第9話「秘密」
前回までのあらすじ
不死身の少女、アタナシアは自身の過去や正体を知る為に旅に出た。その先で出会ったのは退屈が覆ることを願う魔女だった。
───今回───
アタナシア視点
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ノワール視点
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アタナシア視点
ノワール、と彼女は名乗った。ウェーブした真っ黒な髪が服の黒と一体化したような女の人。だけど、肌は異様に真っ白で、それが何だかほんのり恐ろしく思えた。
黒と白が共存している。
「……これはその窖に向かっているんですか?」
私は先頭を歩く彼女に聞いた。
「いや。ちょっと寄って欲しいとこがあってね。……というより、アタナシアちゃんいくつ?」
「17です」
「んじゃ同い年ね。敬語とかなしにしましょ」
彼女はそう言ってひらひらと手を振った。
それから何分か入り組んだ路地を歩くと、彼女はすっ、と歩みを止めた。
木造の家だ。入り組んだ場所にあるせいか、やけに鬱蒼とした威圧感がある。
ガチャ、とノワールが扉を開け、私を手招く。
「……ここは?」
「私の家。遠慮しなくていいから入ってよ。そんな格好じゃ、窖に連れて行けないわ」
「……お邪魔します」
私は彼女に招かれるまま、家の中へと踏み入った。なるほど。室内はまさしく魔女の家といった装いだった。
謎の大釜に謎の小瓶、中には様々な粉や液体が入っている。書架にはズラっと分厚い皮の装丁の本が並んでいる。天井からは謎の植物や生き物が吊るされていた。
ポフッと、ノワールがタオルを渡してきた。
「お風呂はそこ言って右だから」
そう言って、彼女は「ほら早く行って。相当臭いわよあなた」と背中を押してきた。
この1ヶ月、こんな格好だから人前にも出られず、飲まず食わずで山や森の中を移動して過ごしてきた。死んでは生き返り死んでは行き帰りを繰り返して。初めは苦しかった餓死も、そのうち胃が縮まったのか、慣れてしまっていた。
暖かく適温に沸かされたお湯がバスタブに張られている。
それに浸かると、一気に体の力が抜けた。あの夜からずっと、私の持ち得なかった安心がそこにはあった。
***
……遅い!
いつまで入ってるんだあの子は。
かなり汚れていたとは言え、小一時間は経ってる。
……ちょっと様子見に行くか。
ガラッと風呂の戸を引くと、バスタブのお湯が茶色になっているのが目に飛び込んできた。
不純物が大量に浮いている。そして、その底に───
「命大事に!!」
私はそう叫んで汚い湯に沈んだアタナシアを引き揚げた。
床に下ろすと、しばらくしてから熱くない炎がアナスタシアを包む。
「……ごめん。力が抜けて……急に眠たくなって……」
濡れそぼった前髪で隠れた顔からは表情が分からないが、申し訳なさそうなのは声色で確認できた。
「ったく。しょうがないわね。ほら。座んなさい。髪洗ったげるわよ」
私がそう言うとアタナシアは大人しくこちらに背を向けた。角の丸くなった四角い石鹸を手に取って、彼女の髪に撫で付けていく。
みるみるうちに、泡が赤茶色に変色していく。あのお湯でさえ散々汚かったはずなのに、まだ汚れているのか。どれだけ過酷な環境で生きてきたんだ。
そうして20分ほどかけて、髪の毛を綺麗にしてあげた。艶のある白金の髪が姿を表す。
そして、鋏を使って、目が隠れるほど伸びてしまっている鬱陶しい前髪を眉の辺りまで切って整えた。
「身体は自分でやってよ。あと、出たところに下着と服置いてあるから。私ので悪いけど我慢してね」
と言って私は浴室から出た。
そこから数十分経った頃、ようやく汚れを落として生まれ変わったアタナシアが顔を見せた。
私より背が低いからか、服の袖の中に手は隠れ、スカートを引きずっている。
「ごめんなさい。何から何まで」
「いいよ。謝んなくて。それより一緒にご飯食べようよ。話さないといけないこともあるし」
食卓には用意した昼ごはんが並んでいる。パンにステーキ、豆のスープにビール。
