「これが……王女殿下。綺麗な方ですね」
「すまん。俺のせいで足止めだ」
俺は苦笑交じりに言う。
リーシェは面目なさそうにしていた。
「いえ、私こそ、追手に気づかぬとは。しかし雨の中でどうやって足音を……」
「その割には実戦経験はなさそうだったけどな。大声出すもんだから位置でバレバレだぜ」
「声で、位置を?」
リーシェは呆気に取られたような表情になる。
「確かに声の位置は大体しか把握できない。けど闇夜の訓練を積めば、詳細な位置も掴めるようになる」
「我々は魔力で探知しますが、貴方は物理的な能力で探知するのですね」
呆れたように言うリーシェだった。
俺は治癒魔法を受けている。
リーシェの友人だと言う。
彼女の瞳には、怯えが宿っていた。
「これが……王女殿下。綺麗な方ですね」
「悪いが、風呂に入れてやってくれるか。濡れて凍えてると思う」
「そんな、王族の裸を見るなんて恐れ多い。旦那様である貴方がやるべきでは?」
やりたくない、と声が言っていた。
苦笑する。
仕方ない。
暴走して家をいとも容易く半壊させる少女など恐怖以外の何者でもない。
彼女は老王が言った通り、国家規模の戦略兵器なのだ。
それが今、心を失っている。
術の光が消える。
リディと言う女性は、やむなしと言った感じでミリィを担ぐと、風呂へ連れて行った。
「国王陛下がそんなことを……」
リーシェが口を開く。
「ああ、確かに言っていた」
「つまり、国王陛下は本来なら魔術を異界へ送って無効化していた。それも馬鹿げた魔術ですが、国の魔導書を読破したという彼なら独自の論理もあるでしょう。その上で、それでも抜け出れぬ牢獄に閉じ込められていると」
「そうなるな」
「東方の賢者、か……」
思案するように言うリーシェ。
「どう思う?」
「非現実的です」
バッサリ一刀両断だった。
「まず、ミルドへ抜けるというのは中々に困難だ。階層はどうなされるおつもりです? 関所へ行けば貴方は国賓。国に連れ戻され、ミリィ様は処刑されるでしょう」
「なに、抜け道がある。俺の悪い癖だ」
リーシェが怪訝な表情になる。
「なにかお考えがあると?」
「ああ。俺はあの国なら大体の道を踏破しているからな」
「……王族の言葉とは思えません。ミリィちゃんも中々ですが、第三王子殿下も中々にとんでもな方のようだ」
「親の教育方針と半目しあっていてな。国中を渡り歩いた時期がある」
「私より若いのに、どういう経験をなされて……」
呆気にとられたように言うリーシェである。
「貴方が魔術の素養があることに納得がいきました」
確信を持って言うリーシェ。
「その身体能力、魔術由来のものですね」
納得がいった俺だった。
「……なるほど、ミルドとハイラルじゃ呼称も使い方も違うわけか。確かに俺の国じゃ神通力を体内に伝達させると言われている」
「元々肌の外に薄い魔力の膜がある体内に循環。そうなると自然に溶け込む魔力に相殺されて体内の人工的な魔力も探知されにくいわけか。王家秘伝の技ですか?」
「不良のオッサンの手習いだよ」
「……良くぞハイラルに来てくれました」
リーシェが微笑む。
「しかし、それでも楽観的です。ミルドへ行ってミリィ様が心を取り戻すという保証がどこにありますか」
「……今はその考えにすがりたい。出来ることを全てやりたい。それで無理なら東方の仙人に頭を下げるさ。国王陛下に託された。そこまではやり遂げる」
「……それでも無理なら?」
「思い出を抱きしめて、過去に浸るのも良いかも知れない」
沈黙が漂った。
「ミリィちゃんもですが、貴方も大概ヤンデレです。そんなに住心地が良かったですか? ハイラルは。短い時間だったでしょうに」
「……ハッキリと言ってくれる」
沈黙が漂った。
「俺の母上は長子しか見ていなくてな。俺は乳母に育てられた。父はいつも厳しく、厳しく、厳しくで、俺の居場所は国にはなかった……だから嬉しくってなあ。ハイラルに帰る家ができたって」
「……執着、ですね」
「すっかりこいつが企んだ通り共依存だ」
「大人になってくださらないと困ります。けど、夫婦の支え合いなら応援しましょう」
「ついてきてくれるか」
「元からそのつもりで。ってことだからね、リディアー」
リーシェが叫ぶ。
どたん、と大きな音がして、リディアがずぶ濡れの加工で風呂場から出てくる。
こいつ今、ミリィ倒したか?
苦笑い。
「あ、あ、あ、あ、あ、あんた企んだわね!? そうよ、あんた達を匿ったら私巻き込まれちゃうじゃないの!」
「腐れ縁じゃない。これも国家騒乱を鎮めるため。国王陛下を取り戻した際は貴方、宮廷医療術師になれるかもよ」
「なれるわけないじゃない! あんたねえ、宮廷医療術師ってのはエリート中のエリートよ! 私みたいな木っ端がなれるわけないじゃない」
「あんたは医療しない。エリートを顎で使うのよ」
思案するリディア。
結構俗物。
その切れ長の目が、思案するように細められる。
「……ハイリスクすぎない?」
「ハイリスクだけど、ハイリターンよ」
リディアは顎に手を当ててしばし考え込んだ。
「……あの、リディア、さん、だっけ?」
「あ、はい。王子殿下。ご機嫌麗しゅう」
「俺の嫁、大丈夫かな?」
リディアは真っ青になって風呂場に駆けていった。
「大丈夫か? あの子」
「雑ですが腕は確かですよ」
腕組みして信頼の視線を風呂場に寄せるリーシェだった。
「すいませんー。すいませんー。王女殿下ー」
大声が聞こえてくる。外にも漏れ聞こえているだろう。
「雑なのがほんっとうに玉に瑕。夜で良かった」
苛立ったように言ってずんずんと進んでいくリーシェだった。
その後、頭蓋にゲンコツが叩きつけられた音。
民間医療の心得なら多少はあるのだが、ハイラルの医療術師がついて来てくれるとなると心強い。
雨が止んでいた。
魔女の涙というよりは、俺の涙だったのかも知れない。
「いよいよオカルトじみてきた」
ぼやくように言う俺だった。
つづく




