「俺はまだ、立ち上がれる!」
立ち上がる気も起きなかった。
超小型太陽を維持するだけの精神統一をする。
本当に簡単な魔法だった。
リーシェに言えば剣術畑の人間にしては筋が良いということだったが。
「俺も案外魔法の才能あるのかもな、ミリィ」
わかっている。
反応はない。
あんなに俺の思考に過敏に反応していた彼女が、今は物音一つ立てない。
響くのはテントを打つ雨音だけ。
魔女の、涙。
暫く降り続けるかもなと、そう思った。
「情けねえなあ、俺」
わかっている。
声をかけなくても、心で念じるだけで彼女には通じた。
それをあえて声を出すというのは、どうしても伝えたかったからだ。
「もう、立ち上がれねぇ……」
なにか物音がして、俺は剣の入った鞘を引き寄せた。
「誰だ!」
「……じゃよ」
小さな、小さな声だった。
空間に反響するような、脳内の直接響くような、そんな声。
「誰だと、聞いている!」
「儂じゃよ」
何年も前に聞いたかのように思える声。
安堵をもたらす声。
王の威厳。
ハイラルの老王だ。
「どこです、国王陛下。今、貴方がいなくなって、国は大混乱です!」
「儂はそちらには行けん。なんとか娘の魔術を異空間に追いやったが、それでも儂自身も時の流れも曖昧な謎の時空に閉じ込められてしまった」
「それは、貴方の術の反動で?」
「いや、まるで、何かを仕組まれていたような……」
老王はそこで話を切る。
「いや、こうしてお主と話すのも儂の最期の力を振り絞ってのことじゃ。東へ行け、クラフト。ミリィをつれて」
「東……ミルドの方角ですか」
「ミルドのさらに東、ヨルムドの深き山奥に、伝説の仙人がおるという。遠い遠い旅だ。もちろん、お主が付き合う理由はない。ミリィは力を制御できぬ。お主の枷となろう」
「そこに、何があるのです?」
「……伝説が本当なら、そこに住んでいる者なら、ミリィに魔力制御を教えられるかもしれん。それは彼女に新たなる力をもたらすじゃろ……う……」
「陛下! 陛下!」
声は反響して、消えていった。
頭の中で整理する。
ミルドに行く。青空をミリィに見せる。ミリィは上手く行けばそこで正気に戻る。
ヨルムドの山中でミリィに魔力のコントロールを教える。そこでさらに爆発的な力を得る。
そうすれば、俺達はハイラルに戻れるんじゃないか?
「ミリィ……道は、開けた」
「それもここまでです」
灼熱が俺の脇腹を焼いた。
俺としたことが、話に集中していて完全に油断していた。
周囲には殺気。
いつの間にか、囲まれている。
俺の尻を焼いたミリィの炎に比べれば小規模な物だが、それでも魔術だ。
「王女殿下を置いてさっさとお逃げなさい。貴方には関係ないでしょう」
そう言って近づいてきた男が、ミリィに触れようとしている。
「……触んなよ」
男が目を丸くした。
男の手は、中空に飛んでいた。
白刃一閃。
俺は剣を抜いていた。
「俺の嫁に、触んじゃねえ。あの老近衛、誰の差し金化は知らねぇが公の場ではああ言っておきながら追手を差し向けるたぁ……いよいよ、俺も座ってはいられない」
俺は立ち上がり、わななく男を一刀両断する。
「俺はまだ、立ち上がれる!」
周囲をむわっと照らす炎の群れ。
その中を瞬時に駆け抜ける。
「天元一刀!」
叫んで、跳躍する。
魔術師の一人が両断された。
「馬鹿な、馬鹿な、なんだこの馬鹿げた速さは!」
一人が戸惑うように叫ぶ。
(暗闇の中で目立つ松明に大声、無様だねえ)
叫んだ一人の位置を瞬時に察知し、斬り伏せる。
炎がまた一つ減る。
次の瞬間、察したのか炎が一斉に消された。
「何故だ、何故エリートの我々が翻弄されている!? リーシェにすら気取られなかったのに!」
(声だよ、声)
心の中で呟いて、また一人を斬り伏せる。
流石に相手も察したのか、声を伏せる。
周囲は暗闇に包まれた。
じっと地面にしゃがみこむ。
(ミリィの位置は、あこか)
テントの雨音から、大体の位置を察する。
「一つ教えてやろう」
俺の位置を特定したらしく、産まれる炎。
――残り、二つ。
「お前達が魔法のハイラルなら、俺達は剣のミルドだ!」
剣が中央で分かれ、双剣となる。
それを馬鹿力で投じた。
「なんだこの馬鹿げた身体能力は……」
「ありえん……」
二人が倒れた音がする。
「やっぱ俺は頭で考えるよりこっちの方が手っ取り早えや。肉体言語最高だぜ」
そう言って、俺は地面に倒れ伏した男から剣を抜いた。
一人を始末し、剣を回収した後、もう一人の元に向かう。
「でだ」
冷たい目で見下ろす。
義父を殺させ、妻の心を亡き者にした。
その企みをした者には、死を持って償わせねばならぬだろう。
「お前の黒幕を教えろ」
「……殺せ」
「殺さんよ」
しゃがみこんで言う。
「ここの国じゃ剣術片手に魔術を習うように、俺も覚えがあるんだ。まったく嫌なもんでよ。過去にこの口調を俺に移した男が教えてくれた」
男の目が俺の声のはらむ不穏な響きに恐れ始める。
「拷問の覚えが、な」
男は口を大きく開ける、舌を噛もうとしたのだろう。
その口に靴を叩き込む。
「楽に死ねると思うなよ」
俺の声は、低かった。
気絶したようだ。
俺はミリィの元に向かい、超小型太陽を作り出す。
俺が唯一使える魔法だ。
「親父さんを殺したのはお前じゃない。あるいはお前なら……親父さんを連れ戻せるかも知れないんだ」
優しく話しかける。
「今は、体を暖かくして、安め」
ミリィの頭を撫でる。
希望は見えてきた。
東方の山奥に住むという仙人。
与太話ではなかったとは。
長い旅になりそうだった。
それは追手から逃げる旅でもあった。
ミルドの国境までぬければ、ミリィが帰ってこれば。
これ以上心強い加勢はない。
つづく




