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追憶のワルプルギス  作者: 伊藤修平
黄金の夜編
13/14

第13話「飛ぶ」

 そもそも。

 そもそもである。

「魔法ってああいう詠唱を唱えれば出るものなの?」

 私はノワールに聞いた。ソフィの場合は背中に魔法陣を書かれたが、あのバンガルシアと呼ばれていた男は詠唱だけで炎を操っていたように見えた。

「上澄みも上澄みだよそれは。詠唱と魔法陣はセットね。本当に上澄みだと詠唱すら無くても魔法を使うらしいけど……そんなの、神話の時代レベルの話ね」

「あ、でも狼の魔女は詠唱せずに狼になってたよ?」

「ギャバンのこと?あの人は魔法陣を自分の身体に書いてるからね。その場合は詠唱は破棄できるわ。とは言っても、変化系の魔法に限られるけど」


 そうなんだ……。


 ん……?あれ。

 おかしくないか……?


「私の不死身は魔法なんだよね?」

「ほぼ確定でね」

「その不死身の魔法陣はどこ?」

 私の身体に魔法陣なんて無い。自分では見えないところにあるのか?


「体内にあるんじゃない。内蔵とか骨に彫り込まれてる可能性はあるわ。そこまで珍しいやり口じゃないもの」


 ……想像するだけで嫌だった。昔の自分はなんて経験をしているんだ。


「それで、これはどこに向かってるの?」

 さっきからずっと、山を歩いている。

「いいとこ」

 ノワールが振り向きもせずに言う。

 嫌な予感しかしない。


「魔法には詠唱と魔法陣が必要だけど、それよりもっと前の段階に必要なものがあるのよ」

「なんなの?」

「精霊に慣れること」

「はぁ?」

「精霊って見えないだけでどこにでもいるもんなのよ。ただ、ソフィのやつみたいな概念的なのは初めてだと掴みどころがない。だから、自然の精霊を扱う魔法が四大魔法として基礎になってるのよ」


「それはつまり……」

「風を全力で感じられる場所に今向かってるってこと」


 ***


 そんな気はしていた。

 そんな気はしていたけど……。

「流石にこれは死ぬって!!」

 足元がおぼつかない。ずっと揺れている。なんで……なんでこんなところに橋を建てた!!馬鹿じゃないの!?


「ここは嘆きの谷って言われててね。ちょうどいい感じの隙間、ちょうどいい感じの大気の流れのせいで死ぬほど風が吹き続ける谷なの。風と一体になれるよ」


「えーっ!?なんて!?」


 本当に聞こえない。風の音がうるさいし、木と縄でできた橋が揺れ続けてガタガタ言っているせいで自分の声すら聞き取りづらい。


 ちゃっかりノワールは橋の入口に魔法陣を書いて、風を防ぎながら、あぐらをかいて私を見ている。


 本当に魔女はこんなことやってんの??

 ノワールが私をからかってるだけじゃ……。ダメだ。死ぬ。死んでも大丈夫ではあるんだけど死ぬ。死んでしまう。死ぬ時はちゃんと痛いんだぞ。あのバカ。


 欄干……と言うには心もとない、古びた太い縄を両手で掴んでいる。風の強さが変わるたび、大きく横に揺れるので、バランスを取ることでさえ難しい。

 飛ばされないように落っこちないように吹く風に頑張って耐える。心もとない木の板の足場で踏ん張るが、焼け石に水だ。どころか、力を入れるたびに橋の揺れは大きくなる。


 一等大きな風が吹いて体が浮き上がる。


「あっ」


 踏ん張りが効かない。足場がさらに心もとのない空中になったのだから当然だ。

 落ちる。飛ばされる。そう思った瞬間だった。

 風邪が弱まった瞬間、ストン、と身体が橋にもどる。

 耐えていた時より、橋の揺れは少ない。


 ノワールの言っていた言葉を思い出す。

 ───「風を全力で感じられる場所」

 ……そうか。これは風に耐える場所じゃない。

 風を感じる……風に任せる場所なんだ。


 それ気付くと、途端に視界が広がった。

 谷の隙間から覗く紺碧の空。まばらに混ざる白がより一層青を深めている。谷底を見やれば、さらさらと渓流の川がせせらいで、草木はさわさわと揺れている。


 なんだ。いい景色じゃん。


 ふと、心が騒いだ。

 ひとつ、頭の中に考えが浮かんだのだ。

 私はパッと縄から手を離す。

 ばっ、と風が吹くと、私の身体はいとも容易く浮き上がり、橋から完全に離れた。


 風と体がひとつになった感じがした。


 ***


 パチッと目を覚ます。落ちてからどのくらい経ったのかは分からない。私が目を覚ましたせいで、物珍しそうに顔を覗きこんでいた鹿が驚いて逃げていった。


「アナスタシア!」

 ボサボサの髪に葉っぱをくっつけながら、焦った顔でノワールが木の向こうから顔を見せた。相当探し回ったようで、息を切らしている。

 私は起き上がって、彼女のおでこを弾いた。

「いてっ」と言って、彼女は額を押さえる。


「意図は理解できたけど、こういうところだって言わなかったのはイタズラ心でしょ?だからお返し」

「へへっ。バレてたか。でも、アナスタシアもそんなのに身体張らないでよ」

「いいのよ。私死なないし」

「いや……それなんだけどさ。死ねる回数に上限がある可能性はあるでしょ?」


「……え?」


 いや、そうか。言われるまで気付かなかった。無限に死んで生き返るものと思っていた……けど。

 もしも生き返れる回数に上限があれば……私が死ねるのはあと何回だ?

 もう既に二桁は死んでいるはず。


 途端に、死にたくないと思うようになった。

 死ぬのが怖いからじゃない。


 自分の正体や過去を、知る前に死にたくないと。そう思った。


 ***


「ライト。方針が決まった。やはり、バンガルシアの言及した魔女を探せとのことだ」

 ヴァローナが教会本部から出てくるなりそう言った。

「へぇ。やっぱりね。そうだと思って俺も勝手に調べといたよ」


 そう言って俺は紙を一枚、彼女に渡した。


「あの村に二人、生き残りがいた。今は孤児院にいるらしい。今から行くか?」


 ヴァローナは少し考えて「手荒な真似はよせよ」と眉をひそめて言った。


 時と場合によるさ。


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