「十歳にもなっていないのだぞ⁉︎」
俺はベッドで自分の髪を撫でながら言う。
「髪まで治るとは思わなかった」
「苦労しましたよ、陛下。あこまでの重症。ラハド様ならば一瞬で治すのでしょうが」
苦笑まじりに言うリディ。
俺の隣のベッドだ。
治療術で力を使い果たして療養中らしい。
「しかし、なんで自室を使わないんで? 陛下の部屋はそのままでしょう?」
「なんか丁重に手入れをさせるのも億劫でな。旅の生活で私の感覚もめっきり一般人に近づいた」
「その方が陛下らしい気がするなあ。昔の陛下を知っているからでしょうけど」
リディは愉快げに言う。
古い付き合いの気安さだ。
「まあ、追々王としての立ち振る舞いを思い出そうと思うよ。息子とも会いたいな。どうしてる?」
リディは沈黙した。
違和感のある沈黙だった。
「何故、黙る」
「国全体では慕われているのですが、王宮の者は皆畏怖しています。するのもわかる」
俺は思わず上半身を起こした。
「それではミリィのことの繰り返しではないか」
知らず知らずのうちにさけび声になった。
王宮で孤立していたミリィ。
彼女は国を奪還して認められ、幸せな生活を過ごした。
その子供のレッドが畏怖されるとは、何故だ?
「才能の怖いところですよ。一度対戦すればわかります」
「待て。まだ十にもならぬ子供だろう? 対戦も何も、初歩を覚えている最中だろう」
「私は負けました」
リディは淡々とした口調でいう。
「全力だった。医療術も駆使した。それでも負けました」
沈黙が漂った。
畏怖、の理由がわかる。
リディに勝利する十歳以下の少年の異様さが。
リディはミリィを除けばこの国最強の戦略兵器。
それが、全力を出して負けた。
その時点であり得ない。
その相手が十歳以下というのも、またあり得ない。
「どうも、女王陛下は彼に幼少期から魔術を教えていたらしい。様になっています。そして国王陛下から学んだ剣の基礎をレイヴン様と発展させ、完成させたのです」
俺は震えるような思いだった。
怖いのではない。
誇らしいのだ。
俺とミリィが残した種は大輪の花を咲かせようとしている。
その事実が、俺をウキウキとさせた。
「レッドに会いにいく。ブランクを埋めるためにも一度手合わせしたいところだ」
「レッド様、ですか」
リディは渋い顔になる。
「多分、王宮にはおられません」
「何故だ?私の義父上と共に暮らしているのだろう?」
「いや、それがね」
躊躇うようにリディは言い淀んだ。
「なんだ、言え。気になるではないか」
「女のところに足しげく通っているのでございますよ」
俺は唖然とした。
「十歳にもなっていないのだぞ⁉︎」
「イマドキって奴ですよ、陛下。色気付くのが速いんです」
(えええええええ)
息子が予想外の成長しすぎてついていけないんですけど。
+++
俺はフードを目深に被り、城下町を歩いていた。
民達はどこか不安げだ。
階層を隔てた先に化け物が溢れているのだからそれも当然か。
「クラフト様でも重症を負ったという」
「女王陛下は共にいなかったのか?」
あ、暗いのは俺達が原因か。
盲点だった。
もっとイメージ戦略に尽くさねばな、と思う。
それにしても、誰だ。俺の重症漏らした奴。
しばし、歩く。
市を抜け、市街地へと行く。
「こらー、待ちなさいレッド!」
女の子の勝ち気な声。
「本なんてつまんないよー。一緒に遊ぼうよ」
懐かしい声。
息子の声。
しかし、貫禄は欠片もない。
だが、自分もミリィと二人で話している時はそんなものか、と思い直す。
「レッドと追いかけっこしても勝敗は決まってるでしょ。将来は兵隊さんにでもなれば?」
「かくれんぼでもいいぜ」
