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シュレディンガーはたぶん猫。  作者: 鰯野つみれ
第四章「パソコン室の黒い幽霊、変異の件」
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第24話◇アキオさんと片山の地雷

始祖があの蝶の形に変異して以降、俺や片山の自宅を狙ってくる第二世代が自然と増えていた。

始祖蝶自体が警戒音を出している気配はなかったけれど、虫特有の人間の目には見えない「何かの知らせ」がこっそり出ていたのかもしれない。


例えば地球の生き物が出すフェロモンと同じような、そういう何か気を惹くもの?が――そんな仮説をゆるゆる考えながらもいくつもの虫を潰していく。


最近の道端を歩く時の俺は、ずっとこんな感じだった。

腹のところにグチャついた変異を隠すことも忘れない。


あんまり素粒子体を数時間出しっ放しでいると、更に変異と疲労が大きくなるから、気をつけないとな……。


明日から新学期。

二学期以降を、俺はこのまま全力で回せるだろうか。

しかも、受験本番がじわじわ近づいて来るという状況の中で。

虫たちが「お勉強、頑張ってよね」などと遠慮してくれるとはとても思えないが。

風紀委員長の仕事もあるのに。


しかしここ数日に限ると、俺や片山やシュレの目の前に現れる、いわば「攻撃隊」に属しているとおぼしき虫が、妙に減ってきた、というデータがある。

俺たちを襲いに来る殺意の虫」の一群もいるが、「次の変異のための成熟期を目指す虫」の方が多そうだ。


そしてそれが暗示することを考えると――次の変異、第三世代の虫の誕生はそんなに先のことではないのでは、と俺たちは予測している。


外れて欲しい予感だが、最も確率が高いこれから一週間程度、俺たちは意識して街でのパトロールを強化することにしている。

今日この後も夜の街に出ることになっている。

前にあったあの猟奇事件の発覚は朝。

虫の活動時間のデータを考えると、夜のうちにことは起こると想定されるからだ。


等々。

厳しい気持ちのまま真顔で片山のアパートの階段を上がっていると、聞いたことがある声がした。


アキオさん?

やっぱりそうだ。

アキオさんの部屋から、知らない男の人が出てきた。

スーツ姿の人だ。

親し気に会話を交わして「じゃあね」などと別れの挨拶をしている。

ちょうど階段を上り切ったタイミングでその男の人とすれ違う形になり、わりと幅が狭い階段なので、俺はどうぞ、と降りて行こうとするその人の邪魔にならないようにと少しずれて、進路を取った。


その動きに気づいたようで、先方からペコリと会釈が返ってくる。

とても真面目な、いい人そうだった。

不思議な雰囲気の人だな、と感じた。


「あれ?まさのぶくん」


そのまま近づいていくと、アキオさんの方も俺の存在に気が付いて、声をかけてきた。

それはやっぱり彼特有の、あのカラッとした軽めの響きの挨拶だった。


「アキオさん。お久しぶりです」


確かに、片山の部屋に入り浸っているわりに、俺はアキオさんとは意外と会わなかった。

片山の方はそれなりに連絡を取っている様子だったし、普通に会ったり話したりもしていたようだけども。


「本当、久しぶりー。そーちゃんは?」


傍らに片山がいないことに気付いて尋ねてくる。

こういうところはとても「弟を心配するお兄ちゃん」だ。

相変わらず。


「バイトです。けど、そろそろ帰ってくるかと」

「そっかぁ」


回答に、アキオさんは安心したように笑った。


「さっきの人……お知り合いですか?」


気になったので、俺は一応質問してみる。

アキオさんはへらりと曖昧な感じで笑ったので、「ああ、これは誤魔化されそうだな」と何となく予測した。


「まぁね、そんなところ~」


やはり増してヘラヘラとされている。

ということは、あまり詮索されたくはない相手なんだろうな、と考察する。


それにしても、あの人、女装も似合いそうな中性的なイケメンさんだったな。

しかも、その手に下げられた、大手子供用品店のロゴがバーン!!と入った紙袋は、見るからにパンパンだった。

い、イクメンさんなんだろうか。


「あの。いいタイミングでお会いできたので、アキオさんを片山の兄と思って訊くんですけど。アイツを悲しませないようにするには、俺は何を優先したらいいと思いますか」


こういうことを訊ねる相手として、俺の全ての知り合いの中で一番ふさわしい人こそが、アキオさんだと思う。


「おお。そっかぁ。そういうことを聞いてくれるような関係に、あの子と、なってくれたのか~!!おめでとう!!そしてありがとう~!!」


問いに応える前に、まずはしっかりと祝って喜んでくれた。

それからごく真面目な思案顔になる。


「……そうだねぇ。目の前からいなくならないことかな。それがあの子の地雷だから。最優先事項だよ」


そう続けたアキオさんは、やっぱり頼れるお兄ちゃん以外の何者でもなかった。


「アキオお兄ちゃんがアドバイスできるのは、この程度までかな~。どう?役に立ちそう?」


あえて生真面目さを解くように、「どうかな?」と軽めの口調でアキオさんが首を傾げて見せる。


「はい。聞いてもらえて、よかったです」


なので、俺もさも弟っぽく感謝の意を示す。

すると、ふふっ、と小さくアキオさんは笑ってくれた。


「本当ねぇ、そーちゃんの側にいてくれる子がこーんなに可愛くて素直な子で、アキオお兄ちゃんは嬉しいなぁ」


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