「貴方も愛に飢えているのですね」
(あー、なんで俺がこんな目に……)
俺は天を見上げ、いよいよ来るところまで来てしまったのだな、と思い溜息を吐いた。
馬の歩みを止める。
周囲の衛兵達が馬を寄せてくる。
「若、婿入りですよ、婿入り。もっと景気良くいかないと」
「そうですよ。相手は美人だと評判ですぜ」
俺はギロリと衛兵達を睨みつけた。
「お前らは美人で嬉しいのか? 相手が魔女でも」
ぐっと怯む部下達。
しかしすぐに気を取り直す。
「噂ですぜ、噂」
「そうですよ。いくら魔法技術が発達したハイラルとて、人の心を覗くなんて奇跡の技だ」
「通常、人の体には魔力が漂っています。それを貫通する魔法なんてありゃしません。炎系魔術は熱で解かすし、氷系魔術は氷漬けにして外側から固めるだけ。それがましてや心を貫通するなんて。デタラメですよ」
「この灰一色の空を見てもそう言えるのか? えぇ?」
低い声で言い、もう一度空を見上げる。
どこまでも灰色の空だ。
まるで、俺の心を映すかのように。
火山の国ハイラル。
魔力技術が発達した代わり、行き過ぎた開発により火山が暴走。
それ以来、火山灰が常に空を覆っているのがこのハイラルだ。
そこの魔力技術の提供の代償に人質として出されたのはだれか。
そう、俺だ。
周囲の衛兵も言葉を失ったようだった。
もう一度溜息を吐き、馬の腹を蹴る。
馬が歩き始める。
「行くぞ。こういう扱いには慣れている」
「……これもお国のためです」
それが本音なのだろう。
絞り出すような声だった。
俺達は王都に着き、国王陛下の下へと招かれた。
会釈をする。
「ミルドの第三王子、クラフトです」
「良くぞまいった。不出来な娘だが、気に入ってくれると良いのだが」
そう言うと老王は顎髭を撫でた。
(ジジイじゃねえか)
さて、掴まされるのは何歳か。
何歳でも、付き合わなければいけないだろう。
お国のため、だ。
「王女様は何処に?」
老王は物憂げな表情になった。
「ああ、案内しよう」
そう言うと、老王は赤い玉座から立ち上がり、ゆっくりと歩き始めた。
その後に続く。
おかしいな、と思ったのは、相手が地下に入った辺りだ。
これではまるで、扱いが牢人ではないか。
松明が道を灯す道で、俺は歩いていた。
ネズミが足元を走っていった。
「まさか、謀ではありませんな?」
老王が足を止める。
俺も、足を止める。
「ここは地下。まるで掃除されていない廊下。王族の住まいとは思えない」
「……皆、怖がって近寄らない」
老王はそう言って歩き始める。
「そなたが、あの子の心を埋めてくれると良いのだが……」
(おいおいおい……まさかあの流言、真か?)
背筋が寒くなる。
ハイラルの魔女と言えば噂になっている。
聞けば、産まれた時に母を黒炭にし、人の心を覗き、その弱みに付け入るという。
人にして人ならざる者。
産まれたはずなのにその姿を見たものは極僅かだという。
聞いた話によれば、美人ではあるそうなのだが。
それでもこんな地下生活ではトロールのような外見になっているのではあるまいか。
(勘弁してくれよな)
俺は腹を括り、老王の後に続いた。
もう、帰る道はない。
元々、そういう人生を送ってきた。
兄貴は第一王子のスペア、俺はそのさらにスペアだ。
教育は受けているが、いつでも切り捨てられるようにできている。
そして今回ついに切り捨てられたというのが今回の顛末だ。
もう戻る道はないのだ。
トロールだろうがなんだろうが結婚してやろうじゃないか。
そう思い、足音を高々と鳴らして歩いた。
そして、そのうち扉の前にたどり着いた。
老王が扉をノックする。
中から鍵を開ける音。
あまりにも簡易な守り。
これは本当に王族なのか? と言う疑念が強くなる。
「父上、お久しぶりですね」
瞬間、場が清涼感に満ちた。
地下なのに、まるで青空の下にいるように思わせる澄んだ声。
一瞬で、心を掴まれた。
そして、同時にごくりと息を呑む。
「その方が、私の婿君なのですね」
続く声。
見えている。
扉越しに、見えている。
「事前に連絡が行っていたので?」
一応、老王に問う。
老王は肩を震わせた。
「父上、そう恐れないで。私は、その方を愛します」
その声が縋るように聞こえたのは気のせいか。
老王は、踵を返した。
「後は、夫婦同士で話しておくれ」
そう言って、深々と頭を下げる。
「娘を、頼む」
「あ、ああ」
足音が遠ざかっていった。
一人、取り残される。
これじゃ罪人だ。
あまりにも酷いことをする。
扉が、開いた。
後光が差しているように思えた。
何かを諦めたような瞳の少女。
地下生活のせいか肌は白く、遺伝なのかなんなのか髪も白かった。
黒一色の装飾がその体躯とのコントラストを生み出している。
瞳は、全てを見通すような青。
空の青だ。
その瞳が、親しみを込めて細められた。
「貴方も愛に飢えているのですね」
発せられた言葉に目を見開く。
瞬時、相手の首に手をやっていた。
真顔で凄む。
十七年間の記憶、全てを読まれたという実感だけが残った。
まるで読み捨ての本のように。
「二度と、俺のうちに触れるな」
相手の瞳に憂いが灯る。
「お帰りください」
俺の手は魔力で弾かれ、突風で扉の外に追いやられる。
扉が締まり、施錠の音。
(おっかねえ! これが魔法大国ハイラルでも恐れられる、魔女!)
俺は早足その場を後にした。
そして、ふと気づく。
(貴方も、と言ったか? あの女)
衝撃的すぎて気が付かなかったが、思い返してみるとそう言っていた気もする。
貴方は、はわかる。俺は第三王子の身。外交のカードとして育てられてきた。
貴方も、とは?
疑問を残したまま、俺は地上へと出た。
灰色の空が、俺を覆っていた。
まるで行く先の混迷さを示しているかのように。
続く




