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シュレディンガーはたぶん猫。  作者: 鰯野つみれ
第二章 「変異の兆し」
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第8話◇その虫の捕まえ方と殺し方

騒動から一夜明けた、本日。

放課後、俺たちは誰もいない二組の教室の片隅で、作戦会議のようなものを開いている。


本格的な会議の始まりは、人間が地球のことをシュレに訊かれて分かることを答えたり、こっちからも宇宙のことを軽く訊いたり、という、少しユルめの形式から始まった。

俺も片山も素粒子関連の詳細は分かっていないし、シュレも説明できない&地球の言語には翻訳できない単語や概念があるとかで、お互い答えられなかったり分からなかったりもしたが。


「そういえば、シュレ。お前、今後は他にも虫が繁殖してないか確かめる予定、と言っていたな?今日は捜索に出るか?」


昨日、別れ際にシュレが言っていたことを、俺は確認する。


シュレの母集団への帰還を助ける代わりに、人間に有害な宇宙産の虫を発見したら、確実に全部シュレに捕獲処理してもらう。

昨日、そういう約束を、俺たちふたりと一匹?は交わしたのだ。

アイスを食べている間に。


『そうだが……急にどうした?ミヤモト』

「俺もそれに同行したいんだが、いいか?」


突然話題が変わったからか、シュレから大きく疑問の気配が伝わってくる。


「だっ、駄目だ!!」


しかしシュレがそれに何か答える前に、横から「断固反対だ!!」と言わんばかりの強い声が飛んできた。

片山だ。


「シュレに訊いてる。何でお前が駄目だと言うんだ?」

「だって……危ないだろうが……」


俺の文句に、片山はゴネたような声になる。

何でか、コイツは俺に対して、そういう口調になることが増えている。

親しみなのか、甘えるような態度……。

そのたび、少し変な気持ちになる。


「確かに危険だろうが、だからこそ、他にも侵入されてないか、しっかり調べておきたいだろ。離れて見て観察するだけだ。分かってないと、俺たちも今後の対応手伝えないし」

「それは、そうかもしんねぇけど……」


ブツブツと文句を口ごもる片山。

どうやら「心配だから調べた方がいいのかも」という認識自体は、ないこともないらしい。

なので、俺はこのままの勢いで説得することに決めた。


「シュレがいる時にしか虫を追わない。それなら全然危なくないだろう?」


片山はまだ不安そうだが、それでも力で強引に押し切ろうと、意識的に口調を強くする。


「だ、だったら、シュレ。俺らにもあの虫の捕まえ方や殺し方を教えろ。そしたら安全だろ?」


このままでは俺を説得できないと理解したようで、安心安全を求めた片山は、シュレの方に助けを求める。


『捕まえ方か殺し方、か。人間には厳しいと思うが?』


申し入れに、シュレは難色を示す。

確かに、あんなに素早く、ものの二秒足らずで相手を分解するという虫相手に、ただの人間ができることは少ないに違いない。


が、そこでシュレはあることに気が付いたようだった。


『……いや。そうか、吾輩が混じっているのなら、あるいは』

「何かあるのか、方法が!」


思わず前のめりになる片山。

しかし、シュレはどうにもその案には気が進まなそうだ。


『吾輩の不注意で、吾輩とお前たちの素粒子構成が変に混ざってしまっただろう?』


改めて、というようにシュレは確認してくる。念を押すような口調で。


「うん」

「ああ、そうだな」


俺たちも、大きく頷く。


何しろこの会議開始前も、前振り無しの「互いの耳がきのこのように足に生える」という突然の変異にびびって、テンパってしまった。

本当、他に誰も教室にいなくて助かった……。

シュレも分かっているだろう?」とばかりに頷いてみせる。


