4 化け物
物心ついたときから、僕には他人の心の声が聞こえていた。それが気味の悪いことで、さらには人から嫌がられることだなんて、知らなかった。
だから家族の心の声にも、何の気なしに反応していたのだ。最初は《思い過ごしだろう》《偶然だよね》と思っていた両親や兄たちも、だんだん僕が異常だと気づき始めた。
《化け物…!》
《この子は危険だわ…!遠ざけないと》
僕の能力に気づいた彼らが心配したのは、僕の行く末ではなく「自分の秘密が、僕によってうっかり公にならないか」だった。
暗殺、密約、不倫、いじめ、賭博、借金などなど…後ろ暗いところのない皇族なんていないから。
だから彼らは僕を恐れ、「病気」ということにして離宮に閉じ込め、自分たちから遠ざけたのだった。
ーーー
心を読めることを知られたら、家族にすら嫌われる。
きっと女王だって、こんな風に僕を讃えてはくれなくなる。
だから僕は何も言わずに目を伏せる。
それきり会話はなく馬車の中は静まり返っているから、馬車の周りを護衛している騎士たちの会話がよく聞こえる。
「フレイアが結婚するなんてな」
驚くべきことに、テム王国の臣下たちは女王を呼び捨てにするし、敬語も使わない。女王はとくに不快感を示してもいないから、テム王国ではこれが普通らしい。
「めでたいはずなのに、相手が今まで散々俺らをこき使ってた皇帝の息子とは」
「しかも俺らにとってもボスになるってのに、剣も振れなさそうな細っこい優男でさ」
全部本当のことだ。ついでに人の心を読んでしまう化け物でもある。僕には、彼らに好かれる要素が一切ない。
「公式行事にもろくに出てない皇子なんだろ。フレイアはゴミを押し付けられたんじゃないのか?」
僕が膝の上でぎゅっと手を握った瞬間に、細いバンと女王が窓を開けた。
「王配の悪口を言うとは、いい度胸だな」
「だってフレイア…」
「黙れ。皇帝はクソでも、息子は違う。ケシ、お前も”大酒のみで暴力振るう父親と自分は違う”って、散々言ってんだろ」
「そりゃそうだけど…」
「それとこれと、なにが違うってんだよ。こいつに仕えたくないってんなら、ここで手足を斬り落として置き去りにして願いを叶えてやるよ。生きたまま鷲に目を食われろ」
「わかったよ」という答えが絞り出されると、女王は乱暴に窓を閉めた。
「…すまない。望むなら見せしめに一人殺すから言え」
「いいえ!気にしておりません」
見せしめのレベルが高すぎる。
けれど、自分のように怒ってくれて、庇ってくれることは嫌ではない。むしろ心がどこか温かい。
だけどこんなのは初めてで、どう伝えたらいいのか、伝えていいものなのかもわからなくて、僕はただ俯いた。
「休憩」と言われて馬車を降りたら、さっきの騎士たちがさっと僕を囲む。太い腕で殴られるのかと身構えたら、彼らは「申し訳ありませんでした、旦那」と頭を下げた。
「謝る必要はありません。ウエスパシアがテムに強いた犠牲を思えば、この結婚に納得いかない気持ちも理解できます」
女王が言ったとおり、僕と父は違う。けれどそんな言葉で割り切れるほど、感情というものは単純ではない。
「は…」
騎士たちが目を丸くした空気を感じる。僕は彼らの胸あたりを見て話しているので、心の声は聞こえない。
「あの…それなら旦那からフレイアにとりなしてもらえます?あいつ、ほんとにスパッとやりかねないんで」
「陛下にも気にしていないとお伝えしたので、問題ないはずです」
今度は騎士たちが顔を見合わせる雰囲気を感じる。
「まじでありがとうございます、旦那」
「いいえ」
「冷たい茶、飲みますか。俺の飲みかけですけど」
「ありがとうございます」
ふと視線を感じて振り返ると、少し離れた場所で、馬に水をやっていた女王がじっとこちらを睨んでいて、思わずびくっとしてしまう。
《ケシいいいいいいい!間接キスとか罪深すぎんだろ!!やっぱりあいつここで手足斬り落とすか?》
「やっぱりこちらはあなたが飲んでください!僕は水をいただくので!」
《つかなんで?なんでケシとロエンとあんなに会話してんの?私と話すときはせいぜい二往復が限度じゃん?そんなに私って怖い?でもニマニマを隠すためには怖い顔するしかないんだって!》という声が、遠いのに大音量で聞こえる。
「陛下が思うような意味では怖がってはいません。ただ賛辞が多すぎるのは別の意味で怖いです」と言いたい。けれど僕は「言えるはずなんてない」と呟くだけだった。




