「あの、俺の傷、治ってないみたいなんだけど」
雨がやみ、俺達は再び馬に乗って進み始めた。
リディとリーシェが同じ馬、俺とミリィが同じ馬だ。
並走する。
「あの、リディさん? リディアさん?」
「リディでいいです、王子殿下」
「あの、俺の傷、治ってないみたいなんだけど」
「えー、そんなはずないですよ。私、やけど程度なら治せます」
「さっきから気分悪いし熱っぽいし、これって重度の火傷の症状じゃないか?」
ぽん、と手を打つリディ。
「ああ、王女殿下を託されて途中で中断したんでした。わっすれちゃってたなーあっはっは」
ゲンコツの音が今日も鳴り響く。
それもお馴染みになりつつあった。
「あのね、リディア。この人は国賓! 国賓なのよ! なにかあれば外交問題に発展するんだよね!」
「リーシェ、良い、良い。俺も追放されたも同然の身の上故。国もさほど気にせぬだろう」
「しかし、こうも抜けていては先が思いやられます。術師学校に通っていた頃は頼りになっていたのですが……すっかり鈍ったようで」
最期の一言は苦々しげだった。
「ちょっと抜けただけじゃん、抜けた」
そう悪びれずに微笑むリディ。
再びげんこつ。
「馬止めるから今すぐ第三王子殿下の傷治療終わらせな」
「あい」
二人して馬を止める。
とぼとぼとやってくるリディだった。
「しかし王都の術師学校だろう? エリートじゃないのか?」
「術師学校にも初等科中等科高等科があります。我々は初級科でその役割に適応した簡易的な術を学んだだけなのです」
「そうそう、エリートなんて程遠い、しょっみんでーす! 良いわね、あんたは成り上がって」
リディは俺の手に指を這わせ治療を再開する。
ぬるま湯に浸かっているような感覚。
ミリィが正気に戻ったら怒り狂うだろうな、と思い苦笑する。
「私は身体能力あったからねえ」
「馬鹿力よ、馬鹿力。ゲンコツかげんなさいよ」
「かげんしなかったら今頃あんたの頭は木っ端微塵よ」
飄々というリーシェだった。
三日三晩、そう言ったトラブルもありつつ走り続けた。
食料はリディの家からの持ち込みと、リーシャの魔術の水のみ。
それも保存食なので、長く保った。
輸入が多い国柄ゆえ、長期保存に利がある商品ばかりが店の棚に並ぶそうだ。
そう言えば王宮で食べたご飯も大体塩っぱいか粘着質だった。
この国の人の三割が食事上の健康障害を引き起こしているというのも納得がいく塩っぱい味。
「……過酷な地だ」
ぽつり、呟く。
「しかし庶民は庶民なりにたくましく生きておりまする」
リーシェが飄々とした口調で言う。
「いい国だな」
リディは微笑む。
「ええ、私の好きな国です。この曇天も含めてね」
そこは意見の分かれるところだと思う。
青空を俺の記憶の中の映像として知った時のミリィの喜びようが遠い昔のことのように思える。
地響きがした。
見上げると、遠くの火山が火を吹いているのがわかる。
「これも定期的なことなのです」
リーシャが淡々と言って、塩漬け肉を食らう。
「かつて行われた魔導研究。そこで本格的におかしくなったらしい。子供の頃から見慣れておりますゆえ我々には日常の風景です」
「この国に来て始めて見たな。知らないことだらけだ」
「国王陛下は何も教えなかったので?」
「しばらくは自分が現役で、俺は娘のお守りという位置づけだったのかもしれないなあ」
「ゆくゆくは王となる身、国のことを知っていてもらわないと困ります」
リーシェの小言がざくりと来た。
「さて、来ましたね」
「ああ」
俺達は剣をもって立ち上がる。
リディが間抜けな顔をして俺達を見上げる。
「なに? なになに?」
「肌で感じるんだ。異変を」
空間が歪む。
そこから、大量の兵士が俺達を取り囲んだ。
軽装だが、簡易的な鎧に身を包んでいる。
なるほど、術で駄目なら武で来たか。
「なんで? 私、最近は治癒魔法も使ってないよ!?」
リディが悲鳴の声を上げる。
「なんなら大声も出してない!」
補足のように言う。
「大声なら今出してるじゃない。王女殿下よ」