「いやよ。あんた擬態異様に上手いから毎回困るのよ」
「俺の師匠は忍びだからな」
誇らしげにいう。
(あー、しかし、なんだ、あれだな)
年相応というか、なんというか。
女の子の気の引き方が、足が速い、師匠が凄い、自分凄い。
ガキだ。
まあ、子供なのだから仕方ないが。
最後に会った時が純真無垢だったから色気付いた子供にちょっと動揺してたり。
「ほら、降りといで。本読んであげる」
「はーい。リアはいつもそうだな」
「あんた読み書き苦手でしょ。勉強なさい」
おや、と思う。
読み書きなんて王宮でいくらでも、それこそ厳しいぐらいに躾けられているだろうに。
疑問符が頭に思い浮かぶ。
俺はこっそりと、二人の様子を伺い見た。
少女は、年は十五になる前だろうか。
レッドの頭を撫でながら、本の朗読をしている。
女の元に足しげく通っているというリディの表現が悪い。
これは、お姉さんに憧れる子供だ。
そう、母性に憧れる小さな子供だ。
自分達は大事なものを息子から奪ったのだ、と胸が痛くなる。
ミリィの寿命問題さえ解決すれば存分に可愛がってやろうと、そう思った。
その頃には今更親ヅラするなと言われそうだが。
息子は息子で逞しく生きているのだな、と思う。
「お嬢様、社交界デビューも近い身。ダンスの先生が来ていますよ」
「あ、もうこんな時間か。ごめんね、レッド。用事だから、行くね」
「貴族って窮屈そうだなー」
「そうよ、貴族は貴族で大変なの。けど、私は誇りを持っているわ」
あー、これは失恋コースだなあ。
そんなことを思う。
社交界で彼女は良い人を見つけるだろう。
息子はそれで傷つくだろう。
そうして成長する。
人とはそういうものだ。
そういうものなのだ、が。
なんか、もやった。
気がつくと、俺はその貴族の家を訪ねていた。
「亭主を呼んでいただけるか」
玄関に出たメイドは胡散臭げに俺を見た。
それもそうだ、フードを被っているのだから。
不審人物だ。
「貴方は何者です?」
「クロード、君が細君に送った花束は私の嫁のチョイスがばっちしだっただろう、と伝えてくれ」
メイドは当惑したような表情になる。
「かしこまりました」
しばらくして、駆け足が聞こえ始めた。
階段を転げ落ちる音。
しかし、痛みも感じさせずに再び駆け始める。
でっぷり太った気の良い男だ。
「おお……おお……」
クロードは感極まったように俺を見て震える。
「お身体は、大丈夫ですか?」
「幸い、王宮の医療術者は優秀でな。なんとか見れる顔になった。しかし、ここで顔を出すのはまずい」
「ええ、ええ、そうでしょうとも。私の部屋においでくださいませ。誰も立ち入れさせはしません」
クロードはそう言って前を歩いている。
メイドは怪訝そうに俺を見たが、すぐに掃除に戻った。
クロードの部屋で向かい合い、フードを下ろす。
「おお、精悍になられた。その時分の数年というのは大きいものですな」
「なに。まだ大きなガキだ。周りも俺をそう見ている」
「立派な王ではございませんか。この度は部下を庇って重症とのこと。心配しておりました。健在ぶりを示せば国民も奮い立つでしょう」
「レッドでは不足か?」
揶揄い交じりに言う。
「陛下は既に英雄で、レッド様はこれから名君になられるお方です。やはり差は起こります」
「ふむ、尤も」
「して、今日はなんの用で?」
「あー、その、だな」
困ってしまった。
子供の人間関係に口を出すのは悪いとはわかっているのだが。
なんだか気がつくとここに来てしまった。
ミリィというブレーキ役がいなければこんなものである。
「レッドなのだが」
「はい」
「そなたの家に通っているようだ」
クロードの椅子がひっくり返った。
