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第3話「現実」

前回までのあらすじ


5年前以降の記憶のないアタナシアは野犬に殺されたことをきっかけに自身が不死身であることを知る。

自身が人間なのかと言う不安を抱き、不死身であることを養父母に打ち明けられずにいる中、村の双子が行方不明になったと知らせを受けて捜索へ。


そして彼女が双子の妹にあげたクラゲのイヤリングと、その近くに森の奥へと続く轍を見つけるのだった。


───今回───

???視点

***

アタナシア視点

 くすくすくす

 やみよにまぎれてわらっている


 くすくすくす

 そのときがくるのをまっている


 くすくすくす

 くさばのかげからみつめている


 くすくすくす

 つきのまなざしはくものむこう


 ***


 一歩、一歩と恐る恐る進んでいく。

 ただの行方不明ではない。何者かに連れ去られたようだ。

 じわり、とした汗がうなじに滲む。


 大丈夫だ。いざとなれば、おじさんもいる。猟銃もある。

 そう言い聞かせて、奥へ奥へと踏み入った。


 そうして、轍の後を追って、私達は打ち捨てられた荷車を見つけた。

 荷車の後ろの方には箒が繋げられており、どうやらそれで轍の跡を消しながら進んでいたようだった。


 間違いない。グレイとマリーは、これに乗せられていた。

「おじさん」と、私が彼のいるほうを見ると、更に森の奥を見つめているようだった。

 返答は無い。

「おじさん!」ともう一度強く呼びかけると、ビクッと身体を震わせて、私の方を振り返った。汗ばんだ顔がランプの灯りでぼんやりと照らし出される。

 何かに怯えているような顔だった。


「……ここはまずい。仲間を呼んでこよう」

「何言ってるの?二人は確実にこれに乗せられて来たんだよ!?」

 私は荷車を指さした。

「ここに捨ててあるってことはそう遠くにいないはず。連れていった奴らのアジトがきっと近くに……」

「言うことを聞きなさい!」

 ものすごい剣幕で、おじさんが私を怒鳴りつけた。突然の事で、一瞬にして私は身体を縮こまらせた。

 それを見て、彼は少し焦ったような、申し訳なさそうな顔つきになって、優しい声色で言った。

「すまない……アタナシア。でも、ここはダメなんだ。散々、森の奥には入ってはいけないと言ってきただろう?」

「う……うん。でもあれは、迷って帰れなくなるからだって」

「それもある。それもあるんだが、俺達が子供の頃はこんな風に言われていたんだ。ここには人を取って食べる魔女がいる、と」

「魔女……?」


 本当にそんなものがいるのか。魔女なんて、大抵はおとぎ話の中にしか登場しない、架空の存在じゃないか。


「そんな言い伝えに怯えて引き返すってこと?」

「違う。本当にいるんだ。俺は見たんだ!あの日、魔女を!」

 おじさんは続ける。

「俺がまだお前くらいの歳の頃、村の若いやつらで度胸試しにこの辺りに踏み入ったことがあるんだ。今、魔女の話が伝えられていないのは、俺達のこの行動が原因だ」


「そこで、見たんだ。黒い服を着て、つばのながい三角の帽子を被った女の姿が……!トムの奴がからかいに行った途端、魔女がみるみるうちに姿を変えて、2mはある狼に変身した……!」

「それで……トムは食われた……。あいつは手に持ってたナイフで突き刺してたが、傷がすぐに治っちまうんだ!それで恐ろしくなって……それから俺達は逃げるのに必死で……」

 そこまで話たおじさんの顔は真っ青で、嘘をついているようには見えなかった。本当に、怯えている。


 ……傷がすぐに治る?

 それは……魔法なのか?

 それなら、今の私のこの状態は、何かの魔法をかけられている可能性がある。そういうことなのだろうか。

 もし、あの二人を連れ去ったのがその魔女なら……話を聞けるかもしれない。


「……おじさんは戻ってみんなを呼んできて」

「……何を言ってるんだ?」

「私は……行かなくちゃ」

「アタナシア?」

「ごめん。危ないことはしないから」

「行かせられる分けないだろ!」

「お願い!ここで戻って二人に取り返しつかないことがあったら私、私……多分、ずっと負い目になると思うの」

「ダメだ。それでも」

「ごめんなさい」

 私はそう言って、森の奥へと駆け出した。


「アタナシア!!」

 後ろでおじさんの怒鳴り声が聞こえた。だけど、振り向くわけには行かなかった。大丈夫だよ。おじさん。どんなに危険なことがあっても、私は死なないから。


 しばらく行くと、薄ぼんやりと光が漏れてる洞窟があった。

 何人かの話し声がする。

 忍び入る。中は一本の狭い通路になっており、その先に大きく開けた空間があった。かがみながらそろりと覗くと、その広場には黒い服装に身を包んだ人が数十人、集まっていた。

 そして、中央の床には魔法陣が書かれており、その上に置かれた檻の中に閉じ込められたグレイとマリーがいる。ふいに、二人と目が合った。そして、集団も目が合ったことに気付いたようで、こちらを見る。