気づかなかったのか、と呆れたように言うリーシェ。
「魔力を魔力探知に回してみなさい。私はおぼろげに分かる程度だけど、あんたレベルの魔術師ならーー」
「なにこの馬鹿げた魔力量!? 馬鹿じゃないの!? 馬鹿じゃないの!?」
一気に真っ青になるリディ。
「これじゃ遠方から刺客を送られ続けて終わりじゃない!」
再び上がる悲鳴のような声。
結局、王宮に関する謎は残ったままだ。
拷問しても、あの暗殺者は吐かなかった。
そのまま朝になり、雨がやみ、店で買物をして進んだ次第だ。
ただ、空間転移の呪文が使われた。
国王陛下を異界に転送したという術者は、やはり宮廷内にいる。
「俺とリーシェがいれば」
そう言って俺は剣を水平に構える。
「大丈夫!」
そう言ってリーシェは剣を大上段に構えた。
一瞬の静寂。
そして激しい鋼と鋼がぶつかり合う音。
リーシェは五本の剣を受け止め押し返し、蹴倒し、俺は三人を駆け抜けて切った。
(大見得を切ったものの……危ないな)
「一歩間違えば、乱戦に……なってるか」
リーシェが呆れたように言う。
敵味方が入り乱れる大混乱だ。
そん中、一人。
ミリィの存在に、気づいたものがいた。
近寄る男。
「やだやだやだやだー!」
駄々っ子のような悲鳴を上げるリディ。
「今行く!」
「大丈夫! 眼の前のことに集中して!」
リーシェが鋭く叫ぶ。
(大丈夫って、何が!?)
「やだー!」
そう言うと、リディは暗殺者を蹴飛ばした。
暗殺者が血反吐と臓物をぶちまけて後方へと吹き飛び、他の暗殺者も巻き込み転がっていく。
「やだー! やだー!」
そう言って手当たり次第に掴んではぶんまわし掴んでは潰し、要領良く大軍を薙ぎ払っていくリディ。
「……あれは、なんだ」
俺は呆れたように言う。
「貴方の言うところの、神通力の使い手ですよ」
ぼやくように言うリーシェだった。
「ぷっつんしないと出てこないんですが。いつぞや彼女を虐めた貴族を半殺しにして危うく処刑されるところでした」
「半殺しで良く済んだな……」
呆れたように言う。
周囲は最早脳症と内臓の展覧会。悪趣味なんてもんじゃない。
「魔術を学ぶ前から半殺しにできたんです。魔術を学んだ後は、言うまでもないでしょう」
「……あいつと旅すんの?」
あいつ、剣術とか抜きにした純粋な武なら俺より強くないか?
「ミリィちゃんを乗りこなしかけた貴方なら、乗りこなせると信じてますよ。あれがなければエリートの仲間入りだったろうに、馬鹿ですよねえ」
これも火山の噴火のように見慣れた光景だと言いたげなリーシェ。
十ミオーネも経つ頃、周囲は死屍累々だった。
「お、お疲れ」
ビビりながらも彼女の肩を掴んだ瞬間、拳が飛んできた。
それが俺の傍で寸止される。
とたんにへたり込む彼女。
「王子殿下ー怖かったですー。これ王子殿下がやってくれたんですね? ありがとうございます。リーシェちゃんも良くやってくれたんですよ」
「……お、覚えて、ないの?」
「覚えて、ないんです。例の貴族半殺し事件では私が黒幕だと思われて難儀しました」
呆れたように言うリーシェ。
こいつを宮廷医療術師に……。
宮廷ヴーンの間違いじゃないか?
かつて魔術の発達した時代に生み出されたという人造殺戮兵器ヴーン。
彼女の殲滅力はそれを彷彿とさせた。
「彼女も立派な戦略兵器足り得るのですよ。防御がちょっと雑なんですけど、勢いでごまかせる程度には制圧力があります」
「……先が、思いやられるなあ」
肩を落とす俺だった。
「医療術師は必要でしょう?」
「必要、だけどなあ」
なんで俺のところには難人材ばかり集まってくるのだろう。
卓越した王の下には勇者が集まるというが、俺の元に集まるのは変人ばっかりだ。
(ま、まあ心強い戦力と思えば……いや割り切れない、一歩間違えれば俺もミリィも危うかったぞ?)
疑わしげにリーシェを見る。
彼女は首を横に振った。
さらに肩を落とす俺だった。
周囲にはリディの泣き声だけが響いている。
つづく