「口に合うといいけれど」
***
一口、パンとステーキを口に運んだ。
途端に、とめどなく涙が溢れてしまう。
飲み込めなくて、スープで流し込んだ。体の芯から、温まる感覚がする。
一ヶ月ぶりの食事。
一ヶ月ぶりの食卓。
「えっ……そんなに不味かった?」
ノワールが申し訳なさそうな顔で言う。
「違う。……違うの。自分でも……よく分かんないけど。なんか、止まんなくなっちゃって……。もうこんな食事、できると……思ってなかったから」
優しそうにノワールが微笑んだ。
「ねぇ、アタナシア。良かったら一緒に住まない?」
「……いいの?」
「いいに決まってんじゃん。村燃えて、帰る場所も留まる場所もないんでしょ?流石に追い出すほど鬼じゃないわ」
「……ありがとう。本当に……ありがとう」
「よし、それじゃあ同棲決定ってことで。それでさ、アタナシア。あんた、何か目的があるんでしょ?」
ノワールが聞いてくる。
「ただ帰る場所が無くてさまよってるんじゃない。魔女の格好した私に声をかけたってことは、何か目的があってこの辺りまで来たってこと。合ってる?」
「……はい。この国最大の魔女集会がここら辺にあるって聞いて」
「まぁ、そうね。私もその集会の魔女だし」
「……私は、私の正体を……知りたい。自分が何者なのか。なんで死なないのか。……この不死身は、魔法なんじゃないかって思って魔女に聞きたかった」
私がそう言うと、ケラケラとノワールが笑う。
「あーおっかしい。そんなの、わざわざ魔女に聞かなくったって分かるわよ。魔法じゃなけりゃ、不死身なんて有り得ないじゃない」
でもね、とノワールは続ける。
「ただの魔法でもないのよね。不死身は黒魔女の中でも禁忌だからさ。なんでか分かる?」
「……いえ」
「悪魔を呼び出すには儀式に生贄が必要なの。人間の魂。不死身の人間って、その魂が無限にあるわけだから、無限に悪魔を召喚できる。しかも、魂の希少さを無視できるから、呼び出せる悪魔も青天井」
……だからか。あの洞窟で起きた惨劇は。
「だから、基本魔女に不死身だってことは知られちゃまずい。悪用の仕方なんていくらでも思いつく。それに、その噂が広まれば、魔女狩りが総力をあげて捕えに来るでしょうね。1万人のバンガルシアを相手にするって考えた方がいいかもね」
「……それは……嫌だ」
本当に嫌だ
「でしょ?だから、不死身なのは私と貴方の間だけの秘密」
そう言ってノワールが小指を立てて右手を差し出した。私はそれに答えて、右手の小指を立てて絡ませる。指切りだ。
「それで、あなたはどうしたいの?」
「どうしたいって……?」
「不死身なのは魔法だって分かったでしょ?そこから魔法を解くのかどうか」
「解けるの!?」
「うん。まぁ、禁忌魔法だから解き方を探すのは骨が折れるだろうけど、魔法に解けないものなんてないよ」
「解けるなら、解きたい」
不死身であって良かったと思った事なんて、一度だってない。
「なら、一緒に魔女になりましょ」
「魔女……」
「そう。魔女。どうせ不死身の人間なんて魔女からも魔女狩りからも狙われるんだし、魔術を学んで力にしておくのは必須だと思うわ。それに、魔女が魔法を学ぶことは普通でしょ?」
その時の私には、もうひとつの考えがあった。
魔女になれば、あの洞窟に居た「何か」のことも分かるのではないだろうか魔女が呼び出した悪魔なのだから。
私の失った記憶……過去を知っていそうな、あの「何か」に辿り着けたら……。
「なる。私も、魔女になる」
ノワールの目を見据えて、私は言った。
「よし、それじゃあ名前決めなきゃね」
「アタナシア……」
「それは本名でしょ。ダメよ。魔女は皆偽名を使ってるんだから」
「ノワールも?」
「当然。ま、本名の方は忘れちゃったけど」
しばらく考えてから、
「……アナスタシア」と私は答えた。
「それが、私の魔女としての名前」
ニヤリ、とノワールが笑う。
「それじゃあ、目的が達成されるまであなたはアナスタシアよ。よろしくね。アナスタシア」
次回更新は6月25日8:00。
魔女となる決意を固めたアタナシアはついに「黄金の夜」の窖へ向かう……。
お楽しみに!




