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シュレディンガーはたぶん猫。  作者: 鰯野つみれ
第四章「パソコン室の黒い幽霊、変異の件」
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第27話◇成功の確信とそれが生んだ失態

周辺キャラの死注意。

「俺らがこの中に少しでも入った瞬間から、すぐに攻撃が始まるはずだ。あの一番成熟進んだでかいのが磁場を作ってる」


おそらくシュレがやるのと同じ感じで、索敵可能だ。

あの成熟期に一番近いリーダー的な虫が索敵情報を瞬時に他の虫に伝えて、その位置にドッと殺到する。

そういう戦い方。


「なら、一撃必殺。速攻で終わらせないとな。反撃食らえば食らうほどきつくなるぞ」

『まずは攻撃系の虫を麻痺させて動けなくして、その間にあのでかい奴を殺す。そして残った虫を潰す。これだな』


俺たちの中で「手早く一瞬のうちに、しかし確実に終わらせる」という方向が固まった。


「俺が電撃を部屋全体に食らわすから、デカ虫は片山、残りはシュレが潰す。これでいけるか?」

「了解」

『任された』


役割も決まり、俺たちは少し沈黙してタイミングを計る。

――今だ。


俺は室内全域にくまなく行き渡るように電磁力を放つ。

途端、バババババッ!!と抵触した虫たちがショートして、もののついでに電灯やバソコンあたりも、のきなみ破裂したり逝ったりしたかもしれない。


うわぁ。

先生たち、本当に済まない……。

虫に実際に食われるよりは被害としてはマシと思うから、ここの備品は呪いとでも思って全て諦めて欲しい。


そして身動きできなくなった虫を、シュレが一気に網でさらって一か所に集める。

そのまま網をひとつの、一ミリにも満たない小さな点まで強く凝集させることで、キュッと押し潰した。

くちゅっ、と小さな煙のように素粒子残滓が散る。



最後は片山がその拳を、一番でかい虫へと勢い良く叩き込んだ。

同時にバチバチと放たれた電撃に、デカ虫はキィィィィ、と悲鳴のような、断末魔のようなものを上げている。


いける……っ。

そう全員が確信した瞬間だった。


虫はまるでトカゲが尻尾を切り落とすように、自分の素粒子体のうち、片山が捉えた部分を完全に犠牲にして「脱ぎ捨てた」。

そしてひと回り小さくなったその姿で片山の目の前から素早く離脱し、虫かごに肉薄する。

そして、俺が放った電撃をそっくり利用する形で構成素粒子のうちの中性子部分を陽子に変化させ、「弱い力」を操って虫かごを破った。


虫の頭の部分に、鋭い角状の針があった。

その針の先端に極端に強い電撃を集めて一点突破をしたのだ。


『むっ、いかん……!!』


綻んだその一点から虫かごは崩壊していく。

シュレが咄嗟に虫の足元に自らの素粒子体を付与し、重力を与えることで足枷のようにして遅らせようとするが、それでも虫はフラフラよろめきながらも飛び去って行く。


ヤバい……!!


俺たちは奴を追って走り出した。

しかし学校の敷地沿いの方の虫かごも、ほぼ同じ形で突破された。


「くっ、学校の外に出られる……!!」


虫には行き先があるのだろうか。

ふらふらしつつも、一直線に飛んでいく。

俺たちは引き続きそれを追うが、やがてそのルートが「よく知る道」と完全に被ることに気が付く。


『こっちは、カタヤマの家の方角だぞ……!?』

「っ、何でっ……?」


ひどく嫌な予感がする。

何で虫はあえてこっちに行くんだ。


アパートの建物が明確に見えてきて、不快な予感はますます大きくなる。

ふ、と低空飛行をしていた虫が急に高度を上げ、ある部屋の窓から入っていく。


俺たちはその部屋に住む人を知っていた。

アキオさんだ。


「アキオさん……!!」


階段をガンガンと音を立てながら全員で駆け上がり、片山が代表して乱暴にドアを開け放つ。


虫は、確かにそこにいた。

ただ、アキオさんでなくその客の腹部をえぐるようにして攻撃していて、すっと小さな青白い光を吸っていた。


アキオさんは崩れ落ちるその人を支えるように、そして庇うように守って、必死に上から覆いかぶさろうとしている。

その背中に虫が迫る――食われる。


「片山……ッ!!」


もう一度だ。

今度は俺が虫を網で拘束して、完全に押し潰した。

ずちゃっ、と素粒子体特有の崩壊感覚を認識する。

シュレもより強固な虫かごを二重に用意し、もしもの時に備えた。


そして片山がアキオさんを、客ごと抱き抱える形で虫から引き離す。

怪我している客人は、かなり乱暴に床に放り出される形になって、痛みのあまりにかなり大きめに呻いて身じろいでいた。

ただ、確実に生きているようだ。


そして、アキオさんは。

アキオさんは、片山に肩を抱かれる形で庇われて守られている。


ただし、その身は透けて揺らめいていた。

肉体というものを完全に失っており、むき出しの素粒子体の状態でそこに「在った」。

輪郭をじわじわと空気に溶け込むように揺らがせて。


『肉体が消え、素粒子体だけが残存している……』


シュレが驚愕の気配で呟くのを、俺は聞いた。


『おわっ……?もしかして、なんか、助けられた感じ……?』


キョトン、とした表情でアキオさんに尋ねられたが、それはいつもの声色とは少し異なっている。

それが人間らしく声帯を使って話す方法とは全く違う話し方だからだ。


「アキオさん……でも、体、が」


何と説明すればいいのか分からず、俺はただ指摘する。

するとアキオさんは視線を下に落として、今現在の自分のありのままの姿をようやく認識した。


『へっ……?あ、あれっ?なにこれっ?』


透けた手やその身を何度も確かめるように見回して、慌て声になっている。

そしてそうやって身動くたびに、また輪郭から大気に溶けていくようになって、ゆらゆらとアキオさんの存在がゆらめいてしまう。


そう、戦いに備えて素粒子体優勢に整えている片山が、今アキオさんに違和感を全く抱かせない形で彼を抱きしめられているのは、「アキオさんも今は素粒子体として存在しているからこそ」だ。

もし生身の肉体のアキオさんが相手だったら、さっき学校に忍び込んだ時に警備員の人を堕とした時のように、その強烈すぎる刺激は、通常の人間には「ひとたまりもない」もののはずなのだから。


「ご、ごめ……兄ちゃん、俺、間に合わなかった……っ」


呟いた片山は、真っ青になっていた。

とんでもない状況を引き起こしてしまったと言いたげに、激しく動揺してしまっていた。

俺の口からも、言葉が全く出てこなくなっていた。


片山がアキオさんを引き寄せるより、俺が虫を捕まえて潰すより、ほんの一歩だけだけど早く、きっと紙一重のタイミングで、もう虫はアキオさんの「肉体の殻」に食いついていたのだ。


『あ、ああー……、でも、色々と助けようとしてくれた。そうなんだね?いっぱい頑張ったんだね?』


アキオさんは耐え切れずポロポロと盛大に涙を流し始めた片山に、少し困った顔になった。

なだめるように何度も背中を優しめに叩く。

それは突然に小さな弟に泣きつかれてあやしているお兄さん、そのものの優しい顔だった。


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