「魔女を追放せよ!」
老王が小さく震えている。
恐怖ではない。感動の震えだとわかる。
「父上、この度は、健勝に、あられまするでしょうか?」
その腕を引き、無言で念じる。
(落ち着け、ミリィ)
言葉遣いがちょっと怪しい。
ミリイが目を潤ませて微笑む。
「父上も随分老けましたねえ」
「そなたこそ、大きくなった。軽口を叩けるようになったのはクラフト殿の影響かな」
「ええ、この人ったら私に悪影響ばっかり与えるんですよ。毎日が目まぐるしいです。この前、久々に外に出ました。リーシェちゃんと久々に会い、外の刺激を受け、人に愛され。私は今、幸福なのです」
「おお……」
老王は感嘆したように娘を抱きすくめた。
「良かった、良かった。生きていて良かったと、心からそう思うぞ」
「父上、ご心配をおかけしました。ミリィは幸せです」
そう言って手を取る俺に微笑みかける。
なんか照れくさい。
(うちの親父は絶対こんな反応しないな)
「それは、クラフト様が素直じゃないことも多少は関係しているのでは?」
(俺の記憶は読んだろうに。勝手な女だ)
苦笑交じりに思う。
「ええ、勝手な女なのでございます」
「お主ら、心の中での会話はよせ。わしがついていけぬ」
苦笑交じりに言う老王。
少し、慌てているような。
ふと気づくと、周囲は不穏な空気が漂っていた。
ミリィを見る視線が不吉の象徴を見ているようだ。
その中でも一人、ミリィを睨みつける者がいた。
老いた近衛兵だ。
(いけない!)
思った時には遅かった。
ミリィの視線が俺の視線の先に向く。
「ミリィ、読むな!」
叫ぶ。
けど、遅かった。
ミリィの唇がわななく。
「私は本当に母上を、母上を、嫌……! いやあああああああ!」
悲鳴が響き渡る。
全ては一瞬だった。
爆発的な魔力の歪み。
前方にはそれに対抗するように展開される老王のガエリオ。
隣には容赦なく形成されるミリィの双頭の龍型の炎。
記憶の根源に放たれる。
老王が近衛兵とミリィの間に入ってガエリオを唱えていた。
「むむ……む!」
それが老王の、最期の言葉だった。
王は空間を捻じ曲げ、炎を抑え込んだ。
そして空間の歪みに、ガエリオも炎も自らも吸い込まれていった。
呆気にとられていた。
その場にいた皆が、呆気にとられていた。
件の近衛兵が叫ぶ。
「この者は陛下殺しの大罪人だ! しかし王家の血筋によって手をかけることはできん! 魔女を、魔女を追放せよ!」
叫び声が上がる。
魔力縄が四方から飛んでくる。
苦い思いでその全てを切り落とした俺は、ミリィを背に庇っていった。
「わかったよ。俺とミリィはこれで両国とも縁切りだ」
「魔女を庇うのか?」
「お前、こうなるとわかっていてミリィに思念を送ったな?」
近衛兵と俺の視線が交差する。
近衛兵は、にぃと微笑んでいた。
「いくぞ、ミリィ」
そう言って手を引いた時、ミリィは人形のようにくたっとしていた。
ぐっと詰まった後、抱き上げて駆け出す。
馬を一匹厩舎から引っ掴み、乗る。
いつ追跡の手が放たれるかもわからない。
ガエリオの例もある。
相手は魔法大国。
魔法を殺す式にも長けている。
ミリィがいかに強大と言えど、このままいては危ないかも知れない。
背後で馬に乗る音。
殺気めいた瞳で後方を見ると、浮かない顔で両手を上げたリーシェと視線があった。馬に乗っている。
「私も、お伴します。一部始終は城内で見ておりました」
そう言って、馬を隣に並べる。
「王の近衛が王女に暗殺を仕向ける。あってはならないことです。私達は必ずここに帰って来る。そのためにも、今日は退きましょう」
「俺はもう、国も何もかもどうでも良くなった。縛られて生きてきた俺達だ。これからは自由に生きても構うまい」
「自棄を起こさないで」
リーシェが俺の肩に手を置く。
「貴方には貴方の責務があるでしょう?」
俺はリーシェの冷静な表情を見て、言葉を飲み込み、馬を走らせた。
空は曇天。
追放された俺達の旅が、始まった。
(本当なら、親子の新たな一歩になる日のはずだったんだ。それが、なんで……)
俺の思念は、灰色の空に浮かんでは消え、浮かんでは消え、後には虚無が残った。
いや、残ったものはある。
手には自分より小柄で愛しい存在。
守らねばと、強くそう思った。
つづく




