8 確かにやばかった
もっとやばいこととは、なんだろう。
どうしても気になって、「申し訳ございません」と身体に力が入らないふりをして、《ふわあああああ!密着!!アルヴィンの金髪柔らかし!天使ですかそうですか》という声を聞きながら女王の腕に身を預ける。
触れている面積が大きくて密着しているほど心の声が鮮明に聞こえるし、ときには相手が考えていることを映像として見ることも可能だ。
女王の心の中では、女王が思い出している「今日の記憶」が流れていた。
まず馬車が落ちたのを見るなり、「お前泳げないだろ!」と騎士たちに叫ばれながら川に飛び込む。
…泳げないのに鎧のまま川に!?
そして川の底を歩いて馬車まで到達し、素手で殴って壁を破壊し、中から僕を助け出す。
…素手!?どうやったら素手であの頑丈な馬車の壁を砕けるんだ?
しかし僕が驚愕している間に、彼女の記憶は進む。
続いて「フレイア、俺も!」と水中で叫ぶリトを置き去りにして、意識を失っている僕を川べりに引き揚げて寝かせ、そっと顎を持ち上げて、唇と唇が触れる…と思ったら、遅れて上がってきたリトが「水を飲んだんじゃなくて過呼吸だから、人工呼吸だめ!」と声をかけた。そして彼女は僕の顎から手を離して飛びのいたのだった。
唇は触れた…のか?
僕は思わず自分の唇を指で触る。
本当に触れたのか、それとも寸止め状態で触れていないのか、確認したい。もう一度同じシーンを思い出すか、触れたかどうか言及してくれないだろうか。けれど彼女の記憶はやはりずんずん進む。
ずぶ濡れで気を失ったままの僕を宿に運び、女王自ら僕の服を脱がせて身体を拭き、傷に薬を塗って包帯を巻き、新しい服に着替えさせてベッドに寝かせてくれて、それからずっと枕元で付き添ってくれていた、というのがこれまでの経緯だった。
裸、を見られた。
なぜ女王自ら手当てを?
しかもきっと鍛えているはずの彼女に、全然鍛えていない自分の身体を見られた。
確かにこれはいろんな方面で「もっとやばい」。顔が熱くなってくるのがわかる。
「顔が赤いが、大丈夫か?食べられそうか?」
《宿の人に頼んで食べやすそうなものを用意してもらったけど、こういうときって普通の人間は無理しないほうがいいのかな?テムの男たちになら、無理してでも食べさせるけど…》
この優しい心配りは、至極まともだ。
そうだ。
キスも、裸にしたのも、僕を助けようという目的あってなのだ。必要だからしただけであって、した側もされた側も過度に恥ずかしがる必要はないはずだ。ただの救護であり治療。そう思って心を落ち着かせる。
「食べられます。いただきます」
柔らかいジャガイモと、湯気の立つ具沢山のスープ。
「どうだ」
「美味しいです」
美味しいと言ったのは嘘ではない。冷えた身体に温かい食事が沁み渡っていく。けれどリトにも言ったように食は細い。すぐにお腹が膨れてしまう。
「もっと食え」
「いえ、もう十分です」
女王はため息をついた。
「少食すぎる」
「申し訳ございません」
「今のままではテムの冬を越せない」
「はい。リトにもそう言われました」
「またリトか。短い時間で随分仲良くなったようだな」
どう答えていいのかどうかわからなくて考えていると、女王はちっと舌打ちをした。目が合った瞬間に《いいな、リトは。アルヴィンと仲良くなれて》という拗ねたような声が聞こえる。
仲がいいのとは、多分少し違うんだけれど。
ただ彼があまりに社交的で、嫌われて当然の「ウエスパシアの皇子」である僕に対してもいろいろと話をしてくれただけだ。そして騎士としての義務をまっとうして、僕を守ろうとしてくれた。
それ以上でもそれ以下でもない。
彼は親切で感じのいい人だけど、僕の能力を知ってしまったら、きっと僕には寄り付かなくなる。
そう説明できるはずもない。
僕はただ俯き、女王は「早く寝ろ」と言い残してバタンと扉を閉めた。最後の一瞥に《ゆっくり休んでね。何だったら明日もここに泊まってもいいし》という声を乗せて。
この人の心は、どこまでも僕に甘い。態度は厳しいけど。
ぽすんと枕に頭を預け、布団の温かさを感じながら、ゆっくり息をして目を閉じる。
どうして彼女は圧政者の息子である僕はここまでよくしてくれるんだろう。泳げないのに川に入り、馬車を叩き壊して助けてくれて…僕のために、そこまで…
「ん…ちょっと待てよ」




