7 もっとやばいこと
「…アルヴィン」
父じゃない。兄でも弟でも母でもないし、もちろん使用人たちでもない。彼らがこんな風に、優しく、気遣うように僕の名を呼ぶことはないから。
温かい手で額の上に乗った前髪を優しく撫でられる感覚と、《お願い、目を覚まして》という、哀願するような心の声。
はっと目を開けると、女王が赤い顔をして、白い手を引っ込めた。そして咳払いする。
「んんっ…ようやく起きたか」
さきほどまでの慈しむような優しい声とは違う、低い声。
「…はい」
「軟弱者め。待ちくたびれたぞ」
「申し訳ございません」
《違う違う!謝る必要なんてないし、むしろ生きてるだけで奇跡だし、ありがたい存在なのアルヴィンは!軟弱でも頑強でもどっちでもいいし、とにかく目を覚ましてくれてありがとう。自分が神殿重課金勢であることをこんなに感謝したことない。神のご加護も金次第。であるならば、私が課金によってアルヴィンを神の愛し子にしてみせる》
心の声は、現実の声とは裏腹に、相変わらず僕を賛美しつつ温かい。
またこの声を聞けて嬉しい、と思ってしまう。
「ここは…?」
馬車の中じゃない。橋の上でも、ここまで毎晩泊まっていたテントでもない。僕はベッドに寝かされていて、木の梁がむき出しになった天井が見える。
「ドミニ地方の町にある宿だ。今日はここに泊まる」
今日はウエスパシア第二の都市ベルカまで移動する予定だったはずだ。なのに僕が気を失ったせいで予定が狂ってしまった。騎士たちも早く故郷に帰りたいだろうに、僕のせいで。
リトの言う通り、落ち着かなきゃいけなかったのに。
「申し訳ありません」
「なぜ謝る」
「僕が気を失ったせいで予定が狂って…」
「それは違うだろ!」
女王の大きな声に、僕はビクッと身体を硬直させた。
「陛下…あの…」
「予定が狂ったのはお前のせいじゃない。御者の運転が悪かったせいだ。しかもあいつ、一人だけ泳いで浮かび上がってきやがって…!ちゃんとぼこぼこにしたから、安心してくれ」
「ちゃんとぼこぼこ」とはなんだろう。それに、御者が殴られたことで僕は安心するべきなのだろうか。
《だけど本当は私のせいだ。あの御者を選んだのは私だし、細い橋があるとわかってたのにショートカットしたくてあのルートを選んだのも私。私がアルヴィンを危険な目に合わせて、怖い思いをさせてしまった。どう償えばいいんだろう。敵の首千個で赦してもらえるかな?》
心の声が物騒すぎて、話題を変えたい。僕のせいで無駄に戦争が起こりかねない。
「あ、あの!リトは無事でしょうか?」
「ぴんぴんしている。一階でケシやロエンとカードでもしているんじゃないか」
「よかった」
「…リトのことがそんなに心配か?」
「え…ええ、もちろんです。大変な状況で、必死に僕を落ち着かせようとしてくれましたから…」
《はあ?僕を落ち着かせようとしてくれました?そんな簡単なことで?アルヴィンちょろすぎるし優しすぎるぎるんじゃないの!?そういうところも好き!だがしかし、一緒にいたのが私なら、落ち着く暇もなく壁をぶち壊して逃がしてあげて、こんなことにならずに済んだうえに私がいきなり溺愛される可能性もあったってこと?ならやっぱり私が一緒にいればよかった》
女王は眉間にしわを寄せて、ふいっと部屋から出て行った。
怒らせてしまったんだろうか。もしかして、あれが世に言う「やきもち」なんだろうか。
とはいえ、リトの心配をするのは変ではないはず。むしろ心ある人間として当然ではないだろうか。
「どう言えばよかったんだ?」と悶々とする僕のもとに、彼女はトレーを持って戻ってきて、ガタンと足でドアを閉める。
「食え」
「はい、ありがとうございます」
身体を起こそうとすると、背中がひどく痛くて、思わず息が止まる。転落したときに馬車の中でぶつけたからだろう。
女王が「…触るぞ」と断って、背中を支えて抱え起こしてくれた。
《ああああああ!スキンシップやば!アルヴィンの体温感じちゃってやば!語彙が足りないけどやばい!こんなときなのに何考えてるんだろう私は!落ち着けフレイア、落ち着け。そもそもさっきもっとやばいことしたじゃん。それに比べたらこんなの屁でもないでしょ?》
…もっとやばいこと?
《だってさっきは直接触って…》
直接…何を触ったって?