 私は覚悟を決めて、ゆっくりと立ち上がる。

「その二人を……返して」

「それは無理なお願いだねぇ。お嬢ちゃん」

 一際大きなつばのある三角帽子を被った老婆がそう言った。

 つかつかと、魔女達の前に私は進んで深々と頭を下げた。

「お願いします。私の、大切な友達なんです」

「へぇ。じゃあ一体誰が、儀式の代わりを用意してくれると言うのかなぁ。この儀式には幼い双子の魂が必要なんだけどなぁ」

「もし、必要なら私が代わりになります。だからッ」

 そこでガッ、と大きな手で首を掴まれた。一瞬、呼吸が止まる。

 ググッと体が浮き上がる。地面から足が離れると、掴まれている首に全ての体重がかかり、どんどん苦しくなる。

 掴んでいる手を掴むと、毛むくじゃらの獣のような腕だった。


 腕の先に繋がる身体は2m程ある人型の狼だった。


「頭の足りてない子だねぇ!!」

 嗄れた声が洞窟に響く。

「双子の幼い魂がいるって言ってんだろぉ!?なんでか分かるかい?希少だからだよぉ!お前みたいなただの小娘が代わりになろうなんて思い上がりも甚だしいわぁ!!」

 血が集まっているからか、顔が膨らむような感覚がして、視界がドンドンドンぼやけていく。


 必死に、声を出そうとした。

「わッ……たしは……ぶじ……みッでず……。きじょうざ……ならッ……じゅッぶん」

 そこまで言ったところで、思いっきり檻の上に叩きつけられた。

 ガシャン、と檻が凹む。ゴリゴリっと音が鳴って喉が潰され、呼吸ができなくなる。自然と、目から涙が零れる。息を吸おうとして肺がぐっ、ぐっと動く。それに合わせて、不格好に身体が仰け反った。


「不死身ぃ!?そんじゃあ試してやるよぉ!嘘だったらあのガキと仲良く地獄に行きなぁ!!」

 そう叫んで、狼は私の心臓目掛けて、首を絞めているのとは反対の手で左胸を貫いた。

 ドクドクと熱い血が流れていくのを、回らない頭で感じる。


 魔法陣が光って、何か周囲のものがガタガタと震え、私の上で何かが現れようとしたところで、意識が途切れた。


 どのくらい時間が経っただろうか。バッ、と目を覚ます。

 体がやけに濡れている。見ると、私も洞窟の中も真っ赤に染まっていた。

 生臭さの中に鉄のようなものが混じった匂いが充満している。

 液体の中にぼそぼそとした破片や、縄のような固形物が落ちている。それが、人間のものであったことはすぐに察した。耐えきれずに、その場で戻す。喉が焼けるように痛み、酸味が舌を撫でる。


「グレイ!マリー!」

 二人の名前を呼んだ。

 あの時、死ぬ前は檻に入っていたはずだ。

 私が叩きつけられた檻に───


 当の檻は、私の横にありえないくらいにひしゃげて血の海に転がっていた。

 まさか。

 まさか。

 まさか。

 二人もこの血の海と肉の島の一部になったと言うのか。

 嘘だ。嘘だ嘘だ。そんなの───


「安心してください」

 背後から声がする。私以外に、この部屋に生存者がいる。

 バッ、と勢いよく振り返る。


 そこには、私よりも少し背が高いくらいのスラッとした女の人が立っていた。いや、人では無い。目が四つ、腕が二対ある。そして頭には、枯れた樹木のような角が生えていた。


 私を生贄に生まれた、「何か」であることは確かだ。

「あなたが……これを……?」

 私が聞くと、悪魔はゆっくり頷いた。

「こいつらを始末する前に、あの双子は逃がしました。ですから、この惨状も、あの双子は見ていません」

 悪魔はそう言う。


「……私はなんの?どうして、死なないの?私は……人じゃ無いの?」

 そう聞くと、悪魔は悲しそうな顔をしてこう言った。

「私から……お伝え出来ることはありません。願わくば、自分の正体について知ろうとしないで欲しいです」

「なんで……!?」

「……あなたが、そう望まれたからです」

 そういうと、悪魔は踵を返して洞窟から出ていこうとした。



望んだ……?

私が……いつ……?

そんな記憶……。



もしかして……5年より、昔の私が……?


「待って!せめて、あなたの名前だけでも……!」

 そう呼び止めたが、悪魔はすうっと霧のように消えてしまった。


 直後、大勢の声が近づいていることに気付いた。

 部屋におじさんが入ってくる。

「アタナシア……!」

 しかし、部屋に立ち入ろうとして、足を止める。当然だ。この部屋の状態は、異常も異常なのだから。


「……違うの。これは私がやったんじゃない」

「あぁ、わかってる。大丈夫。大丈夫だよ」

「お願い。信じて」

「当然だ。信じているさ。それより、怪我は?グレイ達が、自分達の変わりに生贄になったと……」


 おじさんの背後から、おばさんやその他の村の大人が入ってくる。

「アタナシア!」

 そう叫んで、おばさんが駆け寄って、私を強く抱きしめた。暖かい。

 そう思った途端、涙が溢れ出して止まらなかった。

「ごっ……ごめんなさい。ごめんなさいッ。ごめんなさい!ごッめんなさい!私ッ……私、人間じゃッ……無いみたい」

「大丈夫。大丈夫よ」


 そう言って、おばさんは私の頭を撫でた。


 どのくらいそうしていたかは分からない。

 ただ、ここが私のいる現実だと言うことを私は認めざるを得なかった。



次回更新は6月22日の朝8:00です。

お楽しみに。

一回アタナシア視点から外れますが、次次回には秒で戻ってくるのでご安心下さい。

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