎくつもりは無かったのですが、お二人の話、聞いてしまいました」
術師は少し申し訳なさそうに言う。
俺の体に緊張が走った。
「……俺達を、売りますか?」
「クラフト様、この人、そんなつもり無い。むしろ、逆!」
「と言うと?」
「この人、凄い私達に理解がある……」
不可思議そうにそう言うミリィだった。
「その能力、やはり地下室の姫君なのですな」
そう言って術師は俯いた。
その表情は見えない。
「最近憲兵が落ち着かなかった。どうせ王宮でなにかあったのだろうと思っていました。治療は急ぎました。二人ともそのうち気づくでしょう」
「そなたも、我々の旅の仲間に加わってくれませんか? このメンバーには穴がある。医療関係が少し心許ない」
「――報酬は?」
術師の目が鋭く煌めく。
「宮廷医療術師長のポジション」
術師は苦笑する。
そうすると皺がくっきり目立った。
「私は権力闘争に飽き飽きとした世捨て人だ。しかし貴方達が戻ってきて、国を建て直すつもりならば……その時は、陰ながら協力しましょう。さて、そろそろお仲間が起きる頃だ」
そう言って術師は俺達に背を向ける。
「急ぎなさい。名も無きプリンセス。貴女の魔力量は遠隔からでも探知するには十分過ぎる」
「ありがとうございます」
「この御恩は決して忘れません」
二人、口々に言って駆け出す。
そして、俺はリーシェとリディを。
ミリィは荷物を抱えて駆け出した。
「旦那様ー」
ミリィが情けない声を出す。
「ミリィはこんな重い荷物持てませぬ」
「そうか」
ひょいと彼女の荷物を口で抱える。
「今度はミリィの持つ物がありませぬ」
(馬の操縦してくれ)
「ミリィには無理でございます」
あ、沈んだ声。
(護衛頼んだ。これじゃ誰も守れん)
「はいっ」
ころころと変わる感情。
これでこそ、ミリィだ。
(懐かしい……)
涙が一筋こぼれる。
察されまいとした。
けど、読まれてしまっているだろう。
(まったく、人の心を見通す力というのも不便なものよな)
「私も、東方の仙人様がいると言うなら、コントロールを習得したいものです」
(そうしてくれ)
灰色の空を抜け、馬を置いて駆け出す。
ミリィの歩調に合わせて、俺にしてはゆっくりと。
「馬は置いていくので?」
(このままじゃ乗馬もできん。階層を抜ければ転移魔法の恐怖からは逃れられる。一旦は階層を抜けるんだ)
「了解しました。護衛、張り切ります」
張り切ったその後、低い声。
「旦那様。そのお二方の胸、当たってません?」
(当たってない当たってない)
「ミリィは見えているのでございます」
すっかりバレていた。
そして、俺達は階層の前にたどり着いた。
旧時代に作られた土地を分断する白い魔力のカーテン。
それは関所以外に人を通行手段を奪う古代人のテクノロジーなのだ。
「……本当に抜けられるのですか?」
(術の使えぬ私にはいまいちわからぬ。けどオッサンはこの辺りだと言っておった)
「それにしても、気取ってますね。俺、で良いですよ、クラフト様。気抜いた時には俺って出るじゃないですか」
(気を抜いている場合でもあるまい)
苦い顔で言う。
「探知、探知……あ、ここ広げられます、クラフト様! 凄い。古代魔術のほころびを見つけるだなんて……クラフト様のお師様は何者で?」
(ただの不良中年……そろそろジジイか)
ぼやき混じりに言う。
(ただ、喧嘩だけはとびきり強かった)
「野蛮な方だったのですねえ」
そう言って、手をかざすミリィ。
大地を振動させる火柱、二頭の巨大な炎の龍、八又の蛇が次々と襲いかかった。
流石戦略兵器。やることの桁が違う。
「魔力をぶつけて無理矢理ではありましたが綻びがかなり広がりました。けど、すぐに縮まるでしょう」
そう言ってミリィは階層を抜ける。
俺も、それを見習って後に続いた。
「わ、青空……」
俺達は小高い丘の上に建っていた。
澄み渡った空。
「これが俺の故郷の空だ」
微笑んで言う。
リディとリーシェも目を覚ます。
地面に降ろすと、二人とも内股で座ってぼんやりとしていた。
「クラフト様、ヴーンは!」
緊迫したリーシェの声に、優しく言う。
「ミリィが倒した」
「ミリィちゃん」
リーシェがミリィに抱きついて押し倒す。
「リーシェちゃん、ありがとう。ほら、ほら、空、見て。きれいな青空だよ」
「おお、私は今日と言う日を忘れないでしょう」
「大げさだなあ。ハイラル民にはそんなに驚くことなのかな。まあそんなもんか」
「ええ、ええ、私達の国は常に火山灰が空を覆っておりますゆえ」
目を輝かせているリーシェ。そうしていると子供みたいだ。
「……移住、考えよっかなー。てかミリィちゃん起きたんだ。おっはよー。なんかヴーンが接近してきたところまでは記憶があるんだけど……」
「ポンコツ」
リーシェが刺すように言う。
「酷い」
「あんた実力はあるのよ実力は。自覚があれば最強なんだけどね」
「ハイラルとも暫しの別れですね」
ミリィがしみじみした口調で言う。
「俺も第二の故郷から出るような心持ちだ」
しみじみとした口調で俺も返す。
「そうですね」
ミリィは意味ありげに微笑んだ。
あれ、なんか変なこと言ったっけ。俺。
「じゃ、行くぞ、徒歩!」
「えー、馬は!」
「置いてきた」
呟く俺に不平の声を上げるリディ。
「ま、王宮の早馬でして、乗り手が去ったと察せばすぐに王宮に帰るでしょう。そう訓練されている」
どうでも良さげに言うリーシェ。
「ね、旦那様」
「なんだ、ミリィ」
抱き寄せて言う。
「俺は少々、どっと疲れが抜けた感じだ。平穏とは、良いものだな」
「旦那様の故郷、教えてくださいまし」
「ああ、わかった。そうだ、ミリィ、結婚」
「立会人が私達二人で良いので?」
「俺にとっては立派な戦友だ。ミリィはどうだろう」
「私も異存はありませぬ」
「では」
リディが手を高々と掲げる。
「略式ではありますがオーヴァ神に互いの名を告げなさい。二人はその下で互いを主とし互いを従とするでしょう」
なんか畏まってる。
意外とそういう事もできるらしい。
「意外だって思ったでしょ」
「お前も心が読めるのか?」
「今教室の冴えないやつが運動会で大活躍したのを見たような嬉しいような複雑なような気持ちが表情に出たから」
「私も気をつけねばなるまいな……何を愉快そうにしている、ミリィ」
「いえ、なんでもありませぬ。賑やかだなと思って」
(俺も皆の心を読んでみたいものだ)
「たーがーいーのなーまーえーをつげるっ。これ結構魔力使うんだから」
「妻をミリィとする」
「旦那様がクラフト様であることに相違はありませぬ」
天から光が差した。
俺達の間に魔力の繋がりが産まれたことがわかる。
「さ、旦那様」
ミリィが俺の手を握る。
「貴方の世界を案内してくださいまし」
「ああ、わかった」
俺達は微笑んで、徒歩で歩き始めた。
+++
「階層を突破した、だと」
ミルドの王は、目に冷酷な光を浮かべた。
「あの面汚しめ、生きてノコノコと……しかも、ハイラルの王女を連れているのか?」
「左様でございます」
ハイラルの大臣が畏まっていう。
「……王女は返そう。面汚しはすぐに処分する」
「ありがとうございます」
ハイラルの大臣の口元が、だらしなく緩んだ。
ハイラル編・完
次回からミルド編が始まります




