「惜しい」
「惜しい」
俺の手を踏み漬けにしたリヒエルはそう呟いた。
レイヴンの大剣が、フレアの双剣が、アイリンのくないが相手の肌に突き立てられる。
しかし、肌を破れない。
それでも、皆、攻撃を続ける。
「やめ……にげ……」
声が声にならない。
さっきの叫びで全力を使い果たしてしまったようだ。
「お前は示した。策略家としての資質。武人としての資質。人の上に立つ者の資質。だが、如何せんお前は武官であって王ではない。王であれば、民草のために自己を犠牲にするような愚は犯さないだろう」
俺はぼんやりした頭で相手を睨みつける。
相手はふいと、興味を失ったように剣を持ち上げた。
終わり、か。
(すまぬ、ミリィ)
頭が回らない。
けど、自分が咄嗟にとった行動が原因で、妻にどれだけ悲しみを背負わせるかと思うと、胸がとても苦しくなった。
けど、例え誰があの場にいても、知らない者であっても、自分の国の民ならば自分は同じことを繰り返してしまっただろう。
そんなことを思う。
「おい、そこのホムンクルス」
そう言って、相手はフレアに視線を向ける。
「このズタボロを元どおり癒すことは人間の魔法技術では可か?」
「治療術士、いる?」
フレア達は攻撃の手を止めていた。
レイヴンは苦い顔で言う。
「国一番の医療術士は俺と共に捕虜になった。しかし、時間はかかるが、元には戻る」
「そうか」
リヒエルはそう言うと、刀を鞘にしまった。
「この男を治療してやれ。俺はこいつと決着をつけたい。人間でも、このように突出した者は稀だろう。このような決着は惜しい」
そう言ってリヒエルは歩き始める。
「砦は墜ちた、俺達の負けだ」
そう言うと、リヒエルは去っていった。
レイヴンが俺を担ぎ上げる。
「全力でハイラルまで移動だ! 全員、全力で走れ!」
揺られる感触。
熱くてぼんやりとしている。
本当に治るのかな。
ミリィ、肌も髪もなくなった俺を見て泣かないかな。
そんなことを、ぼんやりと思った。
+++
医療術の柔らかな光を俺が包んでいる。
しかし、痛い。
全身が痛い。
「麻酔の類は、ないのですか?」
アイリンが躊躇いがちに訊く。
「多分、意識を失ったら、二度と戻ってこれない」
随分と久々に訊くリディの声は深刻だ。
ポンコツリディが随分と立派になったものだ、と思う。
「陛下を早急に運んでくれて良かった。命さえ繋がれば、ハイラルはやっていける」
「すまぬ。返す言葉もない」
リーシェの感情を殺した静かな言葉に、レイヴンは小さくなっている。
その時、異質な気配を感じた。
これは、寂しさ?
切なさ?
様々な気持ちの集まりだ。
手に、何かが触れた。
「陛下」
アイリンの声だ。
「お慕い申しておりました」
一同ざわりとする。
俺も何かを考えたいのだが、頭が朦朧として思考にならない。
「今後は、影に徹して生きようと思います。ラハド殿も私が助け出します。では」
アイリンの気配が去っていく。
ダメだ、やめろ。
そう思うのだが、言葉にならない。
そのうち、全ての治療が終わった。
三日ほどかかっただろうか。
リディは、意識を失うように寝入った。
「すまぬな、手間をかけた」
リーシェは、複雑な感情が入り混じった冷たい目で俺を見下ろしていたが、そのうち溜息を吐いた。
「話は聴きました。陛下らしいといえば陛下らしいと思います」
「アイリンは?」
俺は問う。
「連絡を絶ちました。単独でミルドに向かったかと」
そうか。
考えることが、色々あった。
まず、教訓がある。
一線についてこれない仲間は死の危険が大きい。
厳選したメンバーで突入しなければならないだろう。
アイリンのことは、一時、頭の外に置いた。
自分にできることは何もない。
生きていてくれればそれで良い。そう思った。
つづく




