「儂の罪じゃよ」
踵を返して城に戻る。
老王は、暖炉にあたって本を読んでいた。
(魔導書、か?)
そう思いつつも近寄ると、扉の前にいた衛兵達が槍をクロスさせる。
「お下がりください、婿殿。王は今……」
「良い、良い」
老王は物憂い口調でそう言った。
俺は通され、彼に会釈をする。
「会いました」
「どうだった?」
「心と記憶を読まれました。まるで読み捨ての本のように」
老王は溜息を吐いた。
「神の血を引くという王族の出と言えども、駄目なのだな」
神の血を引く。
我が国に代々伝わる神話だ。
かつて帝国と呼ばれた我が国は大陸を統一していた。
それが瓦解し、それぞれの発展を遂げ、数百の歴史の上に今がある。
「儂の罪じゃよ」
老王は物憂げに言った。
「だが、怖いのだ。娘が」
そう、淡々とした口調で言う。
「噂は真ですか? 母親を焼き殺したとか……人の心を読み、弱みに付け入るとか」
「儂がそれに気づいたのは、彼女が十歳になった頃じゃったよ」
老王が本を閉じ、体をこちらに向ける。
人生上の苦労が滲む顔立ちだった。
「魔女。それが娘につけられた仇名だ」
事実か。
だとしたら産まれた時から何という魔力量か。
一般的な魔術師並の力はあるだろう。
「なら、心を読んで、弱みに付け入ると言うのも……?」
「好きで読んでいるわけではないらしい。ただ、わかるのじゃよ。自然と、わかってしまうのじゃよ。そうらしい」
「殿下は、聞いてはおられないので?」
「あれと話をしなくなって、久しい」
溜息混じりに言う。
「愚かな儂の、罪なのだ。幼い頃、娘は気遣いが出来る出来た娘だと思っていた。しかし、それにしては気が付きすぎた。彼女の能力に気がついた時の儂の心を読んで、彼女は自ら地下へと進んだ。食事は運ばれているが、不衛生なあの環境で、どうやって生を繋いでいるのか……それは儂にもわからんのじゃよ」
「……まるで東方の物語に出てくる、仙人のようですね」
老王は初めて笑みを見せた。
「葉に溜まった雨水を飲んで生きるという生き物か? 食事は運ばれられていると言っただろう」
その一言の冗談で、初めて、俺と老王は気を許しあえたような気がした。
「儂の罪じゃよ」
老王は溜息混じりに言った。
「儂は娘を傷つけた。それから一人で生きてきた。そなたは、できれば、不憫な娘と思って彼女を愛してやってくれまいか」
「……ああ」
第一王子を見る時の母の顔を思い出す。
全ての愛情を長子に注ぐような。
あの嫉妬してしまうような眼差し。
「貴方も愛に飢えているのですね」
そう彼女は言った。
貴方、も、だ。
彼女も、愛に飢えている。
(俺なら、救い出せるのだろうか?)
握りこぶしを作り、力を込める。
「もう一度、地下に行ってきます。武器はお預けしたほうがよろしいか?」
「いかに神速で聴かれた第三王子殿でも、我が娘には敵わんよ」
そう言うと、老王は再び暖炉に向き直った。
「あの娘、年を追うごとに魔力量が跳ね上がっている。今じゃ、国一つ滅ぼせる人体兵器だ」
「……その殿下の心内も、彼女は察していると?」
老王は黙り込んだ。
そして、繰り返し呟く。
「儂の罪、じゃよ」
俺はやり場のない憤りを覚えながら、その場を後にした。
つづく




