5 ちゃらい騎士
休憩を挟んだのちに馬車に乗り込んできたのは、女王ではなかった。
茶色の髪と茶色の目をした、僕よりも若そうな騎士。左耳にいくつも凝った飾りがぶら下がっている。
「俺はリトっす。フレイアに頼まれて交代しました」
「よろしくお願いいたします、リトさん」
「さん付けは鳥肌もんす。リトでおなしゃす」
「わかりました」
独特な話し方と距離の詰め方。臣下が女王を呼び捨てにすることといい、テム王国では礼儀の概念や範囲がウエスパシア帝国とは違うらしい。
けれど嫌な感じはしない。むしろ無意味な儀礼や社交辞令がない分、効率的で合理的にも思える。二度手間になるからと即座に僕を連れて行くことといい、自分で馬に餌をやっていたことといい、女王も合理的な人らしい。
この馬車にもふかふかの敷物など「移動が快適になる機能」はあるものの、余計な装飾はない。
「わかりました、リト。ところで女王陛下はどちらに?」
「あそこっすよん」
リトが指さす先に、馬に乗った女王がいる。高い位置でひとつにまとめた赤毛と銀の鎧が陽光を受けて煌めき、青いマントは生き物のようになびき、前を見据える目は力強い。時折横にいる騎士と言葉を交わして、「おい」と冗談めかしてパンチを繰り出す。そのたびにどごっと重い音がする。
「痛えよ、フレイア」
「お前が悪い、あはは」
僕と同い年の二十一歳だと聞いたが、笑うと幼い少女のようにも見える。
ぱちっと目が合うと、彼女は《暴力的な女だと思われた消えたい》という心の声を残して、慌てて目を逸らした。そしてまたちらりとこちらを見て、《いやん!まだ見てる死ねる》と早口で言い残して、また目を逸らす。
リトが「わお」と声をあげる。
「驚きっす。まじでフレイア照れてるっすね。俺に交代するよう言ったときも、自分じゃ言葉遣いが悪いとか怖がらせるとか言ってたっす」
そう言えば心の中でもそんなことを言っていたな。
「フレイアの言葉遣いが悪いとか全世界共通の常識なのに、旦那の前で色気づいてるんすよ。こんなの初めてっす」
「そうですか」
「旦那はどうすか?フレイアのこと、怖いすか?」
リトの茶色い目から《フレイアに聞けって言われたから聞くけど、怖いに決まってるよなぁ。だってこの人、帝国の皇子だろ?俺らみたいな乱暴な言葉遣いする人間がそばにいたとは思えないし。でも”怯えてる”って伝えたら、フレイア凹むだろなぁ。つか自分で聞けよ》という声が聞こえた。笑ってしまいそうになる。
「怖くはありませんよ。陛下は理由なく怒る方ではないと思いますし…先ほどは庇っていただいたのでむしろ嬉しく感じました」
「そっすか」という現実の声とともに《これは本音っぽいぞ。フレイア喜ぶだろうから、早く教えてあげたいな》という心の声が聞こえて、僕は思わず微笑んでしまった。陛下は臣下たちから愛されているらしい。
自分の妻になる人が慕われていると、僕まで誇らしいのはなぜだろう。
大きな川にかかる橋に差し掛かろうとする景色を見ながら、そう考えている僕のことを、リトは上から下まで見た。
「そういえば、旦那は食が細いっすか?」
「あ…」
「この年齢の男にしては細くて貧相だ」と言いたいのだろう。飢えるほどではなかったが、離宮では質素な食事をしていた。
「そうですね」
「食べなきゃダメっすよ。テムはウエスパシアよりかなり寒いんで、食が細いと冗談じゃなく冬に凍えて死ぬっす。本拠地のアンデ城まで二週間くらいかかるんで、その間に俺と食トレしましょう」
「食トレ…?」
「いっぱい食べて胃袋と身体を大きくするっすよ。城の料理番のジュリネ婆はフレイア以上に怖いんで、出された食事を残したら誰でも半殺しっす。まじで半殺しっすよ」
「そんなに半殺しを強調しなくても…」
「だってまじっすもん。だから城につく前に対策しとかないと」
リトは「旦那の食トレに付き合うって言ったら、俺の食事も割り増しになると思うっす」とにこにこしていて、こちらの意思を確認することもしないまま「食トレ」なるものが始まりそうになっている。
「はあ」以外にどうやって答えたらいいのか悩んでいたら、橋を渡る馬車が「ガタン」と大きな音を立てて急激に傾いた。
僕の頬が壁にぶつかり、敷物が宙を舞う。
「うっ!?」
「およ?」