リアクションが大きくて愉快な男だと思う。
「レレレレッド様が我が家に?」
「ああ。俺も見た。庭でお宅の娘さんに本を読み聞かせてもらっていた」
「わ、私の娘が何か不始末でも?」
「いや、感謝しているよ。娘さんにもどうかレッドの正体は伝えないで欲しい。多分、話したい時が来たら話すだろうし、話す気がないならそこまでなのだろう」
「して、私はどのようにすれば良いのでしょう?」
「いや、それがだな……」
どうしたことだろう。
血なまぐさい場ではあれほどよく回転する俺の頭脳がまったく機能しない。
全くの凡夫。
「わからぬのだ」
「……と言いますと?」
クロードは椅子の位置を直して、座る。
「レッドを追って、そなたの娘に憧憬を持っているのはわかった。だが、私はどうするのが正解なのかわからぬのだよ。息子の初恋を応援すれば良いのか、それは余計な手立てなのか。またここで王族特権を持ち出せば息子に間違った成功体験を与えるのではないか。親としてどこまで介入すべきなのか。まったくわからぬのだ。わからぬまま、ここにいる」
しばし、間の抜けた沈黙が漂う。
クロードは滑稽そうに笑った。
「ははは、立派な王ではあられるが、親としては初心者であるらしい。わかりました、しばらく娘の社交界デビューは遅らせます」
「いや、しかし、それはなぁ。娘さんの婚期や交流が……」
「レッド様は寂しいのでしょう。甘えたい盛りに両親が旅に出ていた。娘も話せば積極的に世話をするでしょうが、それは同情だ。しばらく、そっと見守ろうではないでしょうか」
そう言ってばんばんと肩を叩かれる。
「いやはや、辣腕の陛下も人の子なのですな」
「旅を共にした者には大抵もっと崩せと言われている」
苦笑交じりに言う。
そうして、俺はクロード邸を後にした。
(うーん、一体どうするのが正解だったんだろう?)
余計な介入だった気がする。
息子が知れば良い気はしないだろう。
うーん。
親って思ったより難しいぞ?
段階を踏んでならともかくいきなり息子の色恋沙汰と言うのはハードルが高すぎる。
これが五歳や四歳なら憧れで済ませるのだが。
(ああ、難しい、難しい、助けてミリィ)
ふらふらとしつつ歩く。
けどあいつも宛にならないか。俺と会うまで引きこもりだったもんなあ。
一つ、溜息。
今日のことは恥だ。親としての迷走だ。
誰にも打ち明けずにいよう。
そう思った。
帰ったら俺はレッドを呼んだ。
「文武両道で育っていると聞く。私の留守中、良く曲がらずに育った」
「いえ、陛下の域にはまだまだ遠い。民を安心させることもできぬ未熟な王子です」
おや、と思う。
この対応は本当に十歳にもならぬ子なのか?
リーシェの英才教育というのも凄いものだなぁと思う。
「そなたにそのような責務は期待しておらぬ。それは、現状リーシェの仕事だ。そなたはこの国の未来。今は成長することのみを考えよ」
「は、有難き幸せ。期待に答えられるよう尽力いたします」
なんだろう。
この、そばにいて話してるはずなのに感じる距離感。
親子って、思ったよりハードル高いぞ?
「して」
俺は悪戯っぽく微笑む。
「リディを負かしたそうだな」
レッドは苦笑する。
「私の体には偉大な剣士である父上と偉大な魔法使いである母上の血が流れております。才は人よりあると自負しています」
「一つ、手合わせしてみるか」
レッドの瞳に、爛々とした獣のような光が宿った。
「是非」
自分より強い奴と戦いたいよなあ。
なんか面白くなってきた。
剣を通じて話せば、息子と本音でぶつかり合えるのかも知れない。そう思った。
そして、今日の親としての迷走は忘れたい。そう思った。
つづく




