ミルド国境砦攻防戦
「それでは、行きます」
レイヴンが頷く。
「まったく、エミリーの嬢ちゃんには驚かされるぜ」
「元々技術屋の家系ですので」
胸を張って言うエミリー。
自ら直訴してついて来ただけあって自信家のようだ。
「長年培った技術に、ハイラルの知、仙人様の知が加わった。今が私の人生のハイライトです」
レイヴンは若干の不安を覚えた。
その研究の先に何があるのだろう。
かつて魔術文明が栄えた世界はその魔術によって滅びたと言う。
二番煎じにならなければ良いが。
(杞憂、かな)
「行きます」
エミリーが言う。
レイヴンは頷く。
「ああ、やってくれ」
エミリーが指差しする。
その方向に、熱線が放たれた。
砦に着弾した熱線は大爆発を起こし、砦の中からぞろぞろと異形の兵隊が進み始めた。
「実戦は初めてかい、嬢ちゃん」
少しこわばった表情のエミリーに言う。
「は、はい」
「幸先の良いデビューだぜ。なんたって、今回のあんたの護衛は老いたとは言え時の英雄だ」
レイヴンはそう言って大剣を構える。
そして、獣のように敵の群れに特攻した。
「フレア嬢ちゃん、撹乱頼んだ!」
フレアが分身して敵に突撃する。
(あの坊主もやっていた手だが、初見の相手には敵面に効くな)
感心しつつ、敵の先頭と衝突した。
+++
「始まったな」
俺は静かな声で言う。
アイリンが頷く。
「あの技術、ミリィに届けてやれればと思うが……如何せんこの過酷な大地をそなたにもう一度横断しろと言うのは酷というもの」
寿命を削って大呪文を扱う愛妻ミリィ。
彼女は今自分の寿命問題を解決するための旅の最中だ。
「陛下の下知なら何処へだって行く所存であります」
(……こいつは本気だな)
さらりと言ったが覚悟が決まっている。
迂闊なことは言えないなと思った。
「アイリン、しばらく相手に気取られぬように封印の指輪をつけて進む。手筈通りどこかに紐をくくりつけてたらしてくれ」
「承知」
そう言ってアイリンは風のように駆け出すと、砦の壁を蹴って上へと移動しすぐに紐を垂らして来た。
それを使って、砦の上層へと進む。
上から見下ろすと、砦の者の大半が東側に行っているようだ。
「良いぞ、策略が上手く決まっている」
「流石陛下のギフト、策謀でございますね」
「人間なら背後の守りも気にするものだがな。それほど統制された集団ではないように思っていたのよ」
そう言って着地する。
アイリンも後に続いた。
影から影へ。
砦の中は天地をひっくり返したような騒ぎだ。
兵隊達がせわしなく移動している。
そしてそのうち、その流れの根源を掴んだ。
「ボスはあこだな」
幌がある。
「……直接乗り込む気なのですね」
「嫌か?」
アイリンに揶揄うように聞く。
「いつでも陛下の盾になる覚悟はできております」
「それは、目覚めが悪くなるからやめてくれ」
こいつなら本気でやりかねないのが怖いところだ。
ハイラル奪還戦ではヒョウンを庇って致死に至る傷を追った。
幸い治癒呪文で一命を取り留めたが、その自己犠牲はどこから来るのだろう。
「行くぞ」
小声で言うと、アイリンは一つ頷いた。
指輪を外す。
その瞬間、俺は風となり、幌に特攻していた。
伸縮自在の槍を伸ばし、繋がった糸を握って投擲する。
そして、確かな感触があった。
槍を握られた、と言う感触が。
「アイリン」
俺は苦い口調で言う。
「どうやら、難敵だ」
アイリンが息を飲む音が聞こえた。
幌から槍を握った男が出てくる。
いや、女だろうか?
