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シュレディンガーはたぶん猫。  作者: 鰯野つみれ
第一章「手に包帯巻いて異形を隠すのを、厨二病みたいって言うな」
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第3話◇風紀委員長・宮本政信と、素行不良・片山蒼

次の日、結局、俺は例の手のひらの唇を包帯でぐるぐると巻いて隠して、登校することになった。

寝ている間に自然と消えてくれるかもしれない、なんていう期待は、あっさり打ち砕かれてしまったから。


あまり眠ることもできなかったため、頭も体も重い。

腹部のゾワゾワ感には、ほんの少しだけ、慣れたかもしれない……。

しかしあくびを噛みしめながらも、俺の風紀委員長としての仕事は今日も途切れることなく始まる。


「宮本、はよ~」

「早ぇな、今日も」


校門に立っていると、するとすぐに友人兼クラスの風紀委員の山瀬と松岡がやってきた。

けれども、「このオカルトな状況は他には見せられない」と必死になり過ぎてしまったせいか、逆に二人の視線は自然と俺の左手に集中してしまった。


「てか、どうしたん、その手。厨二病コス?」

「何か出る設定?黒龍波とか」

「厨二病って言うなっ……!!出るわけがあるか!!」


開口一番に指摘をされて、俺は渋い顔になり、ツッコミと共にズレた眼鏡を指先で戻す。


ひとりで包帯を巻いて結ぼうとした場合、自然と右手と歯を使って結ぶことになるため、ちょうど手首から八センチメートルほど上のところに結び目がきている。

広めのゾーンが包帯の真っ白に覆われている状態は、さも「それっぽい」感じに見えるらしい。

かなり目立ってしまうようだ。


あまり良くない状況だな。

帰りに薬屋にでも寄って、厨二病感が薄まる代替案を考えないと……。

それで俺のキャラが定着してしまうじゃないか。


「ちょっと派手に擦っただけだ」


ため息をつきながら、俺はごにょごにょと言い逃れた。

その後も挨拶と身だしなみについて指摘するごとにみんながみんな左手に視線を寄越すので、俺はそこにある口がバレてしまわないかと、隠すように左手を握りしめ続ける。


そして、もうあと五分ほどで予鈴が鳴るのでは、というタイミングとなった。


この時間になると慌ただしく校門を駆け抜けていく生徒も増えてくる。

よっぽどの違反がない限り、俺の指導も流す感じになっていくわけだが。


この時間帯にはアイツが姿を現すと、俺には分かっていた。


片山蒼。

姿を確認した途端に、妙にホッとする。

一応、休まず登校してきたようだ。

見たところ、今日も制服の着こなしはだらしないまま、修正されている様子はなかった。


本当は「お前はこの腹のゾワゾワ感覚に耐えられているのか?」などと根掘り葉掘り聞きたい気持ちも、ないことはないが、こんな人前でそれを話せるわけもない。


「待て、片山っ。服装の違反だ……」


本当に聞きたいことの代わりに、いつもの「風紀委員長」の立場で声をかけて、逃げられないようにと片山をとっ捕まえようとして――そして、俺はその顔を見た。


口元にホクロ。

その唇の感じには、なぜか、覚えがあった。


「ネクタイと、ボタンもちゃんとしろ」


注意しつつも、近い位置でじっと口元を見て、確かめる。


「ああ。はいはい……。って、何?」


いつものように流そうとしてきた片山のその手首を、俺は逃げられないように強めに掴んだ。


「……ちょっと来い。松岡っ、山瀬っ、あと頼む!!」

「おおー、いつもの説教な~」


言い置いて、そのまま歩き出す。

俺が片山相手に説教するのはよくあることだから、特に不思議には思われていない。

当然、引っ張られていく片山は不満げだ。


「は?何だよ!!」

「聞きたいことがある」


嫌そうではありつつも、一応はついてきたので、そのまま人がいない場所、保健室に連れ込むことにした。

堂々と目立つ場所でこれを晒すわけにもいかないだろう。


「本当、何……」


説教の続きががあると思って眉間にしわを寄せている片山を前にして、俺は口と右手で何とか包帯をほどいて、バッと左手のひらを見せつけた。


「俺の手にあるこの口は、お前のものじゃないのか……!!」

「……え?」


片山はその目を見開いて、俺の手のひらに視線を集中させる。

その口はポカンと開いていた。

あのホクロがある唇、それと全く同じものが確かにここにあると、片山の目にも見えているはずだ。


「もしかしてオレンジ味の飴の……?ってことは、俺にくっついてるの、委員長の口ってこと……?」


すると、本人の唇から出てきた台詞は、これだった。


「み、認めた!?ということは、お、俺の口が、お前にもくっついているのか?やっぱり!?」

「……ああ、口ならある。ここ」


左手首のリストバンドを片山が無造作にずらすと、そこに口があった。

たぶん――俺の。


それを確認のために凝視しようとした瞬間、片山は手首を右の中指に触れさせる。

瞬間、「誰かに触れられた感触」が、俺自身の口元にも飛んできた。


「ん、む……っ!?」


反射的に閉じかけたはずの口を、無理やりこじ開けるようにして指が入ってくる。

上下の歯を割るように侵入する爪の先の感触が、リアルだった。


「んえっ?」


思いもよらない感触を与えられてしまい、妙な声が出てきてしまう。

が、当の片山本人は、今、俺の顔にある口には全く触れていない。

実際に俺の目の前に立つ片山が触れているのは、自分の手首でしかない。

なのに。


――ぬ、る。


俺の舌の中心から先までを、指がぬめるように滑っていった。

嫌がって舌を引っ込めようとすると、もう一本指が追加されて、捕まえるように口内全体を探られる。


「ふ……っ、うぅ……っ!?」


なっ、何をしているんだ!!

こんなこと……!!


反射的に睨みつけるも、当の片山はどこ吹く風といった表情で、ただ自分の左手首を熱心に弄っている。


繋がっている、間違いなくそこに俺の口がある……!!

それが判明したのはいいとして、しかし、確かめるためにやっているのだとしても、やり過ぎなんじゃないのか……!?


そう思っても当然なほどに、指二本は遠慮なく口中を掻き回してきた。

ぞわ……と背筋が震えて、自然と涙が滲んできて、「何で俺がこんなことで泣かなくてはならないんだ!!」と片山を殴りたい気持ちになる。


「は、ふっ、お前っ、何して……ふぐっ」


やめろ、と意識して指に強めに歯を立てると、ようやく指は抜かれていく。

たらたらとだらしなく唾液があふれていって、顎や床に垂れて濡らしていく感触。


そして、俺は片山の左手首の自分の唇、そしてリストバンドも、じっとりと濡れてしまっているのを見た。


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