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シュレディンガーはたぶん猫。  作者: 鰯野つみれ
第三章「逸脱と共依存」
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第13話◇カラカラと鳴る虫の知らせと、大事件の関係性

警戒。

警戒。

警戒。


どこからか、我らに知らせる者がいる。

「天敵」の存在を伝える確かなそれは、とても弱く微かなものだ。


だが、それを発しているのが紛れもなく自らの母――我らの「始祖」だと察した瞬間、全ての蟲は呼び声に応えるかのように移動を開始した。


蟲たちは捕らえられた「始祖」の奪還を目指す。

しかし現状ではその目的が達成不可能である事実も、同時に認識していた。

このままではあの憎き「天敵」たちに勝てない、と。

既に大量の仲間たちが連れ去られ、殺されている。


不快。

不快。

不快。


であるならば。

何よりも、その目的を達成させるための大きな「変異」が急務である。


然り。


蟲たちは本能的に知っていた。

自らの素粒子構成を組み替えることで、より強い種として進化し得ることを。

全ての蟲たちがそうするべきだ、と悟り、一斉に行動を開始する。


ラ・ルエガは地球の生き物とは違い、交配して増える性質は持たない。

まず、餌として食べた素粒子を自らの素粒子体に取り込む。

大量に。

時には仲間の蟲の素粒子さえも、共食いの形で取り込む場合がある。


そうして集めた素粒子の総量が一定の値を超過したタイミングで、蟲は「成熟期」となる。

「成熟期」に至った蟲が自らの素粒子構成を大きく組み替えることで、より強い個体へと変異するのだ。

そして変異した上で卵を産み、次の新たな世代が大量に生まれる。


ただし、その達成のためには、特定の安定した「変異のための場」と「卵を産み付ける場」が必要だった。


蟲たちはより良い環境を目指して蠢く。

そしてそれは母である「始祖」がこの星で認めた「食べても生んでも良しの、あの肉体の殻付き」が、やはり最も適していると思われた。


蟲毒のごとく共食いし合った結果、やがて「最強の、成熟期に至ったただ一匹のみ」に蟲は収束し、ゆりかごのごとき最適な「場」を独り占めすることになる。

果たして、蟲は今回、その通りにやってのけた。

これから蟲が生む子供たちも、きっと同じ方法を取るはずだ。


僥倖。

僥倖。

僥倖。


暖かいゆりかごの中、蟲は卵を産む大仕事に取り掛かる前の、しばしの安息を得る。


「あ……あ……まことさん、お義母さん、赤ちゃん、わたしの、赤ちゃん、どこ……。なんで、いや、なに、この虫、いやだ、どうして、やだ、こんな……もうやだ、やだ……」


先ほどから辺りに響いているのは「食べても生んでもとても良い」が作り出している振動音で、それはまだ「場」の維持のために生かされている。

やはり「始祖」が選んだ「食べても生んでもとても良い」が、どこの場よりも安定していて「とても良い」。


嗚咽の他にもうひとつ、カラカラと蟲の頭上で音がしていた。

開いたままの窓から吹き込んだ風が、そこにある何かをゆらゆらと揺らしているからだ。


蟲はやはり、それが何かを知らない。

知らないが、さして嫌なものとは認識してはいない。

そしてその軽やかな音と嗚咽を、ただ静かに心地良い振動として味わっていた。

子育て経験者の人間であれば「それはまだ新品の、新生児用の吊り下げおもちゃだ」と指摘したかもしれないが。





登校直前の朝食中。まだ寝ぼけ眼のまま、朝番組のキャスターの声を聞き流しながらパンを食べていると、突然、凄惨な事件のニュースが流れてきた。


――次のニュースです。昨晩未明、S市〇〇区□□町のマンションの一室で女性の遺体が発見されました。

女性は腹部を激しく損傷した状態で発見され、その後病院に運ばれましたが、死亡が確認されました。

女性は妊娠中だったということです。

警察は女性が何らかのトラブルに巻き込まれたものと想定しており、現在行方不明の夫と義母が詳しい情報を知っていると見て、二人の行方を捜索しています。


「□□町って。兄ちゃんの学校のすぐ近くじゃん」

「本当だ。近いな」


妹の真由美の指摘に俺も頷く。

その画面にババーンと映されているのは、まさしくこれから通る予定の俺の通学路だ。

そして片山の自宅アパートはその□□の隣町にある。


「いやだわ、人を殺すだけでも怖いことなのに、妊婦さんにそんなひどいことするなんて……」


母さんはその点が強く気になったようだ。

つい想像してしまったのか、自分のお腹を押さえて曇った顔になっている。


「政信、真由美。お前たちも不審者には気を付けろ」


全国区のニュースになっていると知り、新聞を読んでいた父さんも心配になったのか、顔を上げて注意してきた。


「はぁい」

「分かった」


いつもは別々に登校するが、不安を募らせた母さんに言われて真由美と一緒に家を出ることになる。

真由美の学校は現場からは少し離れているが、それでも心配になってしまったらしい。

ひとまず雨の中、傘をさして真由美を最寄りのバス停まで送り、そのまま自分の通学路に戻る。


すると、うちの学校の周辺は騒然となっていた。

校門には既にマスコミが来ていて「さて、どいつを取っ捕まえてインタビューするかな?」とでも言いたげにギラギラとその目を光らせていた。

なので、「うわっ、捕まったら囲まれそう、ヤバいぞ」と気付いたその辺りにいた生徒たちは、特に声まで出して連携したわけではなかったが、十人ぐらいの群れ状態にまとまって傘で顔を隠しながらダッシュして、学校の敷地内に逃げ込んだのだった。

俺も「今だ」とタイミングを合わせて一緒に逃げた。


「いや、これ絶対夫が犯人だろ。浮気とかさ」

「義母が共犯?でも仲は良かったって聞いたよ?」

「夫の人、うちの学校の卒業生らしい」

「あー、だからあんなマスコミ集まってるんだ?」

「第一発見者のマンションの管理人さんが言うにはね、妊婦さんのお腹、ナイフで刺された、みたいな傷じゃなかったんだって。まるで腸とか赤ちゃんごと、ぽっかり溶けてるみたいだった、って……」


校舎に生徒が集まって来るにつれて、素人探偵の見立てやら、現場の近所に住んでいる奴提供の噂やら、SNSあたりで集まってきた情報なんかが、まことしやかに口々に囁かれ始める。

真偽不明のままに妄想と思い込みが暴走していく。


ひょいと外を覗いてみると、さっきより更にマスコミの数が増えていた。

雨だというのにご苦労なことだ。


「この分だと、思っていたよりもかなりインパクト強く次も報道されそうだな。昼のワイドショーでも特ネタとしてやる予定なのかもしれない……」


遠慮なく校舎にカメラを向けてきているので、「うわ、めっちゃ撮られてる」と誰かが声を上げて以降、自発的に全てのカーテンが閉められた。

以後は外が気になった奴だけが、たまにこっそりと顔だけ出して動向を監視している。


とまぁ、そんな状況だったので、結局、その日は授業なんてまともにやれるわけがなかった。

あんまりにも騒ぎが大きくなって収まりそうになかったため、一限目は自習・教師は緊急の職員会議に。

そして三限からは急遽休み、生徒は全員帰宅。

明日のことは今からまた職員会議をして確定させてから連絡します、と決まったらしかった。


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