『お前たちに混じる吾輩の素粒子量を、意識的に増大させるとするなら。吾輩の虫を捕獲し消す能力が、お前たちにも多少は使えるようになる、かもしれん』


そうして、思いもよらなかった情報を俺たちに公開した。


「俺たちにも、使える……?」


あの虫を捕まえる瞬間のシュレを、昨日俺たちは確かにこの目で見たはずだが、人間の目にはあまりにも動きが素早過ぎて「一体どう捕まえたのか」は、全然分からなかった。

もしもっとたくさん「混じる」なら、人間の俺たちにもあれに近い動きが可能になる、とでもいうのか。


『かもしれん、だ。確実性は担保できない。その上、変異はずっと大きく重く進むぞ。今までの比ではない勢いで、急速に異形化が進む可能性がある』


が、当然、メリットだけではないらしい。

デメリットがある。

それも、かなり重めの。


ほんの十数分前、またしても初日同様の大騒ぎをしてしまったわけで、「あれより大きな変異こそが代償だ」と言われると、どうしたものか困ってしまう。


『変異を消したかったからこそ、吾輩に頼ったんだろう?なのに、逆に増やすのか?お前たちにも、さすがにそこまで人間を辞める覚悟はなかろうて』


だよな。

あんまりにもデメリットが大き過ぎて、無理だ。


などと、俺も考える。

ただ、片山は「無理」と思ってはいない様子だった。


「でも。もしあの時、あの虫が、宮本を分解していたら。俺は……きっと今、耐えられてない」

「片山?」


眉間にしわを寄せて深刻に言われて、「そういえば、ちょうど俺の背中にくっついていたあの虫を、シュレが捕まえたんだったな」と思い出す。


そ、そうだった。

あの時は、たまたま食われはしなかったようだが……。

もしそうじゃなかったら、包帯で試した時みたいに、ほんの二秒ほどで分解されて食われて、完全に存在がこの世から消えていたかもしれなかったんだ……。

落ち着いてよくよく思い返してみれば、あれはとんでもなく恐ろしい状況だったのだ。


「知ってる奴がいなくなるの、キツい……」


言いながら、ぎゅっと手首を捕まれてしまって、驚く。


うわ……!!

コイツは、俺が他人との接触が苦手な奴だってことを、全く知らないんだよな!!

だから、何のためらいもなく、そうしてきたんだろうけど……!!


「……っ、片山」


だけども、必死にすがってきているこの視線と握力に、「放せ」とは、とても言えなかった。


そんなに頼るみたいに触れられると、困るんだが……!!

こっちはずっと「いけ好かない素行不良男」とばかり、思っていたのに。

たった一日で認識を変えられてしまった。


意外と話せる奴だったし、それに、「自分にはもう家族がいない、天涯孤独の身だ」とも、コイツは語っていた。

片山にとってはそれだけ、「親しい人間の貴重さ」が重いのかもしれない。

色々知り過ぎて、その手を振り払うことは、もうさすがにできない……。


「……さすがに変異は保留、な。もう少し落ち着いて慎重に考えるべきだ、こういうことは」


俺は片山の気持ちをなだめるように、口走る。


たぶん……こういう時、友達関係だったら、慰めるんだろうな。

肩や背中に、触れたりして……。


俺は自然と、そう考える。


自然と、手が伸びた。

「触りたくない」みたいな感覚は、もうコイツにはそこまでなかった。

何でか。


そのガチガチに力が込められた片山の肩を、数度、やわく叩いてやる。

何度かそうしてやると、ようやく少しずつ、じわりと脱力していった。


「そう、だな……」


こくりと、頭がただ一度わずかに揺れただけの、小さな頷きが返って来る。

納得させられたようで、俺もホッとした。


どうやら、上手く触れ返せたみたいだ……。


それにしても、片山は、感情的になって先走るところがあるみたいだ。

その脳内に「慎重」という文字はなくて、一度覚悟を決めると、アクセルを踏むことに全くためらいがない。


つまり、ブレーキは俺の役割、ってことか。


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