「あれってヴーンですよね?」
「あれってヴーンですよね?」
階層も見えてきた頃、リディが小高い丘から伏せて言う。
「ここを抜ければミルドの国へと行けるのだがなあ。最期の嫌がらせか」
「流石にここを抜ければ階層越しに転移魔法は使えないでしょうが。ヴーン……ヴーンですよね、あれ」
リーシェが顎に手を当てて苦悩の表情を見せる。
俺達が見下ろしているのは巨大な門番だった。
魔力探知機が赤く点滅し、周囲を旋回している。
両手には巨大な剣。
俺の持つ神通力とミリィの使う魔術を併せ持つ過去の時代のイレギュラーだ。
俺の二倍の身長はあるだろう。その体躯がゆっくりと探知を続けている。
二倍の身長。体内を巡る神通力も俺の倍と言った感じだろうか。
「横方向の魔力しか探知できないんだな」
俺は安堵混じりに言う。
事前情報通りだ。
「どうにか上空から破壊できぬか」
「試してみます? 一定以上接近するものは探知すると聞いております」
そう言って、リーシェは灰を水で固めて一纏まりにしてヴーンの頭上に投げた。
巨大な頭が開き、魔力の矢が大量に発射される。
灰は跡形もない。
「ね」
過去に記憶をやる。
それは師とも言える男との記憶。
「オッサン、ヴーンと戦ったことがあるってほんとか?」
男は俺のキンキン声にうなされるようにのっそりと起き上がった。
「んー? ヴーンだ? 誰に聞いた面倒っくっせぇ……」
「げ、下賤だ」
呆れ混じりに言う。
こうもストレートに感情をぶつけられた経験が少ないからしばし戸惑う。
歯に布切せぬ、と言うやつだろうか。
「奴を破壊するのはだな」
鋭い犬歯が見えた。
「サーチを掻い潜る狼のような素早さと、圧倒的な武。これに尽きる」
回想を辞める。
参考になるデータが抽象的な自慢話しかない。
これだから師と呼ぶ気分が失せる。
「どうしたものかなあ。あんな骨董品まだ動くんだな」
「火山地域にはまだ未発掘の遺物が残っているので、ああいう玩具も残っていたのかも知れませんね」
「時に、火山の管轄は?」
「王家です」
「そこから導き出される推測は――やはり敵は宮廷内と言う事。既出情報でしかないな」
「しかしあんなものが残っているとは。徹底的に破壊したとはなんだったのか」
呆れたように言うリーシェ。
「こんなケースを危惧して、緊急時のために王家が極秘裏に発掘、保管していたのかも知れませんね」
「大丈夫なのか、ハイラル王家は。倉庫を漁られているではないか」
「私だって良い思いはしませんよ。王家直属師団長でしたから」
「で、どうするの?」
リディが迷うようにこちらを見る。
腕を組んで唸りこむ俺達。
「ひとつやってみるか。駄目なら他の手だ」
「医療術師もいるし、やるだけやってみますか。手ぐらいなら切断されても治癒出来るでしょう、リディアなら」
「ということだ。頼むぞ、リディ」
「王子殿下とリーシェちゃんは覚悟決まりすぎなのよ~」
呆れたように天を仰ぐリディ。
「逆よ」
リーシェがリディの唇を指で塞ぐ。
「あんたに責任感が足りないの」
反論しようとするがリーシェに下唇を抑えられ喋れないらしい。
苦笑して彼女達に背を向け、飛び降りる俺。
つづくリーシェ。
ヴーンの魔力探知機構が薄い赤色から血反吐を連想させる紅色に変わった。
「ヴー……ン」
唸り声のような機械の駆動音。
「なるほど、それでヴーンか」
「正式名称はなんなんでしょうねえ」
「あんたら気緩みすぎ! 前! 前! 来る! 来る!」
「わかってる!」
リーシェは叫び返す。
「わかりますか王子殿下。敵の体内に魔力が充満し始めたのを」
「これだけ近いと肌でなんとなく感じるよ。俺達の表皮を覆うような自然魔力はないんだな。人工魔力だけだ」
「左様。それゆえにある程度予測はつく……来ます」
静かな声で二人、剣を抜く。
「ヴーンヴーンヴーンヴーン……」
巨大な腕が振りあげられた。
「そっち右!」
「りょ!」
俺達は左右に分かれた。
巨大な剣は岩を砕き、火山灰を跳ね上げ、地面を叩き割る。
俺達は後方を取る。
(圧倒的な武か。センサーはまず掻い潜った。武は、足りるか?)
あの男と比べて、と最期に付け加える。
若干自信がない。
「来ます!」
リーシェの声。
魔力の矢。
大量に発射される。
すんべのところでとどまるが、ホーミング機能が付いているらしく穂先が曲がってくる。
「げ」
「それは計算になかったなあ」
ぼやく俺達。
「あんたら危ないわよー! 王子殿下ー! 危ないー!」
「リディア、そろそろなんか来ない?」
リーシェが魔術の矢をテントの屋根で散らし、その隙を縫って俺がヴーンの頭部に剣を叩きつける。
「駄目、か」
苦い顔で言う。
少しへこんだだけだ。
魔法の矢が一斉に放たれる。
「決定打が、決定打が欲しい……」
「あの馬鹿げた装甲を突破する力が……」
「俺達にはない、圧倒的な、武」
期待は一点に注がれた。
「え、皆私なんか見てる?」
間抜けな顔で言うリディ。
ぷっつんはまだらしい。
「こうなりゃやむなし!」
そう言ってリーシャは丘へと飛んだ。
矢を放ちつつ追尾するヴーン。
近づきつつあるリディ。
「ぎゃああああ貴重な医療術師を巻き込むとか何考えてるのよあんたー!」
「あんたに任せた」
涼しい顔で言うリーシェ。
あ、ぷっつんって音がした。
「ばっかやろうーーーーー!」
リディの怪力の拳が不意打ちに浮き上がってきたヴーンに突き刺さる。
「どうだ?」
地面から丘へと追いつきつつ叫ぶ。
「ヒビが入った!」
リーシェの緊迫した声。
リディが連打をする。
徐々に壊れていくヴーン。
しかし追撃の矢は激しくなり、俺達は後ろを一切見ないリディの護衛に回される。
「ぐっ」
リーシェが足を射抜かれた。
そろそろ、限界かもしれない。
撃ち落とす矢が多すぎる。
「お前にしては博打だったな、リーシェ。リディをよほど信頼していると見える」
「古代文明の装甲ってとんでもないですね……申し訳ない、王子殿下だけでも王女殿下を連れてお逃げなさい」
そう言って、押し飛ばされた。
矢の下をくぐり、地面を滑る。
はっとして振り返ると、矢の雨が二人を射抜いていた。
二人が地面に倒れ伏すのがスローモーションに見えた。
どうすれいい? どうすればいい? どうすればいい?
脳裏に会話が蘇る。
「この国の階層に移る前に、丁度良い景色があった。小高い丘の上から空を一望できる場所だ。読めなかったか?」
「一度に読み取れる量には限りがありますゆえ」
「じゃあ、一緒に見に行こう」
ミリィは本当に幸せそうに微笑んだ。
「旦那様と一緒なら、何処へでも」
空は曇天。階層の向かい側には太陽の届く地がある。直ぐ側だ。
俺は、頭上に超小型太陽を打ち明けた。
太陽は、曇天を貫き、日光が地面に差す。
それは、ミリィの瞳を優しく照らしていた。
「帰ってこい、ミリィ、青空だ! 青空まで来たぞ!」
叫ぶ。
ヴーンが腕を上げる。
今にも巨大な剣が二人の肉体を破壊しそうだ。
慌ててそれを受け止めに走る。
「お前の父上は生きている!」
肌を刺すような巨大な魔力。
地響きがしていた。
馬鹿みたいに巨大な魔力。
魔力探知を使えない俺でも肌を刺すように感じる魔力。
思わず唇の端が持ち上がった。
上等。
「お目覚めかい、お姫様」
「はい、ありがとうございます、王子様」
俺達は久々の会話を交わす。
涙腺が緩んだ。
ヴーンの刃をはねのけ、丘の下に蹴り出す。
(頼んだ)
もう声に出す必要もない。
俺達は通じ合っている。
「任せて」
既に火山灰はまた空を覆っている。
その空に打ち上げるような巨大な火柱が巻き起こった。
「ヴーン……ヴーン……ヴヴヴヴヴヴヴヴヴゔゔ……」
小さく震えて、ヴーンは破片となって消滅していった。
「ミリィ!」
俺はミリィに駆け寄る。そして、抱きしめた。
火柱の後には、しばし青空が見えていたが、それもあっという間に閉じた。
ミリィは俺を抱きしめ返した。
「そなたは医療術は使えるか?」
「ごめんなさい、習ってない魔法は使えないのです。私が使えるのは炎系の術のみ」
「馬は乗れるか?」
「無理です」
「そうか……」
「ごめんなさい、二人を運ばないといけませんね」
「ああ、命の危機だ。流血が酷い。まずは止血からする。リディには気をつけてくれ。さっきまでぷっつんしてたから」
「ぷっつん?」
(ジェラシーで頭が一杯になった時のお前みたいな奴のことだよ……)
ぼやくように思うと、頬を膨らませた我が細君なのだった。
このやり取りも懐かしくて、俺は思わず苦笑した。
すぐにその表情が引き締まる。
二人の命は刻一刻と流れ出ていっている。
つづく