細身で中性的な異形だった。
両側頭から角が生え、刀を帯びている。
「なんとも粗雑な挨拶だ。これが地上を制覇する生物のやることか。この国の王子の品には敬意を払っていたが、どうやらお前にはそんな感情は抱けそうにない」
「生憎、俺は武官の出でな。文官が元の兄とは違って粗暴なのよ」
冷や汗を垂らしながら飄々と言う。
こいつの腕力。
指輪の封印を解いたのに糸を引いても槍が動かない。
「兄、か」
考え込むようになる異形。
「そなた、名前は。粗暴な猿とて名乗る名はあるだろう」
「ハイラル国王、クラフト」
相手は目を丸くする。
「和睦で済むなら話したいところだが、どうかな?」
相手は切なげに微笑んだ。
「手放す気がない。交渉決裂だ」
「なら、獣同士殺し合うだけだ」
俺は糸を離し、長剣を抜いた。
その瞬間、槍がへし折られる。
(ミスリル製なんすけどね……)
ため息まじりに思う。
「アイリン」
俺は背後のアイリンに言う。
「いよいよ難敵だ」
「さっきも聞きました」
「あ、そ」
なんとも締まらないが、決戦の火蓋が切って落とされようとしていた。
「俺の名も言っておこう」
そう言って、相手は刀を鞘から抜く。
「我が名はリヒエル、我々の中でもトップクラスの武闘派よ」
その瞬間、灼熱に焼かれた気がした。
いや、錯覚だ。
それほどの殺意と剣気が相手から放たれた。
俺はアイリンを抱き上げると、壁を蹴って高台へと駈けた。
一先ずアイリンを避難させなくては。
予想外だ。アイリンはこの戦いにおいて戦力外だ。
しかし、俺の乗った高台は傾き始めた。
リヒエルが高台を突き飛ばして折ったのだ。
「ああ、そうくる……」
俺はぼやくと、倒れつつある高台の上を駆け始めた。
+++
「まったく科学ってのは無粋でいけねえ。戦争ってのは武と武がぶつかり合うものだ」
ぼやくように言うレイヴン。
さっきから敵の兵隊は湧いてくるのだがその度エミリーの魔力砲に沈黙した。
結局剣を収めてエミリーの護衛に専念したレイヴンだ。
「これはこれで技術屋の戦い方です。剣術畑の方には気にくわないかもしれませんが」
「その技術、女王陛下に献上すればどれだけの威力を生むやら」
戦争のあり方自体が変わってくるかもしれない。
「これは数百年に一度クラスの魔力石の凝縮体が使われておりますゆえ、私用のものしか御座いませぬ。王が技術屋として尽くした私の家系に特別に下賜されたものです」
「……花火撃ち続けてくれ。剣術屋は剣術屋の仕事をしに行く」
「と言うと?」
「剣術屋にしかわからん感覚だ。なんとなくわかるのよ。目の前にした奴の格が。行くぞ、フレア嬢ちゃん」
そう言ってレイヴンは大剣を構える。
フレアも双剣を抜いた。
「基本的に隙を狙ってくれ。老いた俺では相手の足止めが手一杯」
「人間、歳をとって、不便」
「永遠に生きる方が、よっぽど不便だ」
ぼやくように言って、レイヴンは炎の渦から飛び出して来た一体の異形の剣と大剣を結び合った。
(なんだ、その細腕でその腕力……)
体制が崩れかけ、心の中でぼやく。
「俺はレイヴン。見たところ幹部格だな。お前の名前はなんだ」
「……何故そのようなことを聞く」
「俺の英雄譚に書き加えるためよ!」
くっくっく、と相手は笑った。
「くだらぬな」
相手は距離を置いて、剣をだらりと下げた姿勢になった。
型というものがない。
生まれつきの腕力が強すぎて、技術を鍛えるという概念がないのだろう。
これは剣技で突出したレイヴンが相手の型から出方を分析できるというアドを消していた。
「だが、面白い。私の名はリリエル。そなたの冒険譚の最終章だ」
「年齢的にもそうなるだろうな」
レイヴンは構える。
相手は自然体。
「頼むぜ、フレア嬢ちゃん」
そう言って、レイヴンは相手に突貫をかけた。
それぞれの場で、決戦が始まっていた。
つづく